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体育祭はクライマックス。 彼女たちもクライマックス。






 なんだかんだですったもんだの体育祭もいよいよ大詰めを迎えていた。

 指先が痺れ、右と左の視点が合わないと田中は生まれたての小鹿のように震えていたが、そんなバカは置き去りに、赤組と白組の成績はほぼ同点のまま、後は最終種目を残すのみとなっていた。

 最後の種目は、代表リレーである。代表に選ばれていた佐藤さんが満面の笑みで近づいてきた。


 「ぶっちぎりでバトンつないでくるよ! 」


 田中は返事をしなかった。僕の陰に身を隠し、震えっぱなしである。どうやら、よほど人命に関わるものを食わされたようだ。佐藤さんの声を聞くだけで、体が恐怖を感じているのだろう。


 「……大丈夫ですか? 」


 そんな田中が気になったのだろう、今度は逆隣から、僕を挟んで木村さんが心配そうに声をかけてきた。朝の一件は彼女の中でどうにか処理できたようで、普段のクールぶりを取り戻していた。

 だが、またしても田中は返事をしなかった。今度は首をかばうように顔を伏せ、丸くなってしまった。身体がよりいっそう激しく震えているところをみると、精神的にも弱っているのだろう。今朝の殺されかけた記憶がフラッシュバックし、反射的に体が防御体制をとったのかもしれない。


 「田中、ホントに大丈夫なの? 」


 「……田中君、保健室行きますか? 」


 こんなにも美少女の二人に囲まれて、しかも近距離で心配されて、他の男子なら泣いて喜んでいるだろうに、それでも恐怖で押しつぶされそうになっている友人が、なんだか気の毒になってきた。

 僕は田中の背中を優しくさすり、怖くない、怖くないよ、大丈夫だ、と穏やかに呟いた。それを続けるうちに落ち着いてきたようで、田中は恐る恐るだが、ようやく顔を上げた。

 僕は、今から競技に出るというのにどこか不安げな佐藤さんの顔に気が付き、田中を肘でつつく。何か言ってやれと目で伝えると、田中は少し考えるようなそぶりを見せ、大きく首を縦に振り、言い放った。


 「……負けたら、罰ゲームだからな」


 斜め上の言葉に、思わず僕は絶句する。

 普通こういう場合、頑張れと励ますところだろうに、何でコイツは更なるプレッシャーを味方に与えているのだろうか。周りのクラスメイト達も概ね僕と同意見だったのだろう。皆が皆、目を見開いて信じられないといった表情をしていた。


 「ば、罰ゲームって、なにすんのよ」


 恐る恐る聞き返した佐藤さんに、田中は口の端をひくつかせた。

 そして、次の言葉で、


 「……今度の日曜、俺の家に来い」


 場の空気が凍りついた。

 今度こそ、満場一致で絶句である。こいつは何を言い出すんだと、皆、言葉が見つからない。

 そして、凍りつくこと数十秒。

 ふと、


 「……家に連れ込んで何する気だよ」


 誰かが呟いた。

 その瞬間、佐藤さんの顔が真っ赤に発光した。見事としか言いようの無い早業である。


 「あ、ちょ、ちょっ、あ、え、ちょ」


 電気ストーブのようになった彼女はもはや人語を話してはいなかった。手を前方に突き出したまま、目まで真っ赤にして不思議な呪文を唱えている。

 その時だった、――僕の肩に激痛が走ったのだ。

 痛いなんてもんじゃない。まるで万力かなにかで肩をまるごと押しつぶされるかのような痛みである。見ると、木村さんの白魚のような指が僕の右肩に食い込んでいた。

 だが僕は、その手を振りほどくことが出来ない。木村さんの表情を失った真顔が僕に動くことを許さないのだから。

 さながら銃口を突きつけられているかのような、そんな、単純で絶対的な恐怖である。

 まさにとばっちり。流れ弾が僕に直撃したのだ。僕は左隣に座る田中を、もう一度、さっきより強めに肘でつつく。発言の真意を聞くためである。

 田中はこっちを向くと、悪い顔で笑った。


 「いやほら、佐藤は俺の事キライだろ? 今日も毒を盛られたしな。だからそれを利用して、本気を出させる。きっとアイツ、ここぞとばかりに死に物狂いで走るぜ」


 田中は小声でそこまで言うと、イラつくぐらいのドヤ顔を見せた。


 「じ、じゃぁアタシ、もう集合だから、い、行くね」


 そうこうしているうちに、本部テントから集合の放送が流れ、佐藤さんは真っ赤な顔のまま立ち上がった。――だが、彼女の腕はいつの間にか僕の隣から移動した木村さんの腕につかまれていた。

 応援席の端。向かい合うようにして立つ二人の背中から、目に見えない気炎が、轟々と吹き上がったように思う。


 「何、木村さん? アタシ急いでるんだけど」


 「……どうしても言っておきたいことがあって、少し良いかしら?」


 額同士が触れそうな距離で二人はにらみ合い、微動だにしない。木村さんのメガネが鈍く光り、佐藤さんの顔もいつの間にか不敵な笑みへと変わっていた。


 「あなたとリレーメンバーのタイム。それを鑑みると、まず負けることは無いわ」


 「そりゃどうも。褒めてくれてありがとう」


 「ただし、誰も手を抜かないという前提での話でしかないの。ここまではわかるかしら」


 「まぁ、勝負は時の運っていうから、何があるかわからないけどね」


 「あなた、確か今日のコンディションはばっちりだと言っていたわよね? 」


 「さ~て、どうかなぁ? なんだか数秒前から足首が痛むのよ。もしかすると走り始めると悪化するかもしんないわ」


 「……ずいぶん卑怯な手を使うじゃないの」


 「卑怯? 違うわね、アタシは自分に与えられたチャンスを精一杯生かそうとしてるだけだから」


 「……」


 「……」


 おいおい、やめてくれよ。

 きっとこの言葉が皆の総意だろう。

 周りのクラスメイト達は逃げるタイミングを完全に逃し、ただゴクリと、固唾をのんだ。一触即発の雰囲気に、明らかに体感温度は氷点下。

 元凶の田中はというと、つい今しがた、偶然舞い降りたモンシロチョウを追いかけていってしまった。やはり朝から続く不幸で、脳に深刻なダメージをおってしまっているのかもしれない。

 万事休すか。マンガやアニメ、映画やドラマならここで救いのヒーローがやってきたりするものだが、ここにいる全員が待ち望んだ存在はやってきそうにない。

 お手上げである。バチバチと火花を散らす、そんな二人以外の皆がいっせいに匙を投げ始めた。そんなときだった。


 「ごきげんよう」


 代わりに神様は僕らにプレゼントだと言わんばかりに、一人の少女を遣わしたのだ。

 やってきたのは、頭に赤い鉢巻を巻いた鈴木さんだった。金持ちの余裕か、はたまたお嬢様ゆえの世間知らずか、辺りの空気を1ミリグラムも読まずの登場である。動きやすいようにだろう、綺麗な黒髪は二つ結びにされていた。

 鈴木さんはにらみ合う女子二人を気にも留めず、ぐるりと応援席を見回すと、溜息をひとつ、残念そうに僕の隣に腰掛けた。


 「見たところ、彼は不在のようですね。せっかく今朝の約束事を忘れていらっしゃらないか確認しようと思っていましたのに」


 そういえば、そんな約束をしていたな。僕はすっかり忘れていたが、はたして田中は覚えているだろうか。鈴木さんも、その辺りが気がかりなのだろう。頬に手を添えて、心配そうに首をかしげていた。


 「私が勝ったら伴侶になっていただけるというから、今日は頑張っているというのに。まったくもう、本当、困った殿方で――」


 「「 ――もめている場合ではないようね!! 」」


 よくわからない急展開に、僕の頭はとても追いつきそうにない。鈴木さんの愚痴を聞いていると、いつの間にか、佐藤さんと木村さんが心の通い合った親友のように固い握手を交わしていた。

 いったい何が起きたのか。


 「私、アナタの俊足は音すらも凌駕すると思っていたのだけど? 」


 木村さんの笑みに、佐藤さんも勝気に言葉を返す。


 「ふふん、甘いわね。アタシの足は、光すらも追い抜くんだから! 」


 二人は、何が可笑しいのか、ひとしきり笑いあうと、


 「「 この勝負、勝つわよ 」」


 お互いの握り拳を軽く合わせた。

 堂々と歩いていく佐藤さんの背中を見ながら、僕は頭を傾げるしかなかった。


 「なんでしょう、不思議な方々ですね」


 鈴木さんと二人、僕はもう一度頭をかしげた。


 その後、溝にはまって動けなくなっている田中を誰かが見たと言っていたが、明日にでも病院に連れて行くべきだろうか。まったく、手のかかるヤツである。






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