今度こそ、終わらせたいと
四半刻の後に闇は明け、予想通りひらひらと雪片が空から降り始めた。
そしてそれは見る間に激しくなっていく。
恐らくまた3日3晩降り続けるのだろう。
アーロンは連れていた騎士たちに号令し、西の塔の階段を駆け上がった。
扉近くには、床に蹲りガクガクと震えている侍女がひとり。
アーロンたちはその横を通り過ぎ、中へと一歩足を踏み入れた。そして惨状に息を呑む。
壁や床、絨毯のあちこちに飛び散る鮮血。
室内に充満する血の臭いに、アーロンは思わず袖で口元を覆った。
室内の中央にひとり立っていたのは、兄王ジョーセフだった。見たところ無傷の様だ。
近くに蹲っているは彼の護衛騎士ヨバネス。
怪我をしたらしく、左肩周辺にぐるぐるに巻かれた包帯がわりのシャツには、薄らと血が滲んでいた。
惨憺たる室内でも、とりわけ大きな血溜まりが二つ―――一つは真っ赤に染まったシーツにくるまった側妃カレンデュラの体の下から、そしてもう一つは部屋の中央近くでうつ伏せに倒れている裸の叔父タスマの体から流れ出ていた。
「・・・アーロン殿下、塔の入り口の方が騒がしいです。陛下がこちらに向かわれたという知らせは本城にも行っている筈なので、そのせいかと」
衝撃で暫し言葉を失っていたアーロンに、背後に控える騎士たちの一人が近づき、声をかけた。
その声にアーロンは我に帰ったが、それは中央でぼんやりと立っていたジョーセフもまた同じ。
今初めてアーロンたちに気がついたように後ろを振り返ると、集団の中に弟の姿を認め、キッと目を吊り上げた。
「アーロン、幽閉中のお前が何故ここにいる?」
「国の一大事なので塔を抜けてきました。兄上もお気づきでしょう、先ほどの闇を。そして今、外は雪が降っています」
ジョーセフは、今さら窓の外へと視線を向け、苦虫を噛み潰した様な表情をした。
「・・・だが、それとお前がここにいる事とに何の関係がある? 即刻、塔に戻れ。より重い罰を受けたいか?」
「戻りません。精霊王の裁きを今度こそ終わらせなければならないのです」
「・・・? お前は、何を言って・・・」
「申し訳ありませんが、今は兄上とゆっくり話している時間がありません」
そう言うと、アーロンは腰に提げていた剣を抜いた。
ジョーセフを守ろうと護衛騎士ヨバネスが立ち上がった。それを見て、アーロンは苦笑した。
「安心していい。兄上に害をなすつもりはない」
そう言って、アーロンが切先を向けたのは、床にうつ伏せて今も小さく呻いている叔父タスマだった。
「騎士に王族殺しはさせられない。僕がタスマ叔父上を切る。誰かカレンデュラ側妃の始末を頼む」
アーロンが連れて来た騎士たちにそう告げると、慌てたジョーセフが大声を上げた。
「っ! 待て、駄目だ、止めろ! こいつらはいずれ処刑するが今ではない! 最も惨たらしい仕方で殺してやるのだ!」
「いいえ、兄上。この2人は今すぐ殺さなければなりません。こうしている間にも雪は降り続いています。処刑の日まで待っていては間に合いません」
だがジョーセフは、決定権を弟が握るのは許せなかった。
そして弟が言っている事の意味も分からない。
ジョーセフは剣を持ち直し、それをアーロンへと向けた。そして「退け」と告げる。
背後からは、階段を上がって来るかなりの数の足音が聞こえる。時間がないのに、とアーロンは焦った。
2人は既に瀕死に近い。
傷の深さ大きさもあるだろうが、一番の理由は突然の暗闇で治療もできず、血が流れるままだったせいだろう。
今治療を受けたとしても、いずれ死ぬ可能性の方が高いが、それでは余計な時間がかかってしまう。
「兄上、どうかそこを・・・」
「おやおや、ジョーセフ国王陛下だけでなく、アーロン殿下まで」
扉の向こうから響いたのは、それまでここに居なかった別の―――最もここに現れてほしくなかった人の声だった。そう、宰相だ。
室内の惨状など目に入ってないかの様に、宰相はいつもの表情で扉をくぐった。
「丁度よかった。もういい頃合いです。陛下もご自身に子を与える能力がないと知ってしまった様ですし、そろそろ王位をアーロン殿下に譲っていただきましょう」
「なっ?」
「ああでも、タスマ殿下にはもう少し生きていて頂かないといけませんな。少なくとも、アーロン殿下が医師の診察を終え、高貴な血を繋げられると証明されるまでは」
宰相はちら、とカレンデュラを一瞥すると言葉を継いだ。
「コレは殺して構いません。それだけの罪を犯しましたからね。陛下の寵を失った以上、もう役目もありませんし。それよりタスマ殿下だ。
一刻も早く治療を受けて頂かねば。おい、お前。殿下の体を清潔な布でくるんで運びだ・・・」
振り返り、連れて来た騎士たちに声をかける宰相を、「必要ない」とアーロンが遮った。
「宰相、邪魔をしないでくれ。2人とも今この場で始末する」
「アーロン殿下、何を・・・」
「治療は必要ないと言ったんだ。なにが高貴な血だ。そんなもの、今この国にいる者たちの命全てを守る方がよほど重要だろうに・・・っ!」
「そんなもの、とは」
アーロンの訴えに、宰相は訳が分からないと首を振った。
「その言い方はいけません。王家の血筋は、何をおいても守るべきものではありませんか」




