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第七十九話 戦後処理

 

 シャルリアは公爵家に向かって走っていた。

 息を荒げて、とにかく全力で。


 全身から汗が噴き出す。苦しい。お腹の底から痛みが響く。もしかしたら残っている寿命はシャルリアが考えているよりもずっと短いものなのかもしれない。何せ魔王との戦闘が終わったらすぐにぶっ倒れているくらいだ。いつ死んでもおかしくないだろう。


 だからこそ。

 我慢なんてできない。


 ──いつから好きになっていたのだろうか、とそんなことが頭をよぎった。


 そんなのシャルリア自身もわからなかった。最初こそ物騒なご令嬢という感じで何かやらかしたら『不慮の事故』で殺されるのではとビクビクしていたくらいだ。


 それが『アン』として父親の店に通うようになって、『店員さん』であるシャルリア自身に何度もシャルリアと仲良くなるためにはどうすればいいのだと相談して、その度に酔っ払って普段のツンツンした感じとは違う本当にむき出しのアンジェリカという女の子のことを知った。


 いつからなんて本当にわからない。

 少なくともシャルリアは数えるのも無理なほどに数多もの繰り返しでもって魔王に立ち向かってでもアンジェリカだけは救いたいと思っていた。気がつけばそれくらい好きになっていた。


 今だからわかる。

『雷ノ巨人』とか退魔石の流星とか『黒滅ノ魔王』とか世界の存亡に関わる凶悪な敵に立ち向かえたのはアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢を守りたかったからだ。そうでなければ、そう、人は世界の存亡とかそんな大きなもののために戦い抜けるわけがない。


 もっと小さく個人的な理由がないと、最後の最後に拳は握れないのだ。


 だから。

 だから。

 だから。



 ギャリギャリギャリッッッ!!!! と。

 その馬車はシャルリアの目の前で急停止した。



 見間違えるわけがない。その馬車に刻まれた家紋はヴァーミリオン公爵家のものだ。


 ならば。

 わざわざシャルリアの目の前に急停止した馬車から降りてくるのは──


「目が覚めたようで何よりですわ、シャルリアさん」


「アンジェリカ様っ!!」


 ああ。

 一目見ただけでこんなにも胸が高鳴るくらいには惚れ込んでいるようだ。



 ーーー☆ーーー



 二日前。

 魔王撃滅後のことだ。


 気を失ったシャルリアを抱き止めたアンジェリカを横目に『白百合の勇者』はこう言った。


『で、あたしを殺してハッピーエンドにでもするつもり?』


 転移の魔法で現れたのはガルドと『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネだった。彼らの魔力は『白百合の勇者』を生き返らせるために魔法道具経由でシャルリアに渡している。そのためどう足掻いても『白百合の勇者』に敵うわけがないにしても、人を殺すのは何も暴力だけではない。


『その口ぶり、ある程度の事情は理解しているわけだな?』


『この世界……第七(ヘルヘイム)は死者がいつまでも存在するようにはできていない。もしもこの世界由来の生物が一度死んで生き返ったならば理が狂って内側から破裂してこの世界は消滅するという感じよね』


『そこまでわかっているなら今すぐ死ね。死んだ人間が生きているのがエラーの原因ならもう一度死ねば何の問題もなくなる。それがこの世界、というかシャルちゃんを含む全人類を生かす唯一の方法だ』


『本当に?』


 笑う。

 自分勝手を極めた怪物はこの場面でも、そう、世界の命運がかかった場面でも平然と笑うことができる。


『確かに全人類を救うのは不可能かもだけど、少数ならどうとでもできる。世界が崩壊するということは普段は強固に区切られている世界の壁のようなものも崩れるってことよ。つまり世界崩壊のどさくさに別の世界に乗り込むことも不可能じゃないわよね』


『この世界の壁はともかく、乗り込む世界の壁はどうするつもりだ?』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう即答できるからこそ彼女は『白百合の勇者』なのだ。

『超越者』──神々、あるいは神々に並び立つ存在の一角である魔王を二度も殺した人間はそもそものスケールが違う。


『シャルリアとあの人と、まあ、二人と仲のいい何人か連れて世界を脱出してしまえばあたし「は」何も困らない。あくまであたしという存在が悪影響を及ぼすのはこの世界に関してだけのようだしね?』


 ()()()()()()()()()()()()()というのが理に反するというならば、それは別の世界には反映されない。乗り込んだ先の世界にとっての『白百合の勇者』は単なる生物の一つでしかないのだから。


『白百合の勇者』がその存在を明らかにした八つの世界。そのいずれかに乗り込めばこの世界の崩壊に巻き込まれることはない。……代わりに『白百合の勇者』が生きているという事実にエラーを繰り返すこの世界は確実に滅びるにしても。


『どれだけの生物が死ぬと思っている?』


『さあ? 顔も知らない他人のことなんて知らないわよ。魔族なのに随分と他人に甘くなったガルドにはわからないかもだけど、普通の人間ってそういうものよ』


『それが勇者の発言なのか?』


『そもそも勇者とかこっぱずかしいもん名乗った覚えはないわね』


『……俺が、この状況に備えて小細工を仕込んでいないとでも思っているのか?』


『へえ。あたしはこれまで小細工だろうが正々堂々だろうが片っ端から粉砕して好き勝手やってきた。そんなあたしの生き方を変えられるとでも?』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一言だった。

 これまで揺らぐことがなかったシャルリアの母親の表情が明確に軋んだのだ。


『「魂魄燃焼(ブレイクオーバー)」の後遺症は根深い。覇権大戦においていかに「白百合の勇者」でも「第七位相聖女」の治癒能力がなければくたばっていたくらいだしな』


『それが? 「相談役(プリンシパリティ)」ジークルーネの治癒能力でシャルリアを救うって? そこまで高性能ならもっと違った立ち回り方もあったと思うし、あたしの目には不可能に見えるけど、まあ仮に可能だとしても今のそいつはもう魔力の大半を失っているじゃん。現世に降臨した「相談役(プリンシパリティ)」に魔力を回復する手段はない。だったら──』


『ワルキューレ。その性質がどういうものか、知っているか?』


『戦死者の魂のうち、優れたものを第零(アースガルズ)に運ぶ超常存在。エインヘリヤルだかなんだか知らないけど、神々が使役する「死者の軍勢」構築のための使いっ走りよね。冥なる理が一掃されて自由な行き来が禁じられたせいで今では()()()()が降臨するんじゃなくて死んで魂がむき出しになった選ばれし英雄を天に引っ張っているようだけど、そいつは例外のようね。わざわざこの世界の理に合わせて魂をダウンサイジングしてまで降臨するとか物好きなことで』


『そこまで知っているなら話は早い。ワルキューレとは勇猛な選ばれた魂を神々の世界である第零(アースガルズ)に送り届ける性質を持つ存在だ。つまり魂に干渉できる。なら誰かの魂を別の誰かに送り込む(埋め込む)ことも可能なはずだ。まあ輸血なんかと同じく他者の魂をそのまま埋め込んだら悪影響が出るだろうが』


『……まさか』


『ザクルメリア王国の王家が秘匿している魔法道具には魔力を誰でも扱えるよう「調整」できるもんがある。組み合わせれば欠けた(魔力)を何の問題もなく誰かの魂で穴埋めすることで寿命を取り戻すことも可能ってわけだ。治癒だの何だのまだるっこしいことせずに直接魂に欠けたもんを補充すればどうとでもなるとか天の上の超常存在らしい解決法だとは思わないか?』


『それがガルドの小細工ってわけね』


『ああ。娘を生かすためにお前の魂を差し出せ』


 そして。

 そして。

 そして。



『やっぱりつついてみるものね。ガルドならもしかしたらと思ったけど、本当小細工だけは世界一なんだから。あ、とりあえずシャルリアを救えるならあたしの魂くらい差し出すわよ』



 即答だった。

 僅かな迷いの余地すらなかった。


『ん? なんて顔しているのよ。そんなに意外?』


『正直に言うと悩み抜いて最後にはそう決めるかもしれないという賭けだった。分が悪い賭けだとわかっていたが他に方法がなかったからな。っつーかなに即答してんだよ。「白百合の勇者」なら平気な顔で自分の命を優先していたはずだろうが』


『かもね。だけど今のあたしはシャルリアの母親だもの』


『……チッ。本当に変わったんだな』


『まあね。っていうか、こんなの心を読めば一発でわかることじゃない?』


『一瞬で心変わりするお前の心を読んだってアテになった試しがなかったっての』


『そうだっけ?』


『そうだったんだよ、クソッタレ』


 ガルドと『白百合の勇者』は百年以上前の『あの時代』を共に生き抜いた。だけどそれはもう過去のものなのだと、ガルドはようやく呑み込むことができた。


『そうそう。シャルリアを生かすためにあたしを殺すのは全然いいんだけど、あたしの魂を使ってシャルリアの魂の埋め合わせをしてもいくらかあたしの魂には余裕が出てくるわよね? それを残してあたしが寿命を迎えるまでにこの世界は滅びるわけ?』


『ジークルーネ』


『世界崩壊はもうとっくに始まっている。世界を区切る壁には亀裂が入っているなれば。完全に世界が崩壊するまで残り数日。それまでに「白百合の勇者」が死ぬよう魂を簒奪・調整はできるなれば』


『だと思った。なぁーんか風通しいいしね。だったらいい感じに調整してよ。あ、もしもシャルリアを救った上であたしの魂が余りそうならナタリーにでもあげてね。数日で死ぬために削るだけ削って余ったの捨てるとかもったいないし。とまあ、そんな感じでよろしく』


 そうしてシャルリアは魔王との戦闘で失った魂を母親の魂で埋め合わせた。


 実はすでに救われていたことにも、そのために母親の命を削ってしまったことにも、シャルリアは気づいていない。

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