5話
今日はラピス姉さんが庵に帰ってきた。
食糧支援の日であり、そして俺の授業の日。
授業の日だけど嫌じゃないよ。
うん、少しだけしか肩も落ちてないから。
十四歳になった俺、成長してる。
「ただいま戻りました。父さんはいますか?」
「おかえり、姉さん。父さんなら隣の部屋にいるよ」
父さんは頻繁に出掛けては、竜の巣の魔物が増えすぎないように間引いたりしてるから不在の事も多い。
今日も父さんはさっき帰ってきたばかりだったりする。
「ラピスです。入りますよ」
ノックするのはいいけれど、もう少しだけドアを開けるまでの猶予が欲しいよね。
そう思わせてくれる速度だった。
実際、父さんは振り返るだけで精一杯で言葉を返せてなかったし。
まあ父さんの事だし、気配で姉さんの事には気付いてただろうけど。
「おう。いつもすまねえな」
「それは気にしない……いいえ、感謝の気持ちは行動でお願いします」
うん?
今まで一度も見返りを求めた事のなかった姉さんが……どうしたんだろう?
いや、まあ食料を買うお金は父さんが渡してたよ?
ただ姉さんはそれ以上の金額を受け取ろうとした事はない。
俺の授業にしても完全に無料奉仕。
配達にしても授業にしても少しは手間賃を取ってもいいと思ってたんだ。
だから姉さんが見返りを求めてくれるのは望む所でもある。
父さんにとっても、きっと。
「おう、いいぞ。いくら欲しい?」
父さんは割とお金持ちらしい。
お金ってあまり、いや、嘘、全然使った事ないから貨幣価値ってよくわからないけど。
ただ、それで言えばラピス姉さんもそこそこ稼いでるって父さんに聞いた覚えがあった。
「お金はいりません」
そう言って、姉さんはにっこりと笑った。
知的美人って姉さんみたいな人の事を言うんだな、と、そう思った。
「陛下からの伝言です。『たまには顔を見せに来い。新しくできた貴様の息子にも会わせろ』と。だから王都に行きますよ。もちろんリヒトも一緒に。さあ旅支度をしましょうね」
俺も一緒?
俺、山を下りるの初めてだ。
ちょっとワクワク。
「何でだ!? 新年の挨拶はしただろ!? だったら次に会うのは来年のはずじゃねーか!」
「毎年毎年、陛下はリヒトの顔を見たいって言ってくださっているのに、それを父さんが無視してるからじゃないですか?」
「めんどくせーっ!! 絶対に面倒事が発生するヤツだろ、これ!? 宮廷貴族にガキの面倒をお願いされてパーティに誘われまくるヤツ!! 嫌すぎるんだが!!?」
「誘われても全部にべもなく断るんですからいいではありませんか」
「断るのも面倒なんだよ! わかるだろ!?」
「わかりますよ。けれど今回は陛下が正式に私に依頼をして、それを私が仕事として引き受けた話になりますので、その首に縄を巻いてでも連れていきますから」
「絞める気!?」
嫌がってる父さんには申し訳ないけれど、俺は少しだけ楽しみだ。
▼
旅支度と言っても俺がする事はほとんどない。
自分のアイテムボックスに着替えを突っ込むだけ。
あ、このアイテムボックスは姉さんの使う時属性と空属性の複合魔法の方じゃなくて、空属性単一の方。
複合属性の方は、俺にはまだ使えない。
いや、使えはするんだけど時間を流れないようにすると消費魔力も気が滅入るほど上がりまくるから、それなりの空間を確保しようとすると魔力が全然足りない。
最初に空間を確保さえできれば、あとは開閉に使う魔力だけで当面はいい。
時間が経過すると魔力で確保してあった空間は潰れる。
潰れると中に入れてあった荷物も確実に壊れるので、定期的に空間固定のために魔力を充填する必要がある。
それだけの手間をかける利点が、この魔法には大いにある。
ちなみに俺が使える空属性単一の方のアイテムボックスでも、魔力消費量は俺が習得してる魔法の中でもトップクラスだったりする。
「一ヵ月か……」
王都に滞在する時間の事だ。
一ヵ月の中には旅路は含まれてなくて、純粋に王都に滞在する日数だけ。
「そんなに長い時間ここを離れるのは初めてだ……。そもそも、ここを離れる事が初めてなんだけれど」
自分の言葉に苦笑して、訂正してから庵へと振り返る。
「ちょっと出かけてくる!」
「すぐに出発しますよ?」
「ああ、すぐに戻るよ」
出掛ける事を伝えて俺は山道を駆けおりる。
夏を目前に控えた今でも、庵の周囲には雪が残っている。
雪道は走りにくいので俺は魔法で対処。
風を収束して固定化する事で一時的に足場にする。
一回踏んだだけで固定化の術式は壊れるので何度もは使えないけど、なかなか便利な魔法だ。
これのおかげで空中戦にも対応できるようになった。
普通に攻撃魔法を使えば早いんだけど、どっちかといえば俺は魔法は補助的に使う事が多い。
攻撃手段は今の所、剣で十分だし。
山を素早く、魔法を駆使して駆けおりて着いたのは山の中腹。
モモの木のある場所の近くだ。
「お、いたいた」
俺は再び術式を踏んで、術式が壊れる時に発生する風も味方にしてソレの前まで一瞬で移動。
「よっ」
片手を挙げて言葉を投げると、そいつは振り返る。
黄みを帯びた鱗を持つ巨躯の魔物。
前にお仕置きした幼体黄竜だ。
あの後から何度か戦闘して、今では友と呼べる間柄になったと思う。
『ギャア』
弾んだような明るい鳴き声を上げて、黄竜は俺の体を両手で掴んで抱き寄せる。
掴まれても力加減はしっかりしてくれているので痛みは少しもない。
抱き寄せた俺に黄竜は頬ずりを繰り返す。
竜の鱗は、もっと堅くて痛いのを想像してたけど、実際は肌触りは滑らかで少し温かくて心地いい感触だ。
落ち着いた所で俺は話を切り出す。
「少しばかり出掛ける事になったんだ。お土産買ってくるから、いい子で待ってるんだぞ」
『ギャアギャア』
……本当に通じてるんだろうか?
若干の不安がないわけじゃないけど、そこは竜の知能を信じるしかない。
成竜の中には人語を解する個体もいるって噂だしね。
それから少しの間、触り心地のいい黄竜の鱗の感触を堪能してから、庵に戻った。
さあ出発だ!