11.初めて見る魔法と、お義兄様の三つ編み。
ふわわ、魔法の描写をするのは初めてなので、緊張します。
「フニャフニャ・・・。」
口元を動かしてから、お義兄様は目をゆっくりと開いた。
その瞬間、一見怖いようにも見える深紅の目があらわになり、一瞬息をのんだ。
何だ、この美しい生き物は・・・。
「んん、ここどこ・・・?誰・・・?」
今、寝起きのお義兄様は無防備だということが判明した。
でも、どこ?誰?って子供みたい。
このまま、まだ遅刻じゃないよ~って言いそう。
『おにいさま フィンターですよ ここは わたしのいえ!』
手のひらに刺激を感じて、徐々に覚醒してきたのか、半身をすばやく起こして目をこする。
そのしぐさもまた可愛い。
「・・・魔力の色がおかしくないですか?え?」
私の考えていることを敏感に感じ取ったのか、珍獣を見るような目で見つめられてしまった。
・・・確かに、改めて考えてみると変態だな。
話相手の私が黙り込んだからか、お義兄様も黙って就寝台から降りた。
そのまま扉まで歩いていき、かすれた声で
「リヒト。」
と呼ぶけれど、声が細いのでもちろん誰も気が付かない。
大きな声が取り柄の私が代わりに・・・と近寄ろうとした瞬間、異常に気が付いた。
『拡声』
彼がそう呟いて、もう一度同じ言葉を繰り返す。
さっきと何ら変わりない言葉なのに、声の聞こえ方が全く違う。
全方位から大きな声で聞こえる。
え・・・何!?何何何~!?
「お、お義兄様!今のって、魔法ですか!?」
と叫んだものの、彼には聞こえていないことに気が付いた。
急いで手のひらに書き込もうと近づいたものの、声を拾ったリヒトが入ってきたので、そのことは結局聞けずじまいだった。
「お目覚めですか。お食・・・いえ、なんでもございません。」
話しながら手のひらに書き込むこの側近は、万能すぎるのではないか。
でも、普段の癖で“お食事”と言いそうになったから減点かな。
ちなみに、リヒトはお義兄様が雇っている。
「身支度を手伝っていただけますか?私一人では出来なくて・・・。」
お義兄様が言い終わる前に体に触れ、ぱっぱと髪をとかし始めたリヒトは、あれよあれよという間に身支度を終えた。
・・・と思ったのだが。
鏡の前でフリーズしている。
別に、何も違和感はないし、これでいいと思うんだけど・・・。
「あ、あの?リヒト?お義兄様の身支度はそれでいいと思いますけれど?」
一分位った後、沈黙に耐えきれなくなった私が話を切り出す。
「先日、トウィンク伯爵が髪を邪魔そうにしていたので、くくろうと思ったのですが・・・私では力が及びません。」
それはそうだろう。
側近は基本、自分と同姓の主に仕えるし、貴族男性の髪は短いのが多いから。
むしろ、髪のくくり方を知っているという方がおかしいだろう。
「・・・どうしました?終わったんですか?」
大人しく座っていたお義兄様が異変に気付いたのか、リヒトを見上げて問いかけた。
リヒトがすらすらと手のひらに書き込むと、合点がいったというようにうなずき、また
『拡声』
と呟いた。
さっきとは違い、
「ハーリリン、トウィンクです。私の部屋に来ていただけますか。」
と丁寧に言った後、リヒトの手を探し当てて握った。
やはり、全方位から大きく声が聞こえる。
リヒトもリヒトで、感謝の言葉でも書いたのだろう。
お義兄様が少し頭を下げた。
「トウィンク伯爵!?いかがなさったのですか?」
息を切らし気味のハーリリンが到着したので、リヒトが事情を説明する。
「ああ・・・そういう事でしたら、後ろで三つ編みをするのはいかがでしょうか。きっと、顔立ちのよさが際立ちますよ。」
それでもぴんと来てないらしいリヒトのために、ハーリリンが説明する。
「えーっと、まず髪を三つに分けて・・・。」
銀髪を三つに分け、指を駆使してつかむリヒトはそこそこ可愛い。
「右の房を真ん中の房の上に重ねます。」
右とか真ん中とか上とかが出てきて混乱し、動けないリヒトの手をハーリリンがつかむ。
手を持ったまま、意味った通りの動作をし、続いて反対側もする。
それを2,3回繰り返した後、ハーリリンがそっと手を放してもリヒトは編み続け、少しだけいびつな三つ編みが完成した。
「わあ!リー君うまいよっ!これからは一人でできるね!」
まあ、リヒトはもともと手先が器用だからね・・・。
って、今、リー君って言わなかった?いつの間にかタメ口だし。
疑問が顔に出ていたのか、ハーリリンが恥ずかしそうに頬を染める。
「そ、その・・・。側近同士仲よくしようっていう事になって。」
・・・何があったのかは知らないけれど、仲は良いようで何よりだ。
二人の関係にも興味はあるけれど、三つ編みしたお義兄様が神だ。
言っちゃなんだけど、ちょっと重たい印象を与えるほど長くて多い髪がまとまると、清潔感もよりまして、ハーリリンの言った通り顔の細さも強調される。
この人は実は女子なんですよ、と言われても納得してしまいそうな美しさと麗しさを兼ねそろえているお義兄様だけど、さらに儚く透明感も増した。
「お義兄様、すごく似合ってます!」
感激の声を上げた後、手のひらにも書き直す。
最後まで書ききった瞬間、お義兄様の頬がわずかに赤く染まったように感じたのは気のせいだろうか。
「フィンター嬢、これなら夜会に連れていかれても問題ないと思います。」
「そうですね。トウィンク伯爵もそろそろ社交界に復帰しなければならない頃ですね。」
夜会・・・か。
こんなカッコいい人と一緒に言ったら私が見劣りする気がするけど・・・まあいっか。
でも、耳も聞こえなくて目も見えない彼を社交界なんかに連れて行ってもいいのだろうか。
全員で悩みこんで訪れた沈黙を破ったのは、話の内容をリヒトの同時通訳で知っていたお義兄様だった。
「あの・・」
リヒトさん神。