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第七十七話 最後の勝利者

 

 その強烈な力の波動は遥か地下、『生き残りの魔族の本拠地』の最深部にまで響いていた。


 直接力を浴びせられたわけでもないのに魂が軋んでいた。『傲慢ノ悪魔』、まさしく最強に相応しいあの悪魔の力が霞むほどに。


 ──件の悪魔はすでにこの場にはいない。退去。その魂は元いた場所に追い払われた後だった。


 メイド辺りはこの結果を当然のように受け入れているので偶然なんかではないのだろう。何かしらの策を張り巡らせていた。七つの大罪最強の悪魔を退却させられる何かを、だ。


 流石の勇者パーティーでもここまでのことはできないはずなのだが……。


「あっは☆」


 疑問は尽きず、しかし今はそんなことに時間を無駄にしている場合でもない。本来の目的である魂を保存・『娘』に刻み込む秘奥を破壊して、魔王の擬似的な不死性を粉砕し、クルフィアはこう吐き捨てた。


「なんだかワタシだけ蚊帳の外みたいで気に入らないわねえ。結局今回いいように利用されてばかりだしい。……なんかムカつくからちょろっと引っ掻き回してやりたくなってきたわよお」


「そういう時はこう言えとお嬢様は言っていました。ラピスリリア=ル=グランフェイを救うためにも今回は素直に従うのが最善ですよ、と」


「……ふんっ。本当ムカつくわねえ! 全部終わってラピスリリアを取り戻したら覚悟しておくことよお!! 全員まとめて快楽の沼に叩き落としていつでもどこでも何度だって股を開く愛玩奴隷に変えてやるんだからあ!!」


「はいはい」


「軽く流すんじゃないよねえ!!」


 きゃんきゃんと元気いっぱいな女悪魔を横目に『轟剣の女騎士』ナタリー=グレイローズはこう呟いていた。


「もう私には魔王を殺せるほどの魂は残っていないであります。だから後は任せたでありますよ、『白百合の勇者』」



 ーーー☆ーーー



 ザクルメリア王国の王都には第一王子ブレアグス=ザクルメリア、ガルド、エルフの長老の娘・アリスフォリア=ファンツゥーズ、『相談役(プリンシパリティ)』ジークルーネが残っていた。


 第一王子は言う。


「それで、『白百合の勇者』は勝てると思うか?」


「あの女は八つの世界を振りかざす怪物だ。既存の生物のほとんどでは世界そのものに押し潰されるのがオチだろうな」


 ガルドは吐き捨てるように、


「だが、魔王は『白百合の勇者』の力を知っている。それでも真っ向から立ち向かっているということは少なくとも勝ち目があると考えているからだ。こうなってくると魔王の想定と『白百合の勇者』の底力にどれだけ乖離があるかにかかってくるな」


「結局何も予測できていないっしょー。口だけは達者なクソ野郎らしいけど」


「全ては『白百合の勇者』次第なれば。ミラユルが世界の命運を託した傑物ならば奇跡だって起こせるはず」


 そう。

『白百合の勇者』ならば。



 ーーー☆ーーー



(だからあたしは『白百合の勇者』なんかじゃないってのにどいつもこいつもくだらないもんばっかり押しつけてきやがって。世界の命運? 知るか、ばーか!!)


 即答だった。

 大陸中心部、魔王との決戦の地において『白百合の勇者』……いいや、単なるシャルリアの母親は嘲るような笑みさえ浮かべていた。


(あたしはあたしのためにしか戦わない。世界なんて知ったことじゃないし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ならばどうして彼女は幸運にも二度目の人生を得たというのにその命を賭けて魔王と殺し合う道を選んだのか。


 そんなの決まっている。



(シャルリアの想いは無駄にはしない。もう二度とくだらない悪意に傷つけられるようなことがないように、シャルリアの障害になる存在は徹底的に粉砕してやる!!)



 全ては娘のために。

 そのためなら彼女は世界を救うことも、壊すことも、即決できる。


 誰かのためというのは彼女らしくないだろうか? いいやそんなことはない。全ては自分の命よりも大切で大好きな存在のためなのだ。自分の大切なものを守り抜くためということは、すなわち自分勝手に世界の命運だって左右することに変わりない。


(さあ、そろそろ決着をつけますか!!)


 どこまでいっても自分のために『特別』を振りかざす。

 それが彼女なのだから。


「裂けろ、光系統魔法(ギンヌンガ・ガップ)


 純白の光が弾ける。

魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』。魂さえも燃やして全力のその先の力を解放する。


「我はただの人として奇跡を掴む。

 第一(ヴァナヘイム)

 第二(アルフヘイム)

 第三(ミズガルズ)

 第四(ヨトゥンヘイム)

 第五(ニザヴェリム)

 第六スヴァルトアルヴァヘイム

 第八(ニヴルヘイム)

 第九(ムスペルヘイム)は我が手の中に。九つには一つ足りず、主神の領域には至らずとも、『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』という祝福が定説を覆す。今ここに八つの世界は束ねられて第零(アースガルズ)の頂のその先に至る。光よ、白百合となりて満ちよ。純潔の中に死を内包する我が象徴、それすなわち我が魂なれば、奇跡を振るうにこれ以上の依代もなし!!」


 これぞ彼女の本領。

 八つの世界に存在するあらゆる力を束ねて無数の純白の百合の花弁という形に凝縮する究極奥義。


 すなわち、奇跡。

 神々の振るう力に並び、凌駕せんとする純白の輝きが顕現する。


「──集い、輝け、白百合(ヴェルザンディ)!!」


「黒滅──『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』」


 対して魔王は一言のみ。

 漆黒の刀がその呟きに応じて深淵を溢れさせる。


魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』にて燃やした魂が漆黒となって世界に表出する。


 純白の百合と漆黒の刀。

 己の魂を力に変えて真っ向から激突する。



 その激突はまさしく破滅そのものだった。



 無数の純白の百合の花弁が津波のように魔王を襲う。対して魔王は漆黒の刀を振るって応じた。単純に起きたことはそれだけだ。ただし、そこで炸裂した『力』は観測不能なほどに無数に存在した。


 第一(ヴァナヘイム)の銀河を制する力が、第二(アルフヘイム)秘術(セイズ)が、第三(ミズガルズ)の科学が、第四(ヨトゥンヘイム)の剛力が、第五(ニザヴェリム)の黄金の道具が、第六スヴァルトアルヴァヘイムの呪術が、第八(ニヴルヘイム)の黒霧が、第九(ムスペルヘイム)の灼熱が、ありとあらゆる力が無数の花弁から同時に解放されていたのだから。


 八つの世界で敵対者を圧殺する圧倒的な物量。

 これまで一種類ずつしか使えなかった世界の力を同時に、無数に、それこそ八つの世界に存在する全てを叩き込む暴虐を、しかし漆黒の刀はギリギリのところで耐え凌いでいた。


 究極の一。

 八つの世界の暴虐に並ぶ、魔の王の絶技。


「クッ、ハハッ!! 確カニ貴様ハ強イ!! ダガ、所詮ハ人間ダ。ソノ力ハソウ長ク持続デキナイダロウ!? イカニ魂ヲ燃ヤソウトモ人間ノ魔力量ガ予ヲ超エルワケガナイ!!」


 ギヂギヂと黒い刀は悲鳴をあげていた。

 あと少し、このまま続ければ破壊されていたのは刀のほうだろう。



 しかし人の身で奇跡を継続するのにも限界はある。

 魔力。純白の百合を支えるシャルリアの母親の魔力にだって限りがあり、いくら魂を燃やしても『あと少し』が届かない。



 純白の百合が虚空に消える。

 黒き絶望が世界を埋め尽くす。


 ──その寸前のことだった。


「今ですわ、シャルリアさん!!」


「うんっ! 『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』!!」


 それは転移の魔法で乗り込んできた二人組の声だった。

 アンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢とシャルリア。


 だが、所詮は人間が今更やってきたところで戦況は変わらない。そもそも『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』を使ってもいない魔王の力でシャルリアの光は呆気なくかき消されることは過去の事例が証明している。シャルリアの力は魔王には傷一つつけることはできない。


 劣勢を覆す力はない。

 そのはずだった。



 光は魔王を狙ってすらいなかった。

 シャルリアの母親を貫いたのだ。



「はっはは。本当、本当にさあ」


 シャルリアの光系統魔法は『魂魄燃焼(ブレイクオーバー)』で底上げすれば対象を過去の状態に戻すことができる。魔王のような怪物が抗えば跳ね除けることもできるが、そもそも抗うことすらなければその光は万全に効果を発揮する。


 すなわち母親の消耗した魂さえも過去の状態に戻す──つまり消費する前まで戻せば失った魔力が回復するのだ。


「あたしとあの人の娘は最高に格好いいわねっ!!」


 純白の光が溢れる。

 無数の百合の花弁が猛烈な勢いで膨れ上がる。

『あと少し』に、手が届く。


「フザケルナ……予ハ超越シタンダ。魔ノ王ナンダ!! ソレガ、コンナ、ドウシテ人間ゴトキニィイイイイ!!」


 漆黒の刀が砕け散る。

 純白が漆黒を塗り潰す。

 今度こそ魔王という存在が世界から抹消された瞬間だった。

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