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ただ普通に、大切に



薄暗い中、アーロンとソニアは、宿営テント周辺の哨戒をしていた騎士ひとりを護衛に付け、精霊の泉へと歩を進めた。



任務中の騎士はもちろん、アーロンやソニアもまた無言だった。


夢で精霊王に呼び出されたのだ、呑気に話せる筈もない、不安を感じて当然だろう。



やがて眼前に泉が見えてきた。

アーロンは騎士に離れて待つよう指示をして、ソニアとふたりでさらに進んだ。


泉の中央、その水の上に、薄らと光る人の姿をしたものが見えた。


昨日アーロンが見たのと同じ姿。半透明の体もまたそのままで。



ソニアもその姿を認めたのだろう、隣でごくりと唾を飲む音が聞こえた。


アーロンは妻の手を取り、優しく握りしめる。そして縁まで進むと、ふたりでゆっくりと膝をついた。



精霊王は、水の上を滑るようにしてふたりに近づいた。

恐る恐る見上げれば、間近なせいか、半透明でも異様なまでに整った顔が見てとれた。

そしてその表情も。


眉間には皺がより、口はへの字に曲げられている。どう見ても不機嫌そうで、アーロンたちの背中に冷や汗が流れた。



その時、気づいた。



光の玉がひとつだけ、精霊王の周りをふわふわと飛んでいた。

精霊王の頭に止まったり、肩に止まったりしながら、忙しなく飛び回っているのだ。



精霊王は溜め息を吐くと、手を伸ばしてアーロンとソニアそれぞれの額をとん、と突いた。


デンゼルの手紙に書かれていたのと同じ動作だ。


まさか、と期待したその通り、アーロンとソニアの目が開け、小さな光の玉が少女へと変化した。



ソニアには初めての、アーロンにとっては懐かしい思い出の初恋の人、アリアドネ。



デンゼルの手紙では、人の姿となったアリアドネは、ポワソン領にいた頃の、3、4歳くらいの幼子だったと書いてあった。


だが今アーロンが見るアリアドネは、彼の最も古い思い出の彼女そのままに見える。

出会ったばかりの、8歳の頃の。いや、それより少し幼く見えるかもしれない。



でも確かに彼女は。



「アリ、アドネ・・・義姉上・・・」



やっとで絞り出した名前を耳にして、「この妖精が?」と隣のソニアが目を見開いた。



けれどアーロンには分からなかった。


昨日は消えたのに、どうして今朝になってアリアドネに会わせてくれたのか。そして、精霊王がこの表情でいる理由も。


ここに呼ばれたのは、アーロンとソニアのふたりだけ。ジョーセフやセドリックらはいない。

となると、怒っているのはアーロンたちに対してなのだろうか。だが、考えても理由は思い当たらなかった。



大きさは光の玉とさほど変わらないまま、可愛らしい女の子の姿になったアリアドネは、まだ精霊王の周りをふよふよと飛び回って、時にその身体に降り立ってはキスをした。


そう、キスをしていたのだ。

精霊王の肩や髪、頬や手に、飛んでは止まって、また飛んで。



いよいよ精霊王の眉間の皺が深くなり、再び大きな大きな溜め息を吐いた。



そして、すっと手を前に差し出すとソニアを指し示したのだ。

これに対して、ソニアは声こそ抑えたが、ぎょっと目を見開き、胸に手を置いた。



するとアリアドネは、急に精霊王の顔の周りをぐるぐると勢いよく飛び回り始めた。

そしてもう一度、精霊王の頬にキスを落とすと、真っ直ぐソニアに向かって飛んで行き―――



「え・・・?」



アーロンが呆けた声を上げた。



アリアドネが、ソニアの体の中へと入っていったのだ―――ちょうどお腹のあたりに。



「ソニア? え? 義姉上がソニアの中に・・・? え? え?」



アーロンもソニアも、呆然とアリアドネが消えた先―――ソニアのお腹のあたりを見つめた。



『・・・公にはするな。偶像になどせぬように。ただ普通に、大切に育てろ』



見上げれば、これまで以上に渋い顔の精霊王がふたりを見下ろしていた。



『国王、お前は甘い。だが親には向いているだろう。励め』



言葉も出ないふたりに精霊王は続けた。



『あの娘が望んだ。だから許した。今度こそ幸せになれ』



「・・・っ」



アーロンは息を呑んだ。知らず、涙が溢れ落ちる。


ようやく意味が分かったのだ。


ソニアもだろう、お腹に触れながら何度も何度も頷いた。



離れた所で待機していた騎士は、泉の上で光り輝く何かは見たらしいが、精霊王が何かしたのか、姿を認めていなかった。

当然、声も聞こえず、何が起きたか分かっていない。


だから、国王夫妻がぽろぽろと涙を流しながら泉から戻って来たのを見て、当然ながら焦りまくった。

もちろん精霊王の命令に従って、何も話さなかった。



泉を去る前、一礼して踵を返したアーロンの耳に、『あれはもらう』と聞こえた気がして振り返る。


だが、もうそこに精霊王の姿はなく。


朝日が照らし始めた水面が、微かな光を放ち、静かに佇んでいるだけだった。



もらうとは何を?と首を捻るが、残念ながら何も思いあたらなかった。



―――最後まで。








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