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ショートショートの小宇宙

愛のカタチ

作者: 駿平堂

今日ケンは、マッチングアプリで知り合ったマキとの二回目のデートを迎えていた。

ケンが選んだお店はもちろん、オシャレで雰囲気が良いところ。味なんてどうせわからないのだから、関係ない。ケンにとって大事なのは、マキとのコミュニケーションだけだった。

ケンはだいぶ余裕を持って到着していたが、約束の時間はすぐにやって来て、ほとんど時間ピッタリにマキが現れた。

「お待たせ」

一回目の時がラフな格好だったのに対し、今日のマキの格好は大人っぽいワンピース姿だった。

「やっほー。あれ、今日はこの間と雰囲気違うね」

「お、よくわかったね。お店の雰囲気に合わせてちょっと大人っぽい感じにしてみましたー」

「いいね、めっちゃ似合ってる!」

「ありがとう」

 そう言うマキの声色はちょっと照れ臭そうで、そこがまたケンには魅力的だった。

「じゃあ早速行こうか」

 ここで時間を潰す意味もなかったので、ケンは早々にレストランへと場所を移した。


お店の中にいる時も、ケンとマキの話はよく弾んだ。それに、店内のBGMや客を飽きさせないための視覚的な演出も見事なもので、終始二人はいい雰囲気で過ごすことができた。そしてあっという間に時間は過ぎ、そろそろお店を出ようかというタイミングで、不意にケンは言った。

「あのさ、今度、直接会おうよ」

 唐突な言葉ではあったが、マキも今日そんなことを言われる予感はしていたのだろう。クスッという音を発した後、落ち着いた感じで

「私もそう思ってた」

とだけ言った。


 マキと別れた後、ケンはすぐにメタバースの世界からログアウトをし、VRゴーグルを外した。健の興奮はまだ収まっていなかった。ようやく真紀ちゃんと会える! その気持ちで一杯だった。


続く三回目の初デートは、二回目のデートで使ったお店の実店舗にした。メタバース内での雰囲気も良かったし、お店を出る際にもらった、実店舗で使えるクーポンが決め手だった。もちろん今日、健は告白するつもりだった。


「お待たせ」

 いつもと同じお待たせ、に振り向いた健は、いつもは無い鼻腔への刺激で真紀の存在をリアルに感じた。

「ううん。全然。ていうかすごいいい匂い。香水?」

「うん」

 真紀の返答は少しそっけなく、だいぶ緊張しているように感じられた。初めて直接会うのだから無理もないか、と健は思ったが、その後お店に向かう途中でも、お店に入った後でも真紀の様子は変わらず、二人の間にいつものような盛り上がりはなかった。


 そして何回目かわからない沈黙が訪れたタイミングで、健は耐えきれずに切り出した。

「ごめん、やっぱり直接会うと、イメージと違ったかな?」

 真紀の態度に気づかないフリをし、つつがなくデートを終わらせる選択もあったが、それまで普通に振る舞える自信が健にはなかった。それに、どうせ終わるなら、早く終わらせてしまいたいという気持ちもあった。しかし、真紀の反応は健が思っていたものとは違っていた。

「違うの! ごめん、そんなこと全然なくて。ただ、あのね、相談しなきゃいけないことがあって」

慌てた声で急にそんなこと言う真紀に健は少し面食らったが、努めて平静を装って返答した。

「どうしたの」

「なんでかわかんないけど、妊娠しちゃってるの、私」

 全くもって想像していなかった言葉に、健の思考は一瞬だけ止まって、それから猛然と動き出した。そして健の頭の中のその様子は、どこからか体の外側にも漏れていたのだろう、真紀はすぐにこう加えた。

「あ、ごめん! この私じゃなくて、メタバースの中の話!」

 健の思考はまた一瞬止まって、それから元のスピードに戻った。思わず苦笑いした。

「そっちか」

「ごめんごめん。でもそれでも……。私もその、やっぱり混乱してて」

真紀の言うことはもっともだった。メタバース内であっても、真紀が妊娠しているというのは異常事態だった。

メタバースにも妊娠・出産というシステムが導入はされているので、そういう意味ではなんら不思議はない。しかしそれは、二人の同意が得られた上で初めて購入することができる有料コンテンツのはずなのだ。現実世界のように、意に反した妊娠をしてしまうなんてあり得ないはずだ。

「昨日ログインした時に、なんかいつもより動きが遅いなって思ってね。最初は私の回線が重くなってるのかな、と思ってたんだけど。ステータス画面見たら“妊娠中”になってて。それで、父親は健くんってことになってて」

 そこで真紀は言葉を切った。どういう言葉を続ければいいか、真紀自身もわかっていないようだった。

「そっか」

 健もそう返すことしかできなかった。そして少し間を開けてからこう続けた。

「ちょっと、一回調べてもいい? あんまりよくわかってなくて。妊娠のシステム」

「うん。そうだよね。私もそういうのがあることしか知らなかった」

混乱した頭のまま、健はスマホで妊娠システムについて調べていった。細かい情報も出てきたが、だいたい重要なところはこんな感じだった。

・妊娠期間は一か月間で、その間はアバターの動くスピードが制限される。

・妊娠期間終了後、初めてログインしたタイミングで子どもが生まれる。

・生まれた子どもとは三か月間一緒に過ごすことができる。最初は言葉も話せず歩けもしない赤ちゃんとして生まれるが、徐々に成長し、最終的には小学生くらいになる。

・食事やオムツ交換などのお世話は、発生頻度を自分たちで設定できる。無しにもできる。

・生まれた子どもは三か月経ったら親元を離れ、メタバース内の任意の施設や空間のNPCとして存在し続ける。

・妊娠のキャンセルもできるが、返金はできない。

「妊娠の期間とか育てる期間は現実と比べると短いんだね。あと、キャンセルも、できるのか」

「うん。でもね、私はあんまりキャンセルはしたくないかなって思ってる」

キャンセルするということは、現実世界で言えば中絶するということだし、真紀が拒否感を示すのも無理はなかった。

「ただのデータって言われたらそれまでだけど、やっぱり、寂しいし。それに、メタバースの世界で四か月間なら、あんまり問題はないかなって」

 これまで重ねてきたデートの中でも、真紀がここまではっきりと自分の意思を示したことはなく、健は真紀の意思の固さを感じた。

「そう、だよね」

 健はここでゆっくりと頭の中を整理していった。妊娠、という言葉のインパクトに圧倒されてしまったが、実際のところ大きな負担になるようなことは無いように思えた。現実世界には関係ないし、妊娠中のデメリットはマキちゃんの動きが遅くなるだけ。出産後も、最悪育児の頻度をゼロに設定すればよい。

それに今日の目的を達成するためにもここで、キャンセルしよう、とは言えなかった。

「うん。そうだね。生もうか」

 その言葉で真紀の表情が明るくなったのを確認し、健はすぐにこうつけ加えた。

「それで、僕の彼女になってください」

 今回は健のセリフを予想していなかったようで、真紀はすぐに答えられず、困ったように視線を脇に逸らした。それでも、健の頭に失敗の二文字がよぎる前には正面に向き直り、はにかんだ様子でこう答えた。

「順番、ぐちゃぐちゃだね。うん、こちらこそ、よろしくお願いします」


そうして普通のカップルよりも少しややこしい関係になった二人だったが、メタバース内での妊娠、出産、育児は二人の予想を裏切らず、それほど苦になるようなものではなかった。いざ出産が目前に迫ると緊張はしたが、生まれてみると可愛いもので、二人はナナと名付けた娘に、メタバースにいる間は惜しみなく愛情を注いだ。


そしてナナもある程度大きくなってきた頃、二人は愛娘と一緒にカフェで休みながらこんな会話をしていた。

「そう言えばこの間、運営会社に問い合わせてみたんだよ」

「ん、何を?」

 ナナにおやつをあげながらマキが返事をする。

「いや、妊娠コンテンツ購入してないのに、彼女がいきなり妊娠しましたって」

「なるほど。というかそれ、最初にすべきだったね」

「あの時はぼくもマキちゃんも動転しててそんな頭なかったもんね」

ケンは笑いながらそう言った。二人にとって妊娠事件は、もはやいい思い出だった。

「それで、どうだったの?」

「それがさ、ログ調査してもわかりません、って言われちゃって。お詫びとしてメタバース内通貨はもらえたんだけど」

「えー、そんなことあるんだ。謎だね」

「まあ、通貨もらえたし、ナナも可愛いからいいかなーとは思うけど」

 ケンはそこまで言うと、ナナの方に向き直り、微笑みながら、ねー、と言った。

「ねー」

 まだ少しあどけないしゃべり方で真似をするナナに、二人して笑顔がこぼれた。


一方、そんな二人、いや、三人が今いる世界をコントロールしているメタバース運営会社のエンジニア室では、こんな会話が繰り広げられていた。

「そういえばこの間も問い合わせあったんですって。妊娠コンテンツ購入してないのに妊娠しましたーって。いつも通り通貨を付与したら、それ以降は問い合わせ来てないらしいですけど」

 少し間の抜けた声は二十代そこそこの若手エンジニアが発したものだ。

「そうか。最近ちょっとずつ増えてきたな。現状大きなクレームにはなっていないし、当面の間は大丈夫だろうが、やはりずっと続けるのは無理があるな」

 対照的に落ち着いた調子で、主任エンジニアが答える。

「でも本当に効果あるんですかね、こんなことして。実際の妊娠・出産に実感が湧いてー、とか説明されましたけど」

「さあな。俺たちは上に従っているだけで、そういった情報は降りてこないから、そこに関しては知りようがない。何年後かの統計白書でも見てみるしかないさ」

 淡々とした言葉の中、不意に入ってくる冗談に若手は思わず噴き出した。

「ふふ。ですね。それにしても、少子化対策としてアバターの間に勝手に子どもを妊娠させるなんて、お上の人もよく思いつきますよね」


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