4話
私はラピスラズリ。
賢者様と師弟の契りを交わさせて頂いている魔法使いです。
ある日、父さんの庵に行ったら弟がいました。
驚きました。
そしてどこの女に産ませたんだと、その女はどこにいるんだと父さんを問い詰めました。
幸にも騙したり騙されたりした女の存在はないと、すぐに判明しました。
それに関しては話し合いで解決したので問題はありません。
心なしか父さんの顔が大きくなった気がしなくもありませんが、それはお酒の飲み過ぎでむくんでいるだけでしょう。
ええ、ついつい出てしまった私の往復びんたで腫れたわけじゃありません。
私の義弟はリヒトという名前だそうです。
籠に入れられ、家の前に唐突に現れたと。
召喚魔法か何かでしょうか?
調べたい気持ちはありますが、数日も前の話だそうで魔法の痕跡は消えていました。
それでも残滓程度は残るものですが、それすら残さない魔法の手腕を思うと、リヒトを何らかの手段で父さんの庵の前に置いた者は神にも匹敵する魔法使いなのでしょう。
…………まさか神本人が遣わした使徒様とか?
いえ、ないですねないない。
誤った予想を忘れるために他の事、弟の顔を見ましょう。
植物で編まれた籠の中にいる男の子。
私がのぞき込むと笑顔を浮かべて手を伸ばしてきます。
恐る恐る、壊してしまう事のないように注意しながら指を近づけると、リヒトは小さな手で私の指を握りました。
そして私を見てにっこりと笑ったんです。
突然ですが改めて、私は賢者の弟子です。
私の人生は魔法研究が全てと断言してきました。
異性と交際する事は当然、友人と交遊する時間があるなら魔導書の一冊でも読んでいた方がいいと口に出して言うタイプの人間です。
そんな私ですから友人ができた事もありません。
母さんには、よく泣かれたものです。
それを無視して本を読み続けられた当時の私のメンタルも、今思えば強いですよね。
でも仕方ないじゃないですか。
恋愛感情よりも、友愛感情よりも、魔法研究の方が私には興味深かったんですから。
だから義弟の事も顔を見て、それで終わりだと思っていました。
何も変わらないと。
すぐに興味も薄れるだろうと。
でもリヒトの笑顔を見た瞬間、私の心は奪われました。
これを人は母性とよぶのでしょうか。
守ってあげたい、いいえ、守らなければならないという気持ちが私の胸中に生まれた瞬間でした。
それから私は時間を作ってはリヒトの顔を見に来ています。
庵を訪ねる頻度も10日に一度から3日に一度に増えました。
本当は毎日訪ねたい、いえ、もう一緒に暮らしたいですけど私には賢者の弟子としての仕事もあり、それを放り出してというのは難しいです。
だから3日に一度で我慢します。
可愛い義弟の成長を義姉として見逃さないために。
リヒトの成長の手助けができるように。
きっと私はそのために勉強してきたのだと思うから。
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姉さんによる魔法の授業が始まった。
魔物に関する情報を頭に詰め込む授業もあるけど、今日は魔法に関する事を教えてもらう日。
「では、いつものように成果を見せてもらいましょうか」
魔法は術式を暗記して、それを緻密に脳内で再現して、その術式を魔力を使って現実世界に構築する事で発動する。
基本的な工程は、その三つに分けられる。
でも最後の『魔力で現実世界に術式を書き起こす』だけでも、術式が精確で、必要魔力を術式に込めていれば発動する。
ただ、省略したために魔法が不発、最悪は暴走して自分にも他人にも被害を出すケースもあるから、それは推奨されてないけど。
「初級でいいよね?」
「はい」
初級魔法は超が付けられるくらい簡単。
例えば火を出すだけなら、円の中に三角の記号、それだけで発動させられる。
水の場合は三角だった記号を四角に変えるだけ。
あとは円の外側に命令文を魔法文字で書き加えるだけ。
今回なら『待機』を意味する魔法文字だね。
この時に魔力を操作する事に慣れていればいるほど、魔法の発動速度に影響する。
俺は日々の成果として魔力を使って術式を現実世界に構築する。
「……術式の構築速度も、魔力の精密操作も合格点をあげられますね」
毎日、寝る前に魔力操作の基礎練習は欠かしてないから。
でも基礎だけあって自分では上達してるのかわかりにくい所でもあるから不安もあったんだけど、姉さんに太鼓判がもらえたなら安心かな。
あ、あと練習の成果といえば新しい事へ挑戦した結果も見てほしい。
「姉さん、俺、こんな事もできるようになったよ」
俺は魔力を使って脳内で再現した初級魔法の術式をポコポコと連続で構築していく。
現実世界に魔力で構築された術式は可視化されているので、いま、俺の周りには二十を超える簡素な術式が展開されているのが姉さんにも見えてるはずだ。
「どうかな」
褒められるかな? と少し期待して姉さんを見上げる。
見上げたんだけど……あれ?
姉さんは無表情だった。
こんな初級魔法程度を複数展開してもダメだった、って事かな。
うーん、残念だけど仕方ない、もっと頑張って次こそは褒めてもらおう!
▼
私は唖然としてしまいました。
今日はリヒトに魔法を教える日。
この子は言われた事は必ずやる子なので、サボっていたかもなどの心配はしていません。
事実、見せられた術式の構築速度、再現性などリヒトくらいの年齢の子たちと比較しても頭ひとつもふたつも抜きんでていると思えます。
姉の贔屓目?
魔法に関してそれだけは絶対にないと言い切れます。
基礎を疎かにした場合、危険なのは術者本人だけではありませんから。
そこは厳しくいきます。
問題は次。
「こんな事もできるようになったよ」
そう言われて見せられたものにあります。
術式を二十も同時展開。
私もできる事ではあります。
ただそれは同一属性での複数同時展開。
リヒトが展開した二十の術式の属性は、すべてバラバラでした。
火属性、水属性、地属性、雷属性、風属性、氷属性、光属性、闇属性。
基本八属性の全ての術式が発動待機状態で展開されたのです。
ほぼ同時に展開された事も考えると、両手両足で術式を書いている状態が最も近いでしょうか。
この速度で構築できている事も考えると、思考加速も併用している可能性が高いでしょう。
思考加速は使い手の習熟度に左右されますが、一秒の現実を体感時間で五秒や十秒に引き延ばす技術の事。
優れた戦士、魔法使いは確実に習得している技術です。
さすがに十歳の少年が習得している話は、私も聞いた事がありませんけれど。
「この子、本当に天才だわ……将来は稀代の魔法使いとして必ず大成するでしょう」
何故か決意を新たにした顔をしていた事は気になりますが、私はリヒトの将来に夢を見ています。
あ、でもリヒトは剣士を目指しているんでしたっけ?
義姉としてはリヒトの夢を応援したい。
けれど魔法使いとして大成した姿も見たい。
……悩ましい、けれど、とても幸せな悩みです。