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7話 

 

 結局、王都に到着した日は屋敷で過ごした。


 王都に到着した時間が昼過ぎだったし、これくらいの時間から出歩く人が増え始めるとも姉さんに聞いたからだ。


 なので屋敷で……うん、本当に屋敷だった。


 四部屋くらいの庵が生活の場だったんだけど、この屋敷、部屋数が二十部屋を超えてる。


 そんなにいる?


 あ、でもお風呂が広いのは最高だと思いました。


 足を伸ばして入れるって素敵だよね。


 でも俺は十四歳の健康優良児なので、できれば入浴中に「お背中をお流しいたします」って乱入してくるのはやめてください。


 思わず「きゃああああっ」って俺が言っちゃったよ。


 せめてタオルくらい巻いてくれてれば……。


 そして、そんな息子の醜態を酒の肴にするのは、もっと止めろ。


「でも嬉しかっただろ?」


「嬉しくない……とは言わない」


 健全な肉体と精神の健康優良児だからね。


 普通に女の人にも興味はありますとも。


 今まで女の人は姉さんしか見た事なかったし。


「それよりも朝稽古に付き合ってくれるんだろ?」


「ああ。準備はもういいのか?」


「大丈夫。やろう」


 剣聖の屋敷だけあって、この家の敷地内には稽古場がある。


 野外と室内の二ヵ所。


 俺と父さんがいるのは野外稽古場。


 野外って言っても屋敷の中庭なんだけどね。


 俺は模造刀を構える。


 父さんも模造刀を手にして、だけど構えない。


 模造刀で自分の肩を叩いて挑発ポーズ。


「……構える気なし?」


「ははっ、いつも通りだ。まずは構えさせてみろ」


 カチンときた。


 まあ父さんも言ってた通り、これはいつも通り(、、、、、)なんだけど。


 構えるだけの価値を示してみろ、って事らしい。


 そういう扱いにも慣れた。


 慣れたし、毎日の事でもあるけれど、ムカつかないわけじゃない。


「後悔させてやるっ!」


 俺は短距離移動術の瞬動で間合いを一気に詰める。


 素人であれば、もしくはレベル差があれば消えた俺が目の前に現れる事になるんだけど、父さんは瞬動の上位技術に該当する縮地が使える。


 その縮地で自在に動けるため、俺の移動する姿もしっかりと見えてるはずだ。


 当然のように瞬動からの鞘なし抜刀斬りは、父さんの模造刀で防がれる。


 模造刀でも鉄製ではあるため、ぶつけ合えば火花は散る。


 その火花が消える前に俺は二刀目を振る。


 右下から左上への斬り上げ。


 それは後ろに一歩下がるという最小限の動きで躱された。


 下がられた分、俺は一歩前へ出て三刀目で父さんの首を狙って横に振りきる。


 三刀目も軽く躱され、しかも今度は三歩分くらい距離まで離された。


 俺は三刀目を振り抜いた勢いのままに一回転し、回転の力も加えて父さんの正中めがけて突きを打つ。


 父さんは焦りもせず、それどころか余裕の笑みさえ浮かべて俺の放った突きに対して突きを返してきた。


 寸分も違う事もなく、父さんの突きは俺の模造刀の剣先を捉え、攻撃を完全に潰された。


「おお、今回は武器を手放さなかったな」


「少しだけ手は痺れてるけどね」


「少しだろう? 前に似た状態になった時は武器を持っていられなかったからな」


 成長してるって事だろ、と呵々と父さんは笑う。


 成長……してるんだろうか?


 確かに以前は武器を持っていられなくて、加えて拾おうとしても手がしびれて模造刀を掴む事さえままならなかった。


 ……うん、その時の事を思えば少しはマシになってるか。


「ほれ、さっさとかかってこい。それとももう終わりにするか?」


「冗談!」


 再度、俺は父さんに向かって全力で模造刀を振るう。


 俺の攻撃を父さんがまともにくらう事はないと思ってるからこそ全力で攻撃できるんだと思うと、壁の高さを喜ぶべきなのか、それとも実力不足を嘆くべきなのか……。


 朝稽古は続く。



   ▼



 私はドレヴィス子爵家に雇われているメイドです。


 同僚の執事とメイドは十人ほど。


 十日に一度、休日があります。


 普段は屋敷の管理清掃が主業務で、たまに戻られるドレヴィス家の方々のお世話をする時もあります。


 戻られるのはラピスラズリお嬢様が多いですね。


 奥様……いえ、元奥様はお顔をお出しにはなりません。


 後は年に一回、旦那様がお越しになられる程度。


 だから基本的に暇です。


 暇なのにお給金は平均以上に貰えるので不満は何一つありません。


 そんなある日、珍しく新年以外で旦那様がお戻りになられました。


 ラピスラズリお嬢様から戻られる事は報せて頂いておりましたので準備は万端です。


 ただ緊張はしています。


 私も、私の同僚たちも。


 旦那様が厳しい方だからではありません。


 他の貴族家の方々と比較してもドレヴィス家の方々は私たち使用人に対してお優しい方ばかりです。


 他家に仕えているメイド仲間に羨ましがられる事も多いくらいです。


 そんな私たちが緊張している理由は一つ。


 本日は旦那様が坊ちゃまを初めて連れてこられるからです。


 どのような方なのか、私たちも初めてお顔を見させて頂くので知りません。


 未知は恐怖です。


 旦那様のご子息様ですので、よっぽど大丈夫だとは思っていますけどね。



 はい、大丈夫でした。


 女顔……コホン、中性的な可愛らしいお顔のお坊ちゃまです。


 旦那様に似ておられないのでお母様似なのでしょうか。


 ん?


 でも元奥様とも似ておられないような……?


 あ、はい、深く考えません。



 お背中をお流ししようとしたら悲鳴を上げられました。


 裸はダメですか?


 しかし堂々とお風呂を使えるチャンスを逃すのは惜しい……。


 湯着?


 ……なるほど、そういうお風呂用の衣服もあるんですね。


 勉強になります。



 翌朝。


 朝食の準備をする班と、気持ちよく過ごして頂くために朝から掃除する班に別れて行動します。


 私は掃除班。


 今日は屋敷内ではなく中庭の方の担当です。


 さあ、旦那様とお坊ちゃまが起きてこられる前に掃除を終わらせてしまいましょう!


 …………すでに中庭に旦那様とお坊ちゃまの姿がありました。


 まだ夜明け直後と言える時間なのですが……。


 そうですかそうですか、もっと早起き頑張ります。


 うぅ……朝は苦手なのに……。


 それよりも旦那様とお坊ちゃまは何をしに中庭へ?


 と思いましたけれど、ここは剣聖様のお屋敷です。


 お二人も模造刀を持っておられますし、朝のお稽古ですか。


 掃除をしつつ横目で見学。


 どんな事をするのか興味本位でした。


「え?」


 旦那様と向かい合っていたはずのお坊ちゃまが消えました。


 直後、金属音が私の耳を強く打ちました。


 そして金属音、火花が消える頃にはお二人は元の位置に向かい合って立っておられました。


「……え?」


 そのあとも何度もお坊ちゃまを見失い……はい、私は諦めました。



「ただいま~」


 本日の仕事を終え、帰宅したのは日暮れ後。


 私は実家からの通いです。


 小さな一軒家に母と私と弟の三人で暮らしています。


 生活は今でこそドレヴィス家のメイドとして働かせて頂けているので裕福な方ですが、昔は大変でした。


「おかえり、姉ちゃん」


「お母さんは?」


「仕事。今日は遅くなるって」


「そう」


 お母さんは酒場で料理を作る仕事をしています。


 弟が独り立ちするまでは頑張ると言って聞きません。


 何だかんだ働くのが好きなんだと思います。


 私は晩御飯の準備をしながら、ふと早朝の事を思い出して弟に話を振りました。


「そういえば、あんたって騎士学校ではどうなの?」


 私の弟は騎士学校に通っています。


 優秀な成績で卒業できれば騎士にスカウトされるかもしれませんし、もしダメでも警備隊には入れると思います。


 騎士も警備隊も国が運営している組織なので、国がなくならない限り安泰な職業です。


「成績? それなら上位をキープできてるよ」


「へえ。それならあんたもあんな風に動けるの?」


「あんな風って?」


「こう……目で追えないくらい速く動けるの?」


「姉ちゃんが言ってるのって『瞬動法』の事? 一瞬で相手との間合いを詰める歩法技術」


「ああ、そんな感じだったと思う」


「無理に決まってんじゃん。そんなの精鋭騎士の中でも『超人』とか『化物』とか噂される一部の人くらいしか使える人のいない超級技術だっての」


「そうなの?」


 弟は今年で十四歳。


 ラピスラズリお嬢様からリヒトお坊ちゃまも十四歳だと聞いています。


 瞬動法、使ってましたよね?


 剣聖様の御子息様ですから特別な才能をお持ちなのでしょうか。


 きっとそうなのでしょう。


 何であれドレヴィス子爵家は安泰という証拠ですね。


 つまりドレヴィス子爵家で雇って頂けている限り、私の生活も安泰という事。


 一生お仕えさせて頂きます、リヒトお坊ちゃま。


 

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