目を背けた先
城内は混乱の極みにあった。
正妃アリアドネの冤罪に続き、今度は幼い第二王子の毒殺。
ジョーセフ国王が生死の境を彷徨い、側妃カレンデュラが倒れたのと同じ毒だが、今回は死者が出てしまった。
まず乳母が疑われ、次に王子付きの侍女が疑われた。その後は料理人、それからメイドも。
だが、彼らは毒を持っておらず、彼らの部屋からも発見されなかった。
すると、次にジョーセフは意外な人物の名を口にした。
弟のアーロンだ。
今もなお宮に籠もり、国王の呼び出しを拒否し続けるアーロンが、本城の幼い王子の飲み物に毒を入れたとジョーセフは言うのだ。
彼に仕える使用人たちですら宮で大抵の事をし、本城には滅多に来ないというのに。
だが、ジョーセフは周囲からのそんな声を無視し、騎士たちを遣わして玉座の間に弟を連れ出した。
「今度は僕が犯人だと言うのですか、兄上。では僕も精霊王の裁きを受けましょう」
挑むように告げられれば、ジョーセフはぐっと言葉に詰まった。
「・・・その必要はない。マーカスが死んだ今、タスマ叔父上もだがお前を簡単には死なせられん。お前は北の塔に幽閉とする」
西の塔に幽閉中の前王弟タスマに加え、現王弟のアーロンまでもが幽閉。
直系王族4人のうち2人が幽閉とは異常事態だ。
だが、今のジョーセフに意見を言える者はいなかった。
宰相でさえ、ジョーセフの言動に沈黙を選んだ。
これまで、正妃が関わる時のみ狂気を孕んだ怒りを露わにしていたジョーセフだが、今はその矛先を向ける相手を失っている。
皆がそれを、今度は自分に向けられる事を恐れた。
現王弟を幽閉したとて結局何も解決していないという事実を、国王に指摘する勇気のある者は今の城にいなかった。
そして第二王子の死から三月ほど経った頃、カレンデュラが泣いてジョーセフに縋った。
「あたしに子を与えて」
子を亡くして辛いのだろう、苦しいのだろう、そう思ったジョーセフは、忙しい中でカレンデュラの為に時間を作り出し、閨を共にした。
カレンデュラを哀れむ気持ちもあったが、彼の寵が今も彼女にある事を示す為でもあった。
宰相が最近、新たな妃を迎えるよう、やんわりとだが、たびたび進言するようになったからだ。
マーカスが死んでしまった今、王位継承権を持つ男児が最低でももうふたり必要だ。
でなければ、前王弟タスマや現王弟アーロンを処分する事ができない。
カレンデュラは今33歳。宰相たちが若い娘を勧める気持ちも分かる。ちゃんと子が出来るか、出来ても無事に生まれるかが心配なのだろう。
だが、血筋が良く身分が高い女などジョーセフは二度と御免だった。
そんなものがなくても、ジョーセフは立派に王として立てている。もう誰かの力に寄りかかっての権威はまっぴらだった。
カレンデュラがいい。美しさしか持っていないカレンデュラだからいいのだ。
ジョーセフは今や、カレンデュラを抱いている時しか安らげなかった。
幸いにも、あれ以来―――アリアドネの裁きの後、半刻の闇と3日3晩の雪が降って以来―――王国内で異常は見られない。
雪による被害は、国の蓄えを民に配給して乗り切った。蔵はほぼ空になった為、急ぎ輸入を指示した。
けれど、ジョーセフは安心できない。いつも不安でたまらない。
いつ何時、また精霊王の怒りが表明されるか分からないからだ。
だってアリアドネは無罪だった。
無罪だったのに死んでしまった。
たぶんこの王国でジョーセフだけは、アリアドネを有罪と心から信じていたのに。
山のような執務に追われ、先が見えない感覚と閉塞感に悩まされる中、カレンデュラの柔らかな身体だけがジョーセフの癒しだった。
―――そんな日々が半年ほど続いた頃。
アリアドネの父デンゼル・ポワソンが国王との謁見を求め、来城した。




