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6話 

 

 さあ旅の始まりだ!


 そう信じていた時が俺にもありました。


 ええ、はい、ほんの数分前の俺の事です。


「【トラベルドア】の先はもう王都ですからね」


 ラピス姉さんは、俺では読み解けないくらい難解な術式を描いて魔法を発動。


 現れたのは木製の古ぼけた扉。


 現在地と目的地を亜空間道で繋いで、さらに時を止めた亜空間道を通る事で、一瞬で目的地に到着したと世界を騙す事に成功した初めての魔法でもある。


 昔、姉さんに教えてもらった事のある魔法。


 実物は初めて見た。


「……え!? 旅は!?」


「旅? ここから王都まで歩いて行く? 三ヵ月以上はかかりますよ?」


 姉さんの生活してる場所は王都にあるって聞いてたから、てっきり王都は往路で一日程度の距離にあるんだと思い込んでた。


 けど違ったんだね。


 毎回、姉さんはトラベルドアで庵のある山の山頂付近まで来てたんだ。


 初めて知ったよ。


「リヒト。旅は、今回は諦めてください」


「……はい」


 残念だけど仕方ない。


 姉さんも仕事で俺たちを、っていうか父さんを王都に連れて行かないといけない。


 しかも国王陛下から直々に賜った仕事。


 ……賜ったって、こういう使い方で大丈夫だろうか。


 丁寧な言葉遣いって難しいよね。


「父さんは大変だね」


「いきなり何だ?」


「いやさ、だって今から陛下に会うんでしょ? 言葉遣い間違えたら処刑とかもありそうだし」


 創作系の本で読んだ。


 不敬罪っていうヤツ。


「他人事みたいに言ってるけど、お前も会うんだぞ?」


「……誰に?」


 いや、本当はわかってる。


 だけど現実から逃げ出したい事って往々にしてあるものじゃん?


「陛下」


 現実は無常だって知ってた。



  ▼



 トラベルドアを通る時、一瞬の暗転の後で視界が瞬時に切り替わる。


 だから慣れていないと脳が情報の処理に追いつかなくて思考停止になる人も多い。


 俺も突然の風景の変化に、呆然としてしまう。


 それは仕方ないよ。


 だってさ、俺は今日までずっと人のいない場所で暮らしてた。


 自分以外の人と会うのは父さんと姉さんくらい。


 他は魔物ばかり。


 動物も麓近くにはいるけれど、山の中腹あたりからは見なくなる。


 魔物の餌になって全滅したか、麓まで逃げたかしてるから。


「……人って、こんなにたくさんいたんだ」


「エルトリア王国の最大都市ですから。前に調査した時の総人口は確か40万人ほどでしたか」


「40万人……? ちょっと想像が追い付かないかも」


 トラベルドアの出口が開通していたのは王都を囲う外壁の上。


 ここがトラベルドア、転移門を開通していいって国が指定してる場所らしい。


 他に開通して、それが発覚すると厳しい罰が下されるんだとか。


 そもそも魔力遮断結界っていうものが展開されてるから、規定数値以上の魔力を込められた魔法は発動できない。


 転移門なんて高魔力の込められた魔法は当たり前にキャンセルされる。


 そして王都の警備隊、騎士団に察知されて御縄を頂戴する羽目になるわけだ。


 そんな話は横に置いて、俺は外壁上から眺められる王都の姿に圧倒されていた。


 大地を埋め尽くす大小さまざまな石の家が、窮屈そうに並んでる。


 大きなお城を中心に、十字に通る巨大な通りには人、人、人。


 あの中に飛び込んだら溺れるかもしれない……。


 前に読んだ本に『人ごみに溺れる』って表現があって、その時は想像もできなかったけど、今ならわかる気がした。


「さっさと家に行こうぜ」


「え? 宿じゃなくて?」


「何だ、リヒトは宿に泊まりたいのか?」


 実は少しだけ宿に泊まる事も期待してました。


「一応、父さんは永代貴族だから陛下より屋敷を下賜されているんですよ」


「おう、子爵様だぜ」


「剣聖の称号で伯爵家当主相当に扱われますけどね」


 子爵とか伯爵って、どれくらい偉いんだろう?


 偉い人っていうのは何となくわかるけど。


「それよりもラピス。陛下にはすぐにでも謁見できるのか?」


「いえ、先に私が登城して陛下と宰相様と謁見の予定を組みますので、まだ数日は後になりますね」


「だろうな。あー、だから王都は嫌なんだよ」


 自分が呼んだ家臣とはいえ、訪ねてきた客にすぐに対応するのはダメらしい。


 緊急事態の報告でもあれば話は別だけど、それ以外の場合は基本的に数日は待たされる。


 自分の方が爵位は上なのに自分よりも下の爵位のあいつは待たされず陛下が会われるなんて、と騒ぐ輩も宮廷にはいるらしい。


 過去の王がそれをやらかして内乱にまで発展した、という話は物語になっているほど有名だ。


 だから伯爵家相当のドレヴィス家は二日ほど待たされるらしい。


 まだ王都に来たばかりなのに、すでに疲れ果てたようすで父さんは重い息を吐いて歩き出した。


 俺と姉さんも父さんに続いて歩き出す。


 話している間に身分証明として父さんと姉さんはメダリオンを、この場を護る警備隊の人に見せていた。


 俺は何も身分を証明するものはないけれど、父さんと姉さんによる身分保証で自由行動が許されたみたいだ。


「リヒトは王都観光とかして時間を潰していますか?」


「街に興味はあるけど……」


 外壁の外縁部に造られた階段を下りながら、俺は王都の街並みを眺める。


 庵のある山とは何もかもが違う、違い過ぎる場所。


 大きな通りを埋め尽くす人混みを見て、俺は素直な気持ちをそのまま口にする。


「一人で出歩くのは不安がある、かな」


「俺は家から出る気はねえぞ」


 くっ、父さんに先手を打たれてしまった。


 普段であれば俺の味方になってくれる姉さんが口を挟んでくる頃なんだけど……。


「こればかりは仕方ないでしょうね。私としても父さんには家の中で大人しくしていてほしい所ですし」


 珍しく姉さんは父さんの味方だった。


 不思議そうに姉さんを見る俺の視線に気付いて、苦笑を見せる。


「父さんは、剣聖の名と顔は、王都では有名すぎるんです。その剣聖様が王都の街を歩いている事に気付かれたら怪我人を大量に発生させる大混乱状態になる事が予想されます。というか以前はなりました」


「なったの?」


「ええ。確かあの時は「酒がなくなったから買いに行ってくる」という、くだらない理由での外出でした。覚えていますか、父さん?」


「………………」


 姉さんの父さんを見る目が冷たい。


 きっとその尻ぬぐいに姉さんは駆り出され、奔走させられたんだろう。


 そして先頭を歩く父さんは絶対に振り返らなかった。


「興味はあるから観光してみるよ」


 できる限り、忙しい姉さんの迷惑にならないように観光しよう。


 

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