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自称最上級悪魔

ご興味を持っていただいて有難うございます…!

読み進めていただけますと、幸甚の極みであります…!

 「ねぇお兄さん? ボクの話、ちゃんと聞いてる~?」


 

 ゴゥ、という風が吹き抜ける音なのか、列車の走行音なのかわからない音が鳴り響く空間を割くように、アナウンスの声が聴こえてくる。



 ――次は最終便となります

 ――本日もご乗車いただき、誠にありがとうございます

 ――もう間もなく列車が参ります、黄色の線の内側でお待ちくださいませ



 無機質でぶっきらぼう、ぼーっとしていたら何の印象にも残らないような声は、一方的に情報を押し付けたかと思うと、雑音がまた空間を支配しはじめる。


 手首の時計は、長針が9の地点を差し、短針は11と12の間を差している。 自宅の最寄り駅まで20分ほど電車に揺られ、そして20分ほど歩けば帰宅することができる。 晩御飯や風呂の時間も考慮すると、就寝時刻は1時を過ぎるだろう。


 とはいっても、何も驚くに値しない、日常的な光景。


 慣れというものは非常に面白く、就職した当初はヒィヒィ言っていた仕事や勤務時間も、なにも感じなくなってくる。 周囲の同僚や先輩、上司にいたるまで、それが当たり前だという感覚の中に放り込まれると、自然と会社とはそういうものなのだという感覚へと変わっていく。



 「あ~無視するの~? 酷いなぁ、いくら無視ばかりされてるボクでも、こう露骨にやられるとショッキングだよ」


 

 勿論、いくら慣れているとはいえ、不満や愚痴というものは無尽蔵に湧いてくる。 なんで内の会社はこんなんなんだ、とか、もっと他の会社はこうなのに、とか。 本当に止めどなく湧いてくる。 枯れることのない泉のように、だ。


 それでも会社を続けていくのは、ある意味団結力なのかもしれない、と最近思う。 会社という悪が仮想的になっているのか、社員間の摩擦は比較的少ない、ように感じる。 皆同じ不満を抱えているからこそ、謎の連帯意識と結束力が生まれる。


 自分だけじゃない、この屋根の下にいる皆も同じことを考えているんだ、と。



 思い出したかのように、鞄から黒革(合皮)の手帳を取り出し、明日の予定を確認する。

 

 10時からモデルハウス案内、13時から契約客の打ち合わせ同席、そこから現場待機。 明日はイベントデー、そして近隣に大量の宅配チラシが配られる。 だから、物貰いの客や近所の住民も来るだろうし、本当に家を検討している人もやってくる、忙しくなりそうだ。

 昼飯は運転中にコンビニ飯になるだろう。



 「へぇ~~結構予定詰まってるねぇ。 忙しい営業マンってやつなのかな? ご苦労様だねぇ~」



 営業という仕事は楽しくもあり、苦しい。 楽しい時は契約が取れている時。 苦しい時は契約が取れていない時。 ごくごく当たり前な話である。


 ウチの場合、通常の基本給+歩合制という点は、ある程度評価できる企業体質だと思う。 フルコミッション(完全歩合制)だと、一つの契約での取り分は大きいが、取れなかった時は下手すると給料なし、なんてことにもなりかねない。 一定の給料が約束されていれば、生活への不安についてある程度軽減される。


 そんな時、憎たらしい先輩の顔が脳裏に浮かんだ。 今月も坊主(契約なし)だよ、と陽気な口調で豪語していたが、よくもそんなことを平然と言えるもんだ。 録音して課長に聞かせてやりたい。


 基本給の約束は怠慢を生む。 経営陣にはそういった声が上がることがしばしばあるようだった。 しかし課長曰く、社長の意向で「社員の生活を守る為にはフルコミッションはダメだ」という鶴の一声で一蹴されているとのこと。(そもそも雇用形態が変わるので、そう簡単に変えられないという方が真実なのかもしれない?)



 「ねぇ~~~聞いてよ~~~~!! ボク怒っちゃうよ~?? 知らないよ~どうなっても?」



 そのお陰で生活は一定の水準で安定しているが、そのお陰でダメ社員を生んでいる。 俺はどっちに分類されるのか、自意識過剰ではないが、ダメ社員ではないと思いたい。 まぁ、そんな無駄な優越感に浸ることに何の意味もないのだが。




 ――そんなことより、さっきから横でゴチャゴチャと喚いている声が、いい加減うるさくなってきた。




 目を合わせないようにしていたが、チラッと見てみた感じでは「ちょっと早めのハロウィンです」とでも言いたげな黒い装束。

 声は女っぽい高音だが、顔は中性的な男のようにも見えなくもない。 そこに一人称が「ボク」ときたもんだから、いよいよ性別がわからない。


 そして、一番目に付くのは真っ青な髪色だった。 西洋的な顔立ちだから、そこそこ違和感なく調和しているが、それでも日本という土地ではあまりにも浮いてしまうカラーだ。


 ……総合評価としては、「関わらない方がいい」となる。 時間的にも、飲み会か何かの帰りで泥酔中、たまたまそこにいた俺に絡んできたってところになるだろう。

 

 放っておけば、そのうちどこかに消えていくか、爆睡をかますかのどちらかだろうと考えていたのだが、どうもそうはいかない様子だ。



 地下鉄はまだか? 俺は何気なく辺りを見回し、電光掲示板を一瞥するが、何の表記もされていない。 おかしいな、と眉を吊り上げていた俺に、横のハロウィンは楽しそうにはしゃぎ声を出した。



 「あ、あ、もしかして、地下鉄っていうの来ないかなぁ~~とか思ってる? 残念でした~今時間止めてるから絶対にくることはないので~す!」



 子供のように声を弾ませているハロウィンは、何やら奇怪なダンスのようなものを踊り始める。 お世辞にも上手いとはいえない、寧ろ滑稽なダンスだった。


 しかし、それ以上に滑稽なのは、先ほどの発言としかいいようがない。

 泥酔もここまでくるとヤバイ。 ヤバイ薬でもやってるんじゃないかとすら思えてくる。 そもそも、この子って未成年じゃないのか? 酒すらやっちゃいけない年頃だろうに。


 相手にするのもバカバカしい、俺は手首に巻いた時計をチラリと見た。 長針は9の地点の若干上を差し、短針は11と12の間を差していた。



 ――ん?



 恐らくだが、5分以上はこの椅子に座っていたはず。 あれから1分も経っていないなんてことはありえない。 時計の電池が切れたのか? それか壊れたか? 秒針はピクリとも動かず、3の地点の上に鎮座している。


 大きく溜息を吐きながら、背広の内ポケットから先日買い換えたばかりのスマートフォンを取り出す。 時計などなくても、現代人は現在の時間を知ることができる。 側面についている電源ボタンをカチッと押す。


 しかし、電源が入らない。


 画面は真っ暗のままで、反射した俺の顔しか映し出してくれない。 ホームボタンも連打してみるが、何の反応も見られない。 おいおい、買ったばかりだぞこれ。 先代がトイレで水浴してしまったゆえに買い換えた後継機だというのに、もうご臨終だというのか。


 学校の発表会にも劣る踊りをまだ披露し続けているハロウィンは、時折こちらを見ながらステップを踏んでいる。



 「ボクのお話、ちょっとは聞く気になってくれたかなぁ~ん?」



 鼻につく粘っこい口調で、ハロウィンはケタケタと笑う。


 馬鹿言え、誰が時間停止なんぞ信じるものか。 漫画の読みすぎ、ゲームやりすぎ、映画の見過ぎだ。 俺はくたびれた身体へ鞭を打つように、ふらふらと立ち上がる。 そこで一つの違和感に気が付いた。


 風の音とも、列車の音とも聴こえる雑音が聴こえないのだ。 それどころか、物音ひとつしない。まるで世界が眠りこけてしまっているようだった。



 どう考えてもおかしい、あまりにも不自然過ぎる。

 次にやってくる便が終電なのだから、乗り逃すまいといった様子で駆け込んでくるサラリーマンやOL、学生がいてもおかしくない。 だが、このホームにはなにやら人の気配がしない。



 違和感を感じた俺は思わずその場を駆け出してしまい、たどり着いた改札口。

 駅員は目を見開いたまま手元の書類と睨めっこをし続けており、こちらの声に何の反応も示さない。 思い切って肩を揺さぶってみたが、石化したように動かなかった。 そばにあった改札機にICカードをタッチするが無反応。 改札の正面に設置されている大きな時計を見ると、手首の腕時計とほぼ同じ場所を指している。


 ――同時刻に同時に時計が故障したっていうのか、そんな偶然はまず起きない。



 冗談だろ、何がいったいどうなってるんだ。


 俺は思わず「誰かいないか!?」と叫んでしまう。

 ありえるのか、夢かこれは? 疲労困憊で幻でも見ているのか? いやいや、まだ時間が止まっていると決めつけるのは早計なのか、なにがなにやらもうわからない。



 「五月蠅いよ~もぉ~…急に大声出したらビックリするじゃんか…」



 両耳を押さえながら、ハロウィンは不満そうな顔をして後を追ってきていた。 それを見て、俺は無意識に足が後退し始めていることに気が付いた。



 「――お…お前……」



 こいつは何者なんだ、全く得体のしれない存在を目の前にして、裏返った声が出てしまった。 先ほどまで袖にしていた子供が、この世の生物ではない悍ましい存在に見えた。 本当にこいつの力なのか。 え、本当に時間止まっちゃってるの?


 気が付いたら背中が壁についてしまい、これ以上後ろに下がることができなくなった。

 ジリジリと距離を詰めてくるハロウィンは、ニタァと笑みを浮かべて俺の眼を見ている。



 「ふふ~ん、いい顔になったねぇ~」



 明らかに狼狽えてしまっている俺の顔を拝み、ハロウィンはご満悦そうに腕を組む。 そして、そわそわと何か言いたげな顔を浮かべ始める。 いやむしろ、何かを聞いて欲しいといった顔だった。



 「ねぇねぇ、ボクのこと、気になる? そりゃ気になっちゃうよねぇ? うんうん、仕方がないなぁ~特別にボクの正体を明かしてあげよう~~ウフフ」



 いや、俺はなにも聞いていないのだが。

 

 だが、そっちから開けっ広げに喋ってくれる分には問題ない。 特に何か言い返すこともなく、生唾を飲み込んで次の言葉を待った。


 ハロウィンは鼻の穴を膨らませて、ぷるぷると震えている。 高揚感というものを隠しきれていないのか、悦に浸りきっている。 今にも破顔してしまいそうだった。




 「な~んと、びっくり! 無敵、無双、天上天下唯我独尊! 史上最強兼可憐で尊い! 最上級悪魔様でなのである!!」



 

 二人しかいない空間、ましてや時間が止まっている?空間だからだろうか。 明らかに空気がシーーーンと、なってしまっている。 そして目前には戦隊モノでありそうな、前衛的なポーズを決めているハロウィン。

 

 あまりにも突拍子のない発言と、あまりにも稚拙な自己紹介に、空いた口が塞がらない。 ますます何もわからなくなった。



 「…そ、そうだったのか」



 興奮のあまり肩で息をしながら、こちらの反応をうかがっている様子だが、どう反応していいのかわからない。 思わず相槌を打ってしまったが。


 見たところ、背丈はあまり大きくなく、年齢は10代前半ぐらいか。 つまるところ、中二病真っ盛りといった年代なのだろうか。

 先ほどまでかなり狼狽してしまっていた俺だが、先ほどのぶっ飛んだ発言で、なんだか冷静さを取り戻していた。



 「ふんふん、あまりの衝撃に言葉もロクにでないかぁ? それは仕方のない事だよ、許す許す」



 未だに鼻息が荒いハロウィンは、自身の正体とやらを明かして更に悦に浸っている。


 とはいっても、俺はこの子の正体とやらを咀嚼しきれていない、いや、できるわけがない。 傍から見れば、完全に黒歴史確定のスーパー痛い子供。 生暖かい目で見守ってやり、何かに気が付くのを待ってやることしかできない、そんな儚い存在だ。


 だが、目の前で起きている“異変”を片付ける材料が、俺には何もない。

 この子の言うことを真に受けて、「悪魔が現れて時間を停止させた」という風に解釈した方が、まだ状況を整理することができるという、おかしな事態。



 「なにしろボクのような崇高な悪魔が、君のような人間に声をかけてあげているということが、とんでもない事態なんだからねぇ~~? んん?」



 高笑いする自称崇高な悪魔は、まるでテストで満点を取ってクラス中に自慢をする、うっとおしい子供のようだった。


 そもそも、この緊張感の欠片もない言動が、俺の判断を困惑させているんだ。 せめて、化物みたいな外見とか、そういった悪魔感があればすんなり呑み込めたのかもしれない。 だが、このハロウィンにそんな要素は一切見当たらない。 痛いキッズ。



 「…その、その悪魔様は一体私になんのようでしょうか」



 あまり無下にするわけにもいかない。 正体とやらを明かされていても、未だよくわからない存在なんだ、得体の知れない力も持っていそうではある。 とても信じられることではないが。


 それゆえに、あまり刺激せず、機嫌をある程度取りながら様子を見る。 そして気が済んだら自称悪魔の住む魔界とかに帰ってもらうしかない。



 「ふふん、よくぞ聞いてくれたなぁ~? なぁに、気を楽にしてかまわんぞぉ?」

 


 ハロウィン改め自称悪魔は、興奮冷めやらぬといった雰囲気で、こちらに背を向けて歩き始めた。


 ……このまま逃げ出してしまっても、やはり捕まってしまうのだろうか。 俺の即座逃走は未遂に終わった。 背後から見ても丸わかりなくらいウキウキで、肩が踊っている自称悪魔の後ろを、ソロソロとついていく。



 「身構えなくともいい、ボクはお前にとても利のある提案をしにきただけなのさ~」



 上ずった声には、穿った目でみれば何か含みがあるようにも聞こえた。

 しかし、第一印象での判断になるのだが、目の前の自称悪魔にはそんなオツムがあるようには、残念ながら見えない。 非常に失礼な発言だが。


 「…提案、ですか」


 第一印象というやつは案外馬鹿にできない。

 表情・仕草・喋り方・声の強弱、そういったものは性格や思考と深く関わっている、と営業本にぼちぼち書いてある。


 それらから考慮すると、最初に感じた印象が大きく外れたことは、実体験からもあまり無いような気がする。 そう、俺の中での第一印象、それは「こいつはアホ」だった。


 だが相手は悪魔(自称)だ、人間ではない。 当然、警戒を緩めてはいけないのだろう。



 「そう! 人間って生物は、死体みたいな顔をぶら下げて毎日走り回っちゃって、すごい苦しそうって前から思ってたの」


 「まぁ、学校とか職場とか…何かしらと人間は関わり続けなければいけませんからね…」



 俺から見れば、君も人間にしか見えないんだが。 それもかなり痛めの。

 

 自称悪魔はルンルンで階段を降りていく。 数メートルの距離を保ちながら、俺は後ろへ続く。 この先は駅のホーム、さっきまでいた場所へ戻っている形になる。



 「だからね、お前はと~ってもラッキーなのさ! ボクの目に留まったラッキー人間ってところ!」



 階段を降りきると、地下鉄が来ることがない空間が視界に広がっていく。 そして、自称悪魔はまた奇天烈なステップを踏み始める。


 どうやら、この場所が気に入っているらしい。 まぁ、かなり無理矢理ではあるが、ステージのようにも見えなくもないからだろうか。 ますます子供に見えてくる。



 「それで、悪魔様は私に何をしてくれるんでしょうか…」



 悪魔の目に留まるというのは、果たしてラッキーという表現が適切なのか。 色々とツッコミどころはあるが、そんな発言は機嫌を損ねることにもなりかねないから出来ない。


 腕時計を一瞥するが、やはり針は微動だにしていない。



 「うんうん、本題に入ろうか。 ボクは君が何かをくれたら、お前の望みを何か叶えてあげる! 気まぐれ特別大サービスでねぇ~?」


 

 謎のダンスをピタリと止め、自称悪魔は目をキラキラと輝かせて、俺の目を見る。


 

4部分まで、現実世界です。

5部分から、異世界飛びます。

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