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どこか晴れやかな表情で出立の用意を整えるアーロンたちとは対照的に、ジョーセフは終始ぼんやりとしていた。


アーロンとの話もどこか上の空で、その様子をソニアは少し呆れながら見ていた。



ジョーセフが本当の父親ではないと知らないセドリックとリゼットの2人は、複雑な表情でジョーセフに別れを告げに行った。


リゼットは朧げかもしれないが、セドリックにははっきりと父親(ジョーセフ)と過ごした記憶がある。


幸せで、何もかもが完璧で、世界に愛されていると、自分は無敵だと信じていた頃の。



だが昨日ジョーセフに会って、ろくに言葉も交わせないまま話が終わって、やっとセドリックは自分の気持ちに整理をつけられた気がした。


もう父の―――ジョーセフの背中を追う必要はない。

もう一度愛されたいと、また自分を見てほしいと縋っても意味がないと、本当の意味で理解した。



それはきっとリゼットもだ。


父との微かな思い出にしがみついても何も生み出さない。

自分は捨てられたのだ。ならば自分から捨ててしまおう。



だから、セドリックとリゼットは父に長々と別れを告げる事はしなかった。ただひと言「さようなら」と、それだけだ。



過去にしがみつかず前を向いて、自分がどんな人間かを証明するのはこれからの生き方だから―――



ソニアからの言葉を胸に留め、セドリックとリゼットはその後、振り返る事なく森を後にした。





この日、ジョーセフが何を思っていたかは分からない。


けれど、本来なら王籍から外されるまで続く筈だった森の家への食料配給について、今後一切必要ないと断りの手紙をアーロンに送りつけたのはこの後すぐの事だった。


事情を聞く為にヨバネスが派遣されるも、彼が到着した時には既に森の家は空っぽで。


寝床は使った跡がなく、森の出入り口に配置している騎士たちからの目撃情報もなかった。


捜索しても、どこにも何も―――衣服の切れ端や血痕や死体なども―――見つからず、他国や他家に利用される危険を考え、議会は急ぎジョーセフを生死不明のまま王籍から消した。



この時、アーロンは複雑な表情を浮かべたが、セドリックとリゼットは無表情だったという。







それから約1年後、アーロンとソニアの間に第一子が生まれた。王家の色である紫の髪にソニアと同じ紅玉の瞳の、たいそう可愛らしい女の子であった。


生まれた子は、アーロンによりアリアナと名付けられた。


容姿の特徴は両親それぞれから受け継いでいるものの、笑顔や何気なく見せる仕草などに、アーロンはアリアドネの面影を見た。




精霊の泉から戻ってすぐ、アーロンはデンゼルにだけは起きた事を知らせるべきかと悩み、最終的に私信としてありのままを書いて送る事に決めた。


普通に、けれど大事に育て、幸せにするよう精霊王から告げられた事も。


今も後悔と絶望のうちに過ごしているであろうデンゼルの、何かの希望となる事を願って。





―――まだずっと先の話になるが、これより6年後、デンゼルによる公式訪問をもって、ポワソン公国との交流が公式に始まる事になる。


王城でデンゼル公を迎えたひとりに6歳の王女アリアナがいた。

笑顔で出迎えた王女を見て、デンゼルが思わず目頭を押さえた話は密かな(かた)(ぐさ)となる。


トラキアとの国交回復は、それからさらに1年後だ。



さて、アリアナが生まれた後、アーロンとソニアの間には4人の王子が生まれた。



3人目の王子が誕生した後、セドリックは国王アーロンに臣籍降下を願い出た。



この時セドリックは19歳。

公爵位を賜り、その後も王家を忠実に支えた。



リゼットは18の時に婚約者である侯爵家嫡男に降嫁した。幼少期に心配された気弱さは鳴りを潜め、しっかり者の侯爵夫人としてよく夫を支えた。



(かた)(ぐさ)と言えばもう一つ。



ソニア王妃の母国テマスから外交の使者が来て、あからさまにクロイセフを下に見る条件での交易を提案した時。



滞在中の使者の数々の無礼な言動を証拠と共に提示し、逆にクロイセフに有利な条件で交易を取り付けた。裏でその指揮をとったのがソニア王妃だったと言う。




この間ずっと、民はアリアドネの命日を忘れなかった。その日いち日を静かに喪に服して暮らした。


だが、アリアドネは冷たい泉の底に沈んだままではなく、精霊になって精霊王と共にあの泉で暮らしてもいない。今はアーロンの娘として生まれ、すくすくと日々成長している。


それでも、国民が毎年喪に服すのはアリアドネへの敬慕の表れ。だからアーロンは、少しずつ民の意識を変えていく事にした。


民が持つアリアドネへの敬意と感謝はそのままに、精霊王の偉大なる力を称える趣旨を加えていったのだ。



それから百年と少し経つ頃には。


この日の催しは、王都をあげて盛大に祝われる感謝祭として知られるようになっていた。







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