狂戦魔術師《バーサーカー》
自身の眼前にそびえる大きな扉を前に、僕は呼吸を整えた、
希望や期待といった感情と共に溢れる不安を抑えるためだ。
(A組、どんな人がいるんだろう。。)
「ねぇ?なぁにしてんのぉ?」
扉に手をかけたまま静止していた僕の背後から自分よりも小さな男の子が声をかける
「だぁいじょうぶぅ?」
振り返ると10歳前後の少年がキョトンとした顔でこちらを覗き込んでいた。
(飛び級入学者かな...。)
「あ、ごめんね?すぐ開けるから!」
このままでは迷惑になると、掛けた手を即座に引こうとする
「にーたぁん、きんちょーしてるぅ?」
「え...あぁ!いやぁ...してるかも。」
「そぉなんだー、どのくらいきんちょーしてるぅ?」
「いやぁ...実はすごく緊張しててさ?」
我ながら恥ずかしいと思いつつ少年との会話で緊張をほぐそうと試みる
「ふぅん...」
相槌を打つと少年は僕の体をドンと押しのけガララッと音を立てながらドアを開けてみせる
さながら緊張していた僕の心を鼓舞するかのように
「じゃーぁ。.....帰ればぁ?ww」
こちらを振り向きニヤリと笑いながら声高に告げる少年。
突然のことに呆気をとられている僕を無視して
教室に入っていく。
(え、えぇぇえええ!?!?何あの子こっわ!!!!)
まあお陰様で少し緊張が吹っ飛んだので良しとしよう
そう考えることにして掲示してある席順表を確認する。
最後列、端から2番目というなんとも言えない位置に僕の名前があった
「えーと。隣は...クリエネッタ=キンブル....なんかきいたことあるなぁ...」
そう思いながら着席すると前の席の生徒に声をかけられる
「なぁ、お前の隣、知ってっか?」
「え?」
「キンブル家の令嬢だよ!狂戦魔術師の。」
「狂戦魔術師?」
「なんでも、街ひとつ壊滅させたとか」
そんな噂話をしていると
次々に横槍が入る
「いやいや、街中の人間全員殺して回ったって聞いたぜ?」
「ちげぇよ、街の民家を壊し尽くして金目の物を奪ったんだろ?」
「いや、地方とはいえ貴族のお嬢様だぜ?そんな無意味なことしねぇだろ」
「そっちだって人間殺しちゃったら税金取れないんだから無意味だろ。」
目の前で繰り広げられる陰鬱な会話に若干ドギマギしながら
相当に怖い人物らしいという情報だけサルベージする
(でも相当尾ひれも付いてそうだなぁ)
「あーまぁ、隣の席なんだから君も気を付けなよ?」
「そうだぜ?いつ逆鱗に触れて殺されるか...」
「権力で揉み消したんだろ?その事件、お前が殺されても事件にすらならねぇんじゃね?」
「そ..そうだね、気をつけるよ....」
貴族社会の闇を見た気分だ、
しかし街一つ壊滅っていうのは噂で聞いたな、だから聞き覚えがあったのか
(クリエネッタさん...仲良くできるといいけど...)
「もうすぐチャイムなるぞ?」
噂話で結構な時間が経ってたみたいだ、
周りを見るとほとんどの生徒が着席しており、時計は始業4分前を指していた
「じゃっそろそろ席戻るわ!」
「せいぜい気をつけることだぜ!」
そう言い残して2人は席に戻っていった
(クリエネッタさん、遅刻かな...。)
そんなことを考えていると教室の扉が開く
そこには今朝方一緒に登校した彼女がいた。
(エーネさんっ....!?同じクラスだったのか!)
同じ学校、同じ学年なのだからあり得るといえば有り得るが
なかなかの奇跡じゃないか?たまたま知り合った女の子と同じクラスなんてそうある事じゃない!
等と頭の中で再会の喜びを最大限掛け巡らせる
彼女は一緒に入ってきた教師らしき女性に一礼すると
座席表に目をやってから歩き出す。
(まだ席はクリエネッタさんの他にひとつ空いてるしそっちかな、
どうせだったら隣の席とかになってくれたら一層運命を感じてみたりするのになぁ。)
そんな下心丸出しな考えを飲み込んで彼女の歩みを眺める
(あれ、まって、なんでこっち来てんの??)
彼女の歩みは止まらない、もうひとつ空いた席はこちらとは逆方向の最前列から3列目、逆の端から2番目だ
(こっちには空いてる席はひとつしかないんだけど?!?!)
そのまま僕の隣の席までやって来てスっと座る彼女、
僕が逆方向の席を見ていたからか、僕には気付いてないみたいだ。
僕は彼女の顔を見ることが出来ないまま時が流れているのを感じる
(いや、まてまて、エーネさんが街ひとつ壊滅させた狂戦魔術師!?!?
ないない!!そもそも名前だって違うし...。)
考えれば考えるほど噂の彼女と今朝会話した彼女がかけ離れていく
それから数分でチャイムが鳴り響き、
なぜだか教室内が少しざわついたりした気もするが
僕はエーネさんのことで頭の中がいっぱいだった
やはり人違いなのでは?という淡い期待も、教壇に立つ女教師の次の一言で崩れ去った。
「キンブルさん...クリエネッタ=キンブルさん。出席していますか?」
そんな問い掛けに隣に座る赤髪の少女はおもむろに立ち上がり返答をする
「....は...はい...。」
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結局エーネさん...クリエネッタさんとは何も話すことなく一日が終わってしまった、
まあ学校説明と教材の配布だけだったし時間が短かったのもあるが
一番の理由は僕に話しかける勇気がなかったことだ。
(変な噂を沢山聞いたからかな、でもきっと何かの間違いだ、少なくとも今朝会話した彼女はとてもそんな大それたことが出来る風ではなかったし、むしろ大人しいおしとやかな印象だ。)
「よし、明日はちゃんと話しかけよう!せっかく知り合えたんだし!」
独り言を呟きながら帰路に着く。
と目の前に見覚えのある赤髪がなびく
「エ、エーネさん?!」
彼女は校門を少し過ぎて、目の前にある小さめの木の木陰でこちらをチラチラと見ながら佇んでいた
「何かあったんですか?」
「い...いや...待ってたん....です...。」
「誰かと待ち合わせですか?」
「あ....あの....スバル...君を....。」
「えっ僕ですか??」
「あ...ごめんなさい...一緒に...下校...迷惑...でしたよね...すみません...。」
そう言って立ち去ろうとする彼女を咄嗟に呼び止める
「迷惑じゃないです!是非ご一緒させてください!」
正直何を話すべきかも分からないし、どう接するべきなのかも分からないけど、
僕は噂話の彼女より、目の前にいる、自分の目で見た彼女を信じたい。
そんなこんなで談笑...とまでは行かないが、世間話をしつつ少し歩いて、
クリエネッタさんも少しだけスラスラと言葉が出るようになってきたところで聞きたかった質問をなげかけてみる
「エーネさんって言うのはあだ名なんですか?」
「え?」
「本名、クリエネッタさんって言うんですよね?」
「なんで...それ....」
突然の質問に表情を暗くするクリエネッタさんに
取り繕おうと必死で言い訳をする
「いやいや、すみません!たまたま知ったというか、
まあ、たまたま同じクラスでたまたま隣の席というか!
クリエネッタさん気付いてなかったみたいだったし、
あ、僕も何も挨拶してなかったんですけど!
気付いてたのにすみませ....」
「....う」
「え?」
「違う...私じゃ」
「クリエネッタさん?」
「違う!!....私じゃないの!!...なんで信じてくれないの!!...本当に私じゃ.....」
「クリエネッタさん!...エーネさん!!!」
取り乱したように泣きじゃくりながら膝から崩れ落ちるエーネさんを受け止めながら必死で声をかける
正直何が起きたか全く分からないけど、
地雷を土足で踏み抜いてしまったらしいことくらいは想像にかたくない。
「ごめんなさい...ごめんなさい...私...」
泣きながら何度も誰かに謝っている彼女を放って行ける訳もなく
しばらく肩を貸して近くのベンチまで歩いていく。
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ベンチに着くなり気絶するように眠ってしまった彼女を見守りながら
目が覚めるのを待っていると、あたりは真っ暗になっている。
(もうすっかり暗くなったな...あ、満月)
暗くなった視界をやけに明るく輝く満月が放つ月明りが照らしていた
(エーネさん、一体どうしたんだろう...何か不味いことでも言ったかな...もしかして噂の件、相当気にしてたり...
まさかいじめとか....。)
「あれ。」
視界に違和感を感じてふと空を見上げると、先程まで青白く綺麗に光っていた月明かりは
赤みがかった禍々しいものへと姿を変え、遠くにあった月が、間近に感じるほど大きく空を埋めていた
(グルルルル......)
それと同時に聞き覚えのない獣のような唸り声が聞こえ
音の先に目をやると、先程までスヤスヤと眠っていたエーネさんの全身に、うっすらと短い赤毛が生えていく。
「エーネ....さん?」
(グルルルルル......)
声に反応はなく、当たりを覆う光も一層禍々しさをましていく...。
エーネさんは徐々に目を開け、
うっすらと生えていた赤毛は全身を埋めつくし、しっぽや耳が生えていく、
「なに...これ...」
さながら深紅の野良猫のような彼女を前に僕は怖気付いていた。
(グルルルルル.....グガァアアア!!!!)
突如起き上がった彼女はまるで猫のように体勢をくるっと一回転させ立て直し、両手に金属のような爪を生やし、踏み込むように姿勢を低くする
「ちょっと待って...これもしかしてまずいんじゃ...。」
体が危険を感知して動き出すのより零コンマ何秒か早く彼女の足が動く、
走り出した彼女の両手にある長い爪はゆうに10cmを超えており、人間の首程度であれば即座に掻き殺せるだろう。
(まずいまずいまずいっ....!!!!これは避け無きゃ死ぬっ)
両手の爪が自身の首に一直線に伸びてくる。
(この場合後ろに逃げても無駄だよな...しゃがみこんで前に体当たりして即離脱すればあるいは...
でもその場合エーネさんはどうなる?!....って言うよりあれはエーネさん....でいいのか?...
とりあえず避けるのは必須っっ!!)
思考を途中放棄して彼女の爪を寸ででしゃがみこんで避け、
前方向に全力で体当たりを決める
(___っ!?全く動かない!!まるで大樹に体当たりしてるみたいだ)
僕を捕らえようと空いた両腕を伸ばしてくるエーネさんを何とか切り抜けて即座に距離をとる
(ここで逃げるのが最善手だけど...そうなればもっと大事になるのは想像にかたくない。
助けを呼ぶ...には時間も場所も悪すぎるっ!どうすれば!...)
どうすることも出来ない状況の僕をさらに悪夢が襲う
先程と同じく低姿勢をとった彼女が、こちらに狙いを定め、
太ももを猫の足のように肥大、収縮させて、音の速度を超えるほど速く体ごと一直線に飛んでくる、
避けるすべも、止めるすべも皆目検討がつかない。
「...これは本気で死ぬんじゃ...」
死を直感して辺りは白み、走馬灯らしきものが頭をよぎる。
刹那____
『『『鎮まれ。』』』
何者かの声とともにエーネさんの体に赤黒い稲妻が走り、
そのまま空中で意識を失ってこちらに飛び込んでくる
「どああああっ」
エーネさんの下敷きになりながらも生きていることを実感し、安堵する。
「はぁああああ、、助かったぁぁあああ」
半分涙目になりながらも助けてくれた声の主に目を向ける。
「はぁ、間に合ったようね、ほんっとにやってくれたわね少年。」
そう安堵と怒りを露わにして告げる声の主、
もとい命の恩人は
あの女教師、ヒバナ=グランヒルトだった。