9話
「面を上げよ」
言葉の後、俺は顔を上げる。
目の前の一段高い場所に設置されている豪華な装飾の固定椅子。
固そうで座り心地はあまりよくなさそうなその椅子に座っているのが、この国『エルトリア王国』の国王陛下その人。
名前は『クリスト・フォン・エルトリア』様。
白の軍人が着る制服を豪華に飾り立てた衣装を着ている。
……王様なんだよね?
実は軍属の影武者だったりとかしない?
めっちゃマッチョなムキムキ筋肉さんなんだけど、王様。
その隣には王妃様の『ソニア・フォン・エルトリア』様。
普通に綺麗な女の人。
白のドレスを着て、ずっと微笑んで俺を見てる。
うん、見てるね。
…………二人して俺を見すぎじゃないですか?
いや、王様……陛下って言う方がいいんだっけ?
陛下は視線を散らしているけど明らか頻度が高いし、王妃様は一直線に俺をガン見し続けてるんですが?
状況説明だけで十分だと思うけど、俺は今、国王陛下に謁見中だ。
王都滞在四日目にドレヴィス家に国王陛下の使者が来て明日の午後一番に王城へ参じよ、と言伝をもらった。
それで参じたわけです、はい。
並び順は父さんを中心に、左右に俺と姉さんが並んでる。
「よく来てくれた、剣聖殿」
「王命でありましたからな」
嫌味成分を隠してない物言いですね、父さん。
姉さんが睨んでるのでやめてください。
「はっはっはっ。そうでも言わなければお前は新年以外に顔を見せんだろう?」
でも陛下はあまり気にしていないようだった。
愉快気に笑ってくれている。
内心では怒り狂ってるとか、ないですよね?
あ、怒り狂った顔をしてるのは謁見の間に同席している貴族家の当主たちの方だった。
禿頭が真っ赤ですけど大丈夫です?
頭の血管、プチッと逝くと結構ヤバい場合もあるらしいですよ。
「まあ、まずは楽にしてくれ。それから紹介してくれないか」
楽にしていい許可をもらえたので膝立ちを止めて立ち上がる。
「これが息子のリヒトです」
父さんに紹介されて、俺は頭を下げる。
貴族の礼なんて知らないから普通にお辞儀をするだけ。
……何だか空気がピリッとしたんだけど?
殺意に酷似した悪意まみれの敵意が左右に並ぶ人たちから飛んできてるんだけど!?
あー、父さんが来たがらない理由が分かった気がする。
敵意を向けられて愉快に感じる人って、いないとは言わないけど限りなく少数だと思う。
少なくとも俺は嬉しくない。
敵意を向けてくる相手が知らない誰かでも、気にしないようにするのにも精神力は使うし。
無駄に疲れさせられて、いい気持にはなれないよね。
「私の弟弟子はリヒトというのだな」
え?
弟弟子?
父さんを見れば、そこには素知らぬ顔。
陛下が父さんの弟子だったとか聞いてないんだけど?
「ラピスラズリからも剣、魔法の両方で才気あふれる神童だと話に聞いている」
何を言ってくれちゃってるの、姉さん。
ちょっと嬉しいじゃないか。
横目で姉さんの様子を窺えば、そこには神妙な顔をした彼女の姿。
謁見中だもんね。
俺も失礼のないように陛下のお言葉に集中しよう。
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その後、何度かお言葉を頂戴して謁見は終了。
直答も許されて俺も陛下と王妃様の二人と少しだけ会話をさせてもらった。
普通にいい人だったと思う。
周囲にいた人たちの大半が、ちょっとアレな人たちが多かったから特にそう思えたのかもしれないけれど。
「んんーーっ、緊張したーーっ」
緊張で固まった筋肉を解くように背伸びをして、大きく息を吐き出した。
まあでも、これで王都での用事も済んだし、もう帰るのかな?
観光に再挑戦したい気持ちもあるんだけど。
そう、再挑戦だ。
実は滞在二日目の昼頃に王都観光に俺は出掛けた。
その時は『貧民街』『国民街』『富裕街』『貴族街』と区分されている中の国民街に行ってきた。
一番、生活人数の多い街区で、王都の中で最大規模を誇る場所。
人口40万人の内、七割が生活している場所でもあるので最大なのも頷ける話だった。
まあ、それもあって増築を頻繁に繰り返した結果、王都初心者には迷路としか思えない街区が完成してるわけだけど。
しかも今でも増改築が繰り返されていて、王都在住の住人でも迷う事はあるらしい。
だから超初心者の俺が道に迷うのは必然。
でも今日まで再挑戦しなかったのは、決して迷子になった所を五歳の女の子に助けられて心が折れてたからじゃない。
「この後、父さんと姉さんはどうするの?」
「俺は帰る! 呑む! 寝る!」
欲望に忠実な父さんだった。
「ダメです。この後は王家の方々と昼食を御一緒させて頂く事になっていますから」
あらら。
姉さんに後の予定を教えられて父さんの表情がすっごく歪んだ。
大変そうだけど頑張ってほしい。
応援してるよ。
「他人事のように父さんを見ていますけれど、リヒトも同席するんですからね?」
「え゛っ!?」
食事のマナーなんて知らないよ、俺!?
あと父さん!
道連れゲット! みたいな顔で俺を見るな。
俺たちの表情から昼食に積極的ではないと察したのだろう。
「昼食は私たちと王家の方々だけで、他の家の方は参加されませんので安心してください」
いや、それは嬉しい情報ではあるんだけど……。
短時間で俺に嫌悪感を抱かせるなんて、貴族って別の意味で本当に凄い。
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王家の人たちとの昼食は、王城の王族居住区画にある食堂に用意された。
参加者は陛下と王妃様。
父さんと姉さんと俺。
それと王子様と姫様。
後メイドさんがいっぱい。
食事は運ばれてきた順番に食べればいいそうだ。
ただ俺の前にフォークとナイフがいっぱい並んでるんですけど、これはどれを使ってもいいんですか?
あ、違うのね。
使う順番がある。
なるほど。
……姉さんと同じのを使えばいいよね。
食べる前に自己紹介?
ああ、そういえば王子様と姫様とは初対面だもんな。
王子様は俺より一つか二つ上の年齢っぽい。
端正な容姿の美丈夫。
……王族男子は体を鍛えないといられない呪いにでもかけられてるんだろうか?
陛下ほどじゃないけれど王子様も筋肉モリモリだった。
姫様は俺と同じか少し下だと思う。
筋肉でがっちりした巨躯な王子の隣に座っているからか、姫様は小柄に見える。
実際は年齢相応な体躯ではあると思うんだけど、どうしても、ね。
プラチナブロンドの長い髪に、深紅のドレスを楚々と着こなす令嬢然とした姿は、純粋に見蕩れてしまいそうなほど可憐だった。
「クロード・フォン・エルトリアだ。よろしくな、剣聖の子息殿」
「セイラ・フォン・エルトリアです。お見知りおき下さいませ」
あ、王子様と姫様に先に自己紹介させるのって、まずいんじゃなかったか?
「し、失礼しました。リヒト・フォン・ドレヴィスです」
慌てて俺も自己紹介。
父さんの性を名乗るのは今でも少し躊躇われる。
俺なんかが名乗ってもいいのか、って葛藤を覚える。
気にするな、と言ってくれるんだけどね。
いつか堂々と息子だって名乗れるようになる日が来るのか……。
「早速だがリヒトよ。君の口から、君の話を聞かせてくれないか? 竜の巣での普段の生活を」
「は、俺のですか……? 別に面白い話なんてないですよ?」
そう正直に伝えたのに、王家の方々の目がキラキラしてる気がする。
何でだ?