第1話 あざと可愛い後輩は僕にジュースを奢らせる
「じゃあ大森はコーラが飲みたいです!」
背後から伸びてきた白く細い手は躊躇することなく自販機のボタンを押す。
ガタン、と音がして落ちてきた缶を、大森唯は嬉々とした顔で拾い上げた。
「おい」
「はい? あ!えっと、先輩ごちになりますっ!」
屈託のない笑顔に毒気を抜かれそうになるも、俺はそうはさせまいと頭に軽く手刀を落とす。少女はぷくーっと頬を膨らませ、「いたーい」とふざけた声を上げた。
「何するんですか!」
「それは俺の台詞だ……なに、人の金で勝手にジュース買ってんだよ」
「えぇー、だって喉乾いてるんだもん。奢ってくれてもいいじゃないですか」
「お前な……」
「……ダメですか?」
ぐいっと顔を近づけられ、思わず息を呑む。
その瞳はどこか妖しく揺らめいていて、吸い込まれそうな錯覚に陥る。
「はぁ……もういいよ」
「やったぁ! ありがとうございます♪」
結局根負けしてしまった自分が情けない。
俺は近くにあったベンチに腰掛けると、それにならってプルタブを開けながら大森も隣に座る。そして美味しそうにジュースを飲み始めた。
「それで、なんでここにいるんだよ」
「んぅ? ひゅーほれふぉれすよ」
「飲んでから喋れ、飲んでから」
呆れたように言うと、大森は素直にこくりとうなずいた。
それからもう一度口を開き、先程よりもいくらか明瞭になった声で答える。
「先輩を探しに来たんですよ!」
「……はぁ?」
突然のことに眉を寄せれば、彼女は再び同じ言葉を繰り返した。
「だから、先輩を呼びに来たんですよ! 呼び出しです!」
「なに、俺に告白したい女の子でもいる感じ?」
「えぇ……違いますよ。何言ってるんですか、そんな物好きな人いるわけないじゃないですか」
「おいこら」
「冗談ですよ」
ケラケラと笑う彼女にため息をつく。
全く、本当に調子が狂う。
「じゃなくてですね、生徒会長からですよ。どうせ美術室で遊んでるから連れ戻して来いって」
「なにそれ怖い。俺が何したっていうんだよ」
「いや、文化祭の準備で忙しい中一人サボってたら、そりゃ会長も怒りますよ……」
「俺は美術部のマネージャーで大変なんだ」
「自称マネージャーが何言ってるんですか。どうせまた憧れの……おしり先輩でしたっけ? ……に会いに行ってたんでしょ?」
「シオリ先輩な!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口をつぐむ。
幸い周りには誰もいなかったが、それでも少し恥ずかしい。
「はいはい。てか絶対もう先輩が好きなのバレてますよ?はやく告白して玉砕したらいいじゃないですか」
「なんで失恋すること確定なんだよ……」
「だって、その先輩よくモテるって聞きますし? なんなら彼氏いるっていう噂までありますよ? 先輩に勝ち目あります?」
「…………」
何も言い返せなかった。
そんな俺の様子を伺いながら大森はよっとベンチから立ち上がり、くるりとこちらを向く。短いスカートから覗く太ももに一瞬どきりとするが、目を背け平静を保つ。
「まぁでも大丈夫ですよ。もしフラれても私が慰めてあげますから!その時はいつでも頼ってください!」
「いや、告白しねーし」
俺がそう言うとえーっとつまんなさそうな表情を浮かべた彼女だったが、すぐに何かを思い出したかのようにけろっと表情を変え踵を返す。
「さぁ戻りますよ。早くしないと私まで怒られるんですから」
「……わかったよ」
すたすたと歩きだした彼女の背中を追いかけながら、小さくため息を吐く。
──ほんと、めんどくさい後輩に懐かれたもんだ