ジョーセフからの手紙
森の管理小屋にしては設備が整っていても。
半年ほどかけて身の回りの事を自分でする訓練をしても。
やはり移動した当初、ジョーセフは相当に苦労した。
食事の用意もひと騒ぎで、簡易台所の壁や天井に防火魔法がかけられていなかったら、移動した初日に家が焼失していただろう。
実際、携帯食で凌がざるを得ない日は多かった。
最初の頃は3日に一度、4か月経った今は2週間に一度ヨバネスが様子を見に来る。
野菜や肉などの食料物資を運ぶのと生存確認を兼ねてらしい。
ヨバネスは、来たついでに薪割りなども手伝ってくれた。火おこし用の魔道具はあるものの、それだけに頼っては、あっという間に魔石がなくなってしまう。
冬に魔石が尽きれば、それこそ生死に関わる。
故に薪の備蓄はここでの生活に欠かせず、ヨバネスの指導のもと、ジョーセフの薪割り姿も少し板についてきた。
そんな親身に助けてくれるヨバネスに、ジョーセフはなぜと一度聞いたことがあった。
すると、意外な人物の名をヨバネスは口にした。
「私の剣の師が、騎士団を去る時に言ったのです。若くして王になられる方を、心を尽くしてお守りするようにと」
当時、候補生から正式な騎士になったばかりのヨバネスだったが、騎士試験に受かったのは、親身になって時間外指導をしてくれた師のお陰だと今も感謝しているという。
その師が最後にかけた言葉―――若き国王にお仕えせよ―――それを忠実に守り続けただけだというヨバネスの返答に、ジョーセフは困惑を隠せなかった。
「ならば、余計に今の私を助ける理由が分からない。私はアリアドネを・・・お前の師の娘を死に追いやった男だぞ」
「まあ正直悩みました。仲間から裏切り者と罵られた事もありましたしね。ですが、あの方もジョーセフさまに剣を向ける真似は最後までされませんでした。それなら、私も最後まで騎士の本分を示すまでだと」
それを聞いて、ジョーセフは、改めて自分の愚かさと罪深さとを思い知った。
デンゼルが育てた全ての騎士がヨバネスと同じ考えだった訳がない。
アリアドネを冷遇した時点で見切りをつけた者や、精霊王の裁きの時に見限った者は多かっただろう。
それが当然の反応だ。
なのに、ヨバネスは―――他ならぬアリアドネの父デンゼルが教えた騎士は、こうして今もジョーセフを助けている。
ああそうだ、とジョーセフは思い出した。
デンゼルはジョーセフの為に、信用のおける文官や秘書官らを多く推薦した。
けれど、タスマ派の戯言に惑わされ、彼らを全て一緒くたにして遠ざけてしまった。
だが、文官だけではなかったのだ。
気づいていなかっただけで、このヨバネスのように、文字通りジョーセフを守る者たちをデンゼルは育ててくれていた。
なのに自分は、そんな人の娘を、裁きと称して泉に身を投げさせた。
ヨバネスの言う通り、あの日最後の忠義と称して謁見したデンゼルに、切られてもおかしくなかったのに。
・・・ああ、私は本当にどうしようもなく愚かだったのだな。
けれど、そうと気づいても今さら何ができる訳でもない。犯した罪が軽くなる訳でもない。
「・・・どれだけ悔やんでも、アリアドネが帰って来ることはない」
城へと戻るヨバネスの後ろ姿を見つめながら、ジョーセフはぽつりと呟いた。
今のジョーセフにできるのは、日々アリアドネの死を悼むことだけ。許されぬ罪を悔やみ続けることだけ。
だから、森の家に移ったジョーセフは、朝起きるとまず精霊の泉に向かう。
歩いて半刻の道のりは、初日は倍の時間がかかってしまった。幽閉とその前の引きこもり生活ですっかり体が鈍っていたからだ。
けれど今は、半刻もかからずに到着できる。
毎朝、ジョーセフは泉のほとりで膝をつき、アリアドネに懺悔する。
そして、彼女を冷たい泉の底に沈めたままにせず、小さな精霊に変えてくれた精霊王への感謝も捧げる。
毎日、毎日。
家の裏手にある井戸で水を汲み、斧で薪を割り、図鑑を片手に野草を摘み、まだ時々失敗する料理を作りながら。
ジョーセフは泉へと通い続けた。
そうして時が過ぎ、夏が終わろうという頃、ジョーセフはあるものを見る。
驚いたジョーセフは、震える手で手紙を綴った。
ヨバネスがこの家に来るのは5日後。
それまで待てなかったジョーセフは、夜が明けるとすぐに半日歩いて森の入り口近くの番人の小屋まで行き、手紙を託した。
議会の決定に違反する行為だったが、ジョーセフは必死だった。
番人はすぐに手紙を城へと届け、その日の夕刻頃にアーロンのもとに届いた。
その手紙の内容に、アーロンは驚愕した。
こう書いてあったのだ。
精霊の泉の上で、舞うように飛ぶ小さな光の玉を見た―――と。




