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精霊の泉の水は清く深く



森の入り口からは馬に乗って、泉の近くまで移動する事になった。


騎士たちが携帯した地図に泉の位置は記載されているが、その場にいる誰もそこに行った事はない。


迷う可能性も考えて、森の番人が案内として呼ばれた。



精霊の泉に行くと告げたら番人は驚いたが、物々しい光景に何を言える訳もない、黙ってアリアドネたちを先導した。



進むこと半日、木々に隠される様に存在する綺麗で、どこか神秘的な泉がアリアドネたちの眼前に現れる。



上空から降り注ぐ陽射しを反射して、水面がキラキラと光っている。

水晶の様に透き通った水は底まで見えてしまいそうで、けれどどれ程の深さがあるのか、どれだけ目を凝らしても見えなかった。



「手枷はつけたままで、と国王陛下の仰せです」



見届け人のひとりである裁判官が、感情の読めない声でアリアドネに告げた。



「そう」



騎士たちにより、いささか乱暴に馬から降ろされ、泉の前へと押し出され。



だからといって、もう今さら何の感傷に浸る筈もなく。



アリアドネは無機質な声で返事をすると、前を向いた。



水面を―――これからアリアドネが身を投げるであろう精霊の泉を目に映して。



泉の上だけ、ぽっかりと空が見えていた。


晴れ渡った青い空は、まるでこれからアリアドネがする事を喜び、祝福しているようで。


まるで世界の全てがアリアドネの敵であるような、そんな虚しさに一瞬、囚われ。



けれど、幼い頃のポワソン領での思い出や会えずじまいの家族、今も宮で軟禁されているであろう義弟、そして王の間で見た父の苦悶の表情を思い出し、アリアドネはああ、と思ったのだ。



私には、確かに私を愛してくれる人がいた。



私が何も罪を犯していないと、そう信じてくれる人はきっと、私が思っているより多いのかもしれない。


それを口に出す事は、決して許されないとしても。



―――なら、もういい。



もう、こんな茶番は終わらせてしまおう。



愛してくれない人を、愛情に敵意を返す人を愛してしまった事だけが私の罪。


それが死に値する罪だと言うのなら、潔く罰を受けよう。



「・・・精霊王さま」



泉の淵で、アリアドネは静かに言葉を紡いだ。



「私の心を、どうかご覧になってください。そしてどうか、私の罪禍の有無(あるなし)を明らかにしてください」



そのまま泉へと入っていったアリアドネを見て、誰のものかは分からない、声なき叫びが背後で上がる。



アリアドネの身体は、そのままゆっくりと沈んでいき、沈んでいき―――




「そんな・・・」


「こんな事が本当に・・・」


「何て事だ・・・」



アリアドネの姿が消えた泉の淵、呆然と呟いたのは大臣たちだ。


裁判官の2人は信じられないと目を見開き、騎士たちは動揺し、森の番人は腰を抜かした。



まるで吸い込まれるように、アリアドネの身体は泉の底へと沈んでいった。



水面に広がった波紋がひとつふたつと消えていく。


そして、ゆっくりと静かに、最後のひとつが消えた瞬間。



俄かに上空が暗くなった。





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