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1話

よろしくお願いします。

 

 俺はヴォルフラム。


 どこぞの神に『剣聖』なんて称号を付けられた不幸で哀れな老人だ。


 まあ剣聖の称号でうまい話にありつけた事もあるが、それ以上に厄介個事に巻き込まれる事の方が多い。


 その中の一つが俺の『名』だ。


 俺のフルネームはヴォルフラム・フォン・ドレヴィス。


 剣聖を強制されたせいでエルファレス国の国王から貴族位を表す称号『フォン』を賜った。


 国庫から貴族年金が毎年支給されるのはありがたい。


 だけど、これは俺を逃がさないための首輪だ。


 剣聖の称号は戦争抑止力にもなるらしく、それを使いたい国は俺に面倒な貴族の義務は免除してくれている。


 国王陛下に新年の挨拶に参上するだけで俺の貴族としての一年の仕事は完了だ。


 ただ剣聖の名のデメリット。


 挑戦者が絶えない。


 それくらい、と思うかもしれないが、多い日だと百人以上もの挑戦者がアポなしで突撃してくる事を想像してほしい。


 しかも全員が全員、殺し合い希望者なんだぞ。


 世界中の異常者の集団に命を狙われてるのと一緒だ。


 負ける気はしないが相手にしたいとも思えない。


 だから俺は逃げ……てない、引っ越しただけ。


 そう、住居を変えた。


 流石にエルファレス国を出る事は許されなかったから新居は国内で探した。


 竜の巣。


 その名の通り世界最強種の竜が棲家にしている山脈の頂上付近。


 陸にも空にも竜種が生息し、それぞれが己のテリトリーを護るために外敵を排除する完全弱肉強食の世界。


 その竜の巣で俺は俺のテリトリーを力技で勝ち取った。


 おかげで最近は平穏な日々を送れている。


 今日も平和で平穏な、何の変化もない一日が終わろうとしていたのだが、


「ん?」


 何だ?


 俺の気配察知範囲に、唐突に気配が現れた。


 気配察知の届く範囲の外からではなく、突如として察知範囲の中ほどに。


 より言えば俺の庵の前の辺りに。


「生命力に溢れすぎている竜種とは全然違う、弱々しい気配。これは……」


 察知範囲を集中する事で俺は対象の形を探る事も可能だ。


 その結果、庵の前に唐突に現れた不審な気配は人のものであると判断できた。


 それも赤子のもの。


「赤子!?」


 今の季節は冬。


 しかも俺の住居は標高の高い位置にあり、夜間の外気温度はマイナス60度を下回る事もある。


 そんな中、赤子を放置すれば確実に死んでしまう。


 というかすでに危ないのでは!?


 俺は縮地という高速移動技術を使用して一気に庵を飛び出し、気配を察知した場所に移動。


 そこには確かに赤子がいた。


 植物で編まれた籠に、毛布を巻かれて寝かされている。


 籠の中の赤子の顔を覗いてみれば、そこには頬を紅色にした血色のよい顔があった。


 思わず安堵のため息を吐く。


「この結界が外気から守ってくれていたようだな」


 俺が籠に触れると、赤子を包んでいた結界は泡玉(しゃぼんだま)が割れるように壊れた。


 痛みさえ覚える凶悪な極寒の外気に触れた事で赤子は命の危険を感じ取ったのだろう。


「--------ッ!!!!」


 悲鳴のようにも聞こえる泣き声を上げる。


 すぐに庵の中へと入れ、部屋の中央にある焚火の近くに赤子を入れた籠を置いて、それから温風の発生する魔道具も赤子の近くに置いてやる。


 それでもしばらくはぐずり続けていた赤子だが、優しく、一定のタイミングで体をポンポンと撫でてやっていれば落ち着き始める。


「……寝たか」


 ふーっ。


 昔の経験が活きたな。


 育児の経験がなければあたふたとするばかりで死なせてしまっていたかもしれん。


 そうはならなくて一安心といったところか。


「さて、それよりも」


 俺は寝息を立てる赤子について考える。


 唐突に現れたこの赤子は誰が連れてきた?


 そもそも強暴凶悪な魔物と竜種の支配領域である竜の巣の奥深くにある俺の庵にまで辿り着ける実力者なんぞ、世界中でも数人レベルだぞ。


「しかも赤子の状態に気を遣いながらの、となれば俺でも踏破はできないかもしれん」


 誰が連れてきたのか、は答えが出そうにない。


 心当たりがないでもないのだが、それは考えたくない。


 なので思考を中断して、赤子の寝る籠の中に他の手がかりはないかと探す。


 表面上には何もないように思えたので、俺は赤子の背中の下も手を入れて探してみる。


 もちろん起こさないように、慎重に。


 赤子は些細な刺激でも起きる事があるほど、とても敏感なので本当に気を付けた。


「手紙……いや、メモか」


 手紙というには文面が短すぎる。


『剣聖様、この子を、リヒト(、、、)を、どうかお願いいたします』


 それだけしか書かれていなかった。


「リヒト……。それがこの赤子の名か」


 赤子を、リヒトを街の孤児院などに預ける事も考えた。


 しかし剣聖である俺が子を預けたとなると、そこから邪推する輩も現れるだろう。


 勝手に剣聖の御子と虚言を吹き込み、いらぬ事件にリヒトを巻き込むかもしれん。


 それに心当たりが的中していた場合、教会関係者の権力掌握の道具として利用される可能性も低くなく、それではあまりにも不憫だ。


「……いや、そんなものは単なる言い訳だな」


 妻と娘と袂を別って30年以上になる。


 娘がたまに様子を見に訪ねてくるが、ほとんど一人きりの生活。


 久しぶりに触れた自分のもの以外の体温が心地よかった。


 俺はずっと寂しかったのかもしれない。


 それを認めるのは恥ずかしいものがある事も事実なのだが。


 だから俺はそのメモに誓いを立てた。


「リヒトの事、任された」


 

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