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そんな戯言



多少揉めた末に同行人数が増えた精霊の泉への慰霊訪問だったが、出発当日、つまり6度目のアリアドネの命日になって、さらに人数が増えた。


朝、準備を整えたアーロンたちの前に現れたソニアの両手、その右手と左手それぞれが小さな手を握っていたからだ。



「これは・・・どういうことだ? ソニア」


「この子たちも連れて行きます。無関係ではありませんもの」



ソニアが連れて現れたのは、第一王子セドリックと第一王女リゼット。それぞれ11歳と9歳に成長した2人は、緊張顔で少し眉を下げつつも、しっかりとソニアの手を握っていた。



ソニアが輿入れしてまだ4か月と少しだが、セドリックとリゼットはすっかりソニアに懐いていた。


というのも、初対面の挨拶でソニアはこんなことを言ったのだ。



『あなたたちは処刑された側妃の子ね?』



青ざめる2人に向かって『私は愛妾の子よ』とソニアは続けた。



『親や出生なんて自分ではどうにもできない事で悩むのは時間の無駄よ。あなたの価値を決めるのはあなた自身、だから胸を張りなさい。自分の事は、これからの生き方で証明すればいいの』



テマス国王の愛妾だったソニアの母は、彼女を産んで暫くして亡くなった。その後、正妃とその子たちの嫌がらせを受けながら育ったという。


国としての価値が落ちたクロイセフ王国にソニアが嫁ぐ事になったのは、その縁談を正妃の娘が嫌がったから。

それでもクロイセフへの影響力を強めたかったテマス国王は、離宮でひっそり暮らしていたソニアに白羽の矢を立てた。



侍女をひとりも連れずに嫁いだ時のソニアは痩せて見窄らしかったが、強気の姿勢はその時から変わらない。



『必ずお役に立ってみせます』



サイズが合わない服を着ていたソニアは、そう言ってアーロンに微笑んだ。



その時と同じ笑みを浮かべ、けれどずっと肉づきがよくなったソニアは今、左右にセドリックとリゼットを連れ、アーロンの前に立っていた。



宿泊施設が、と前と同じ問題点を挙げると、野営テントの中で皆でごろ寝すればいいと答えた。それもまたいい経験になると。



いやしかし、と言いかけて、アーロンは子どもたちの様子に気づいた。2人ともにしっかりとソニアの手を握り、真っ直ぐにアーロンを見上げている。



カレンデュラの処刑から、いや違う、2人の弟である第二王子マーカスが毒で殺されてから、セドリックとリゼットの笑顔が消え、ひとりで居たがるようになった。


これまでの経緯が経緯である為、城での彼らの扱いが腫れ物に触るようになるのも仕方のない事だった。

アーロンも色々と配慮を示していたつもりだが、執務に追われる身では常に気を配り続けるにも限界があった。



そんな中でのアーロンの婚姻は、2人をより微妙な立場に置く事になる。彼らはきっと、将来を酷く悲観していただろう。




―――実際にソニアに会って、あんな風に発破をかけられるまでは。




「ぼ、僕も泉に行って、祈りを捧げたいのです」


「・・・わ、私も、お祈りしたいです。お父さまとお母さまが、ごめんなさいって」



胸を張れと言われた2人は、精一杯姿勢を良くしてアーロンに向かって口を開いた。



ここ数年、自分の要望などろくに口にしなかった2人の必死なお願いに、アーロンがこれ以上反対できる筈もない。



「・・・本当に、雑魚寝になるけどいいんだね?」



諦めと呆れのこもった溜め息を吐き出しながらそう言えば、2人は声を揃えてはい、と答えた。

ちなみに荷物は既にしっかりとまとめてあった。


どうやら、ずっと前からそのつもりで準備していたらしい。








と、出発前にそんな問答があったものの、その後の行程には問題なく。


その日の午後2時前に、国王アーロンの一行は精霊の泉に到着した。



目の前に広がる美しい光景に、王子と王女は感嘆の声を上げた。極力外出を控える生活を送っていた彼らの目に、精霊の泉とそれを囲む緑の木々はとりわけ美しく映ったのだろう。



アーロンとソニア、セドリックとリゼットの他にここに来たのは、騎士団長が率いる護衛騎士ら10数名。



騎士たちは、ジョーセフが住む森の家近くまで戻り、宿泊用のテントを張ってからまた泉に戻って来る予定である。



ジョーセフと、書類上の彼の子どもであるセドリックとリゼットは、非常に微妙な空気のもとで再会した。


日に焼け、少し痩せたジョーセフは、子どもたちの目には別人のように映ったらしい。挨拶をしたきり、黙り込んでしまった。


対するジョーセフも、かける言葉が見つからないのだろう、ろくに声もかけないまま時だけが過ぎる。


そんなジョーセフを見て、ソニアが一歩前に出た。



「アーロン陛下の妻となりましたソニアと申します。正妃を死に追いやった元国王ジョーセフさまでいらっしゃいますね?」


「ソニア?」



慌てるアーロンをよそに、ソニアは続けた。



「今は後悔して、泉の近くに住んで日々懺悔をしているとお聞きしています。

全く反省しないより余程いいとは思いますけれど、最初から間違えないのが一番でしたわね」



そして、ソニアは両腕にセドリックとリゼットを抱きかかえて言った。



「けれど親の罪は親だけのもの、この子たちには何の罪もありません。

これからこの2人は、私が責任を持ってお育てします。血の繋がりだけが親子を作るなんて戯言、私は信じておりませんので」









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