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第八十一話 ハッピーエンドだとしても

 

『傲慢ノ悪魔』グリファルド=L=ライピーファ。

 彼は敵対者よりも必ず強くなる『体質』の持ち主だ。


 それが個人であれ集団であれ、敵と定めた対象よりも力が増大する。すなわちどのような場面でも絶対に強者になれるということだ。


 そんなの力を振るえば必ず勝てる。

 この前は召喚術の応用で退去させられたが、それだって直接戦闘で『傲慢ノ悪魔』が負けたわけではない。


 勝負になればグリファルド=L=ライピーファは必ず勝つ。傲慢にもそう言い切れるだけの力が彼にはあるのだから。


 それこそが大罪であり、だから彼は最強なのだ。


 力を解放するだけで良かった。

 目の前に立ち塞がっているのは『白百合の勇者』ではあるが、どんな金字塔も彼の前には自己を昇華するための踏み台でしかない。



 そのはずだった。

 ボッコン!! と力を解放しようと突き出した腕が内側から膨れ上がったのだ。



『……あ……?』


『こういうの科学の世界じゃ過充電とか例えに出すのかもね。いや、それだとちょっと意味合い変わってくるのかも?』


『何を言って……ッ! 貴様何をした!?』


『何も』


 ばっさりと。

『白百合の勇者』は言い放つ。



『あたしよりも強くなるために力を増幅していったら耐えきれずに自壊したってだけよ』



『な、ん』


『せっかく手に入れた力を制御できない貧弱さであたしよりも強くなれるんだと思い上がっていた、と。なんだ、傲慢の悪魔とはよく言ったものね』


 これが『白百合の勇者』と呼ばれていた女の真骨頂。

 その『特別』は悪魔に使いこなせるほど小さくはない。


『で、そのままだと魂ごと自壊するわけだけど……ちょっとは抵抗とかしないわけ?』


『き、さま』


『力「だけ」ならその身に宿っているんだから気合い入れてぶっ放してみなよ。それともせっかく手に入れた力が大きすぎてビビっちゃった? なっさけないなぁ』


『貴様……ッ!』


『ほらっ。がんばれ、がんばれ☆』


『貴様ァあああああああああああああ!!!!』


 ズドンッッッ!!!! と禍々しい閃光が『白百合の勇者』を貫いた。胸に刻まれた風穴。肺やら心臓やら消し飛んでいるのは確実であり、まさしく致命傷だった。


 もちろん代償は軽くない。

 内に秘めているだけで腕が膨れ上がって自壊していくほどの力を放ったのだ。いかに七つの大罪における最強、『傲慢ノ悪魔』グリファルド=L=ライピーファであってもその魂が砕け散るのは避けられなかった。


 一撃。

 その代償は七つの大罪最強の悪魔の死。


 それでも、


『は、はは。ただでは死なない。貴様も道連れにしてやる!!』


『うーん』


 軽かった。

 胸に風穴をあけられたというのにその程度の反応だった。


 ここからでも胸の風穴を塞ぐ手段があるとでも? 単なる傷ではない。『白百合の勇者』を超える力で刻まれた傷だ。クルフィアが大罪の悪魔によって吹き飛ばされた腕が未だ治せていないように、一定の領域を超えた破壊はそう簡単には覆せない。


 だから。

 しかし。


『これなら戦における名誉の負傷ということになるよね』


『は?』


 そもそも『白百合の勇者』と『傲慢ノ悪魔』とでは勝利条件、此度の戦闘の目的からしてズレていた。


『北欧の領域において死者は基本第七(ヘルヘイム)に堕ちる……ってのはヘルちゃんが理をひっくり返して今は死んだらそのまま消滅するわけだけど、例外はある。一生を殺し合いに捧げて強大な力を得た勇猛な魂はワルキューレに運ばれる形で神々の世界である第零(アースガルズ)にたどり着く。エインヘリヤルとかいう死者の軍勢にするためにね。もちろんそれだけだと足りないんだけど』


『待て……何を言っている?』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……あたしがこのまま死んだらシャルリア気にしそうだしね。別にとっくに死んでいた奴が元通りに死ぬだけだって軽く流してくれたらいいけど、絶対に自分のせいだって思うだろうし、あたしだって死にたくないし、何よりそんなのはハッピーエンドとは呼べない。だから覆す。こんなの「特別」でもなんでもない、母親として普通のことよ』


『だからっ、何を意味のわからないことをお!!』


『七つの大罪』


『白百合の勇者』……いいやシャルリアの母親は続ける。理解は求めていない。最初の最初から彼女は自分勝手に望む結果を得るために行動していた。つまりこんなのは自分を鼓舞するための一人語りでしかないのだ。


『傲慢ノ悪魔』グリファルド=L=ライピーファ。

 そんな奴、はじめから眼中にない。


『北欧だけでは説明できない悪魔がこうして平然と顔を出しているのよ。それなら生だの死だの、人間だの神だの、とにかく諸々の法則だって北欧だけの理屈で説明をつける必要はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまりとっくに法則はごちゃ混ぜなのよ。だったら、まあ、北欧以外の法則をゴリ押ししてこれまでの前提全部まるっとひっくり返してやることだってできるはず』


 これは一人語り。

 自身を鼓舞する宣言。


 ゆえに魂が崩れ落ちて死んでいく『傲慢ノ悪魔』や何が何だかわからず目を白黒させているクルフィア、そして変則的だが『娘』と呼べなくもないラピスリリアが理解できていなくても関係ない。


 一つ。

 言葉があった。



『ガルドがうるさいし、何の文句もつけようがない完全無欠のハッピーエンドを見せてやりますか!!』



 最後まで笑って。

『傲慢ノ悪魔』の魂が完全に消滅したのを確認してからシャルリアの母親は二度目の死を迎えた。



 ーーー☆ーーー



 現在。

 ザクルメリア王国、その王都でのことだ。


 馬車からおりたアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢とシャルリアは大通りのど真ん中で向かい合っていた。


 夜。馬車を操るメイド以外に周囲に他の人間はいない。

 体感的には二人きりも同然だった。少なくともシャルリアは馬車を操るメイドの存在に気づいてすらいなかった。


(いきなりすぎる!! いやまあアンジェリカ様に会いに行こうとしていたわけだけど、それにしても、こう、心の準備が全然だってえ!!)


 勢い任せだった。

 それでも公爵家を訪れて、息を整えて、心の準備を整えていればもう少し冷静にいられたことだろう。


 だけど、無理だ。

 こんなの冷静になんていられない。


 死期が近いせいか、突然のアンジェリカに喜びやら何やらが溢れているせいか、とにかく先ほどから心臓が今まで感じたことがないほど暴れていた。


 鏡を見なくても顔が真っ赤になっているのがわかる。


 ああ。

 やっぱりこの人は綺麗だなと、ふとそんなことを考えていた。


 つまり、だから、『好き』なのだ。

 どうしようもなく。


「シャルリアさん、どこか痛かったりしませんか?」


「う、うん。大丈夫だよ」


「本当ですか? 無理していませんか?」


「だ、大丈夫だって! 平民は身体が頑丈なのが取り柄なんだよっ!!」


 嘘だ。

 本当はいつどこで死んでもおかしくない。それだけの無茶をしたのだと、他ならぬシャルリア自身が自覚している。


 だからこそ。

『好き』だという気持ちだけは伝えないと死んでも死にきれない。


「あの、私っ、アンジェリカ様に伝えたいことがあって!」


 だから。

 だから。

 だから。



 ドッシャアッッッ!!!! と。

 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢とシャルリアの間に割り込むように『彼女』は降ってきた。



「いってて。着地ミスったあ」


 黒髪。

 漆黒のローブにとんがり帽子。

 そして何よりズレたとんがり帽子からのぞく前髪をとめる純白の百合を模した髪飾り。


「あ、シャルリア! 元気そうで何よりよ」


 シャルリアをそのまま大きくしたような『彼女』──すなわちシャルリアの母親であった。


「お」


「ん? 感動の再会再び的な??? いぇい、お母さんだよー☆」


「お母さんのばかぁっ!! 少しは空気読んで!!」


「ええっ!?」


 もうとにかく散々だった。

 いくら残り時間がどれくらい短いか自分でもわからないとはいえ、流石にこんな空気で告白とかできるわけがない。

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