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ジョーセフは何を悔やむべき



12歳の時、ジョーセフの父母であるクロイセフ国王夫妻が亡くなった。馬車の事故だった。


この事故が王座を狙うジョーセフの叔父タスマによって巧妙に仕組まれたものであったと暴かれるまで、多少の時間を要した。


野心家のタスマは、彼の兄つまりジョーセフの父の命を何度も狙った。

その一つが露見し、西の塔へ幽閉されていたのだ。


ジョーセフの父は、その機会にタスマの支持派閥を弱らせ、タスマよりの貴族たちの力を抑え込んだ―――つもりでいた。


彼は、タスマのカリスマを甘く見ていたのだ。



ジョーセフの父の死後、再びタスマを支持する者たちが勢いを得た。彼を王にと望む声は、日に日に大きくなっていく。


正統な後継者であるジョーセフは12歳、弟のアーロンに至ってはたったの4歳。

タスマよりでなくとも不安に思う者が出るのは、ある意味仕方のない事だった。



タスマが生かされていたのは、王統存続の為の保険として。それを主張した中心人物は言わずもがなの宰相だ。

だが、もしタスマが王位に就いたら、彼は迷う事なくジョーセフとアーロンを殺すだろう。

誰の言うことも聞かず、ただ己の思う道を正義として推し進める。たとえそれが真っ黒のものでも、白だと笑いながら。

そんなタスマの傲慢さに、何故か多くの者が惹きつけられるのだ。



きっとこのまま弟もろとも叔父に殺される、そうジョーセフが諦めかけた時、当時の騎士団長だったデンゼルが、国王夫妻の事故死の背後にタスマがいた証拠を掴んだ。



そしてそれを示すと同時に、ジョーセフ支持の声を上げたのだ。そこに宰相も続いた。



後ろ盾の証としてデンゼルが差し出したアリアドネは、その時たったの8歳。


ジョーセフが成人するまで仮初の正妃を務めるアリアドネは、あどけない笑顔がとても可愛らしい少女だった。



その頃、デンゼルは実のところジョーセフを傀儡に権力を握るつもりでいるのだと誠しやかに噂が流れた。タスマ派の仕業だった。


その為にデンゼルは職を辞して領地に引っ込み、代わりに王家に忠実な家臣をジョーセフの側に置いた。


ジョーセフの執務を主に指導するのは宰相だった。

必死に努力を重ねるジョーセフを、それでも足りない箇所を補うのがデンゼルの選んだ家臣たちだった。




『すまないな。私が若くて不甲斐ないから、皆に面倒をかける』



ジョーセフが謝れば、彼らは言った。



『大丈夫です、焦る必要はありません。我らは陛下の努力を知っております。デンゼル伯からも、くれぐれもよろしくと頼まれてますから』



デンゼルが選んだ本物(・・)の臣下たちが口にしたのはそんな類の台詞だった。



そう、あのような台詞を口にした者たちとは決して同じではなかったのだ―――



『陛下はよき後ろ盾に恵まれました。どれだけ陛下が若く経験が浅く未熟だとしても、デンゼル伯さえいれば何の憂いもありません』


『陛下、そのように無理をなされずとも、もう敢えて陛下に敵する者はおりません。呑気に過ごして良いのです。なにせ陛下はアリアドネさまを正妃に迎えられたのですから』


『全てはデンゼル伯、そしてアリアドネ正妃さまのお陰です』


『今こうして玉座に座っていられるのも、ひとえに―――』



アーロンのように見分けられればよかったのだろう。

騎士団長を辞してまで忠臣としての覚悟を示したデンゼルを、最後まで信じられればよかったのだろう。



けれどジョーセフは必死すぎて、余裕がなさすぎて、もう一杯一杯で、そして。



―――認められたかった。



12歳で即位して、周囲からの助けを得て、若くても未熟でも今はまだ頼りなくても、それでも。


それでもいつかは皆に認められる王になろうと、なりたいと、そう思って寝る間も惜しんで学問に励み、政策について学び、それこそフラフラになりながら必死に、我武者羅に頑張った。


自分の足らないところばかり気がつく毎日にうんざりしていた。



だから気がつかなかった。


タスマ派の生き残りが口にする言葉と、デンゼルが選んだ忠臣たちの言葉の差異に。



段々と蝕まれていく自尊心に、ジョーセフは気に入らない家臣や使用人たちを遠ざけるようになった。


その大半はタスマ派の者たちで、けれどそれに紛れてデンゼルが残した忠臣たちも要職から外されていった。


やがて、ジョーセフの周囲にデンゼルが選んだ家臣たちはひとりもいなくなっていた。


ジョーセフはそれを自らの成長の証と捉えた。



もう後ろ盾などなくても、自分は十分にやっていける。それだけの力を付けたのだと。



その頃になると、義理を通す為に公的に正妃にしたアリアドネの存在は、ジョーセフにとってただ疎ましいだけの存在になっていた。

彼女が誠実に真面目に公務に取り組めば取り組むほど、嫌悪感が増していった。



俺は自分の力だけで立っていられる。



そう思いたかったジョーセフの前に、彼にとって完璧な女性が現れた。


いつまでもアリアドネと閨を共にしないジョーセフを心配した宰相が、市井から見繕ってきたという娘。


美しい顔と豊満な身体、けれど身分も能力も教養も何ひとつ持たないカレンデュラが。




カレンデュラは、ジョーセフが必要としていたものを全て補った。



王位継承権を持つ子、欲を吐きだす為の身体、社交で隣に置くお飾り、そして。



ジョーセフは決して劣る存在ではないと、その身をもって示すモノとして。






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