3、日常
喫茶店ボックスルーム。通称、屋根裏小屋。
店主である整は、今日も一人小説のプロットを組んでいた。
カランコロン、とドアの開く音がした。
「いらっしゃいませ」
整が優しく声をかける。
「どうも」
瞳はお辞儀をしながら、店の隅の席にすわると早速ノートPCを取り出して、メモ帳を広げた。
今日のBGMはクラシックのピアノ交響曲だった。
「ここ、お客さん少ないけど大丈夫なのかな?」
瞳が何気なく呟くと、整がさりげなく答えた。
「ビルの家賃収入があるから、大丈夫なんですよ」
「あ、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃって」
瞳が謝ると、整は笑いながら棚から本を一冊取り出した。
「ゆっくりとくつろいでいただければ、それでいいんですよ。この店は趣味ですから」
瞳は、整のことを少し羨ましく感じた。
「あ、ブレンドコーヒーお願いします」
「はい」
整がコーヒーを入れていると、五木がやって来た。
「おや、このあいだの美人さんじゃない。こんばんは」
「……こんばんは」
瞳は突然話しかけられて、驚きながらも一応返事をした。
「五木さん、こちらの方はおしゃべり目的でこの店にきているわけじゃないので、遠慮して頂けますか?」
キッチンから、整が五木に注意した。意外と通る声だと瞳は思った。
「あら、ごめんなさいねー。僕もブレンド一杯プリーズ」
五木は悪びれない様子で、キッチンの傍の席に着いた。
「今日も忙しかったわー」
「よかったですね」
整はコーヒーを入れると、先に瞳に届けた。
「はい、ブレンドコーヒーです」
「ありがとうございます」
瞳はキーボードから手を離して、コーヒーを一口飲んだ。
「美味しい」
「だよねー!」
五木がニカッと笑って、瞳に手を振った。
瞳は五木に会釈をすると、またPCの画面に向かい始めた。
「それにしても、新しいお客さん来て良かったね、整さん」
「ええ」
整は五木にもコーヒーを渡した。
「サンキュー」
五木はコーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を入れて美味しそうに飲んだ。
「やっぱり、一日の締めくくりは甘いコーヒーだね」
「そうですね、五木さんはそれがお好きですね」
整はキッチンに備え付けられた椅子に座ると、本を読み出した。
それぞれが、自由に自分の時間を楽しんでいる。
静かな時間が過ぎていく。
柱時計が鳴った。
もう夜の九時だった。
「あら、もうこんな時間? ごちそうさまでした」
瞳はそう言って、ノートとPCをカバンにしまった。
「僕も帰ろっと。お会計お願い」
「はい」
整は二人を送り出すと、店のシャッターを閉めた。