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体育祭も一時休憩。 佐藤さん強襲。





 そして、運命の体育祭は幕を開けることとなる。

 奇跡的に生還した田中は首に違和感があると不平不満をぶつくさ漏らしていたが、そんなバカにはお構い無しに、赤組・白組、両陣営死力を尽くし、戦況は一進一退を繰り返しながらも一時休戦。昼休憩を迎えていた。

 昼飯にしようと、グラウンド脇の洗い場で順番を待っている最中、突然背を叩かれた。

 不意打ちである。やられた事のあるヤツならわかるだろうけど、薄い体操服に防御力なんてないようなものだ。ハリセンのような小気味いい破裂音と共に、僕の口から声にならない何かが飛び出した。


 「あははは、大げさなヤツね。こんなの痛いわけないじゃない」


 手が軽く当たっただけでしょ。と、あまりの痛みにもがき苦しむ僕を笑うのは、同じクラスの佐藤さんだった。

 陸上部のエースでありながら、邪魔にしかならないであろうサイズの胸部を装備した彼女は、辺りをキョロキョロと見回している。

 正直言うと、この人は力が有り余っているのであまりお近づきになりたくはない。

 どうせアイツ絡みのことだろうから、腹も減っている今、余計に面倒である。

 それで、用件は? 僕の意地悪な問いかけに、佐藤さんはとたんにモジモジとらしくない動きを見せた。彼女の短めのお下げ髪が揺れる。


 「あのさ、あのね、そのさ、……田中、どこにいるか知ってる?」


 手に持った大き目の包みは弁当の類か。大方、体育祭に便乗してアイツに手料理を振舞おうと考えただろう。

 なにやら先ほど見かけた木村さんも、お弁当を持ってウロウロしていたし、鈴木さんに至っては、彼女は体育祭を何かそういった類いのお祭りと勘違いしているのだろうか。縁日の屋台よろしく店開き、拡声器を片手に『たなかぁっ! ご一緒しましょー!』と大騒ぎ。

 皆考えることは同じようで。

 先に行って場所はとっておく。だから他のヤツには絶対に教えるなと、そう田中からは鬼気迫る顔で口止めされてはいたが、ここで無駄に時間をかけると僕の休憩時間がなくなりかねない。

 あっさりヤツの居場所をリークすると、


 「ありがとっ! 」


 彼女は照れたように笑い、駆けていってしまった。

 あの笑顔を見ると思い出す。彼女の実家を手伝った時だ。

 小さな自転車屋を営んでいるのだが、親父さんの長期入院で人手が足りず経営困難に陥ってしまったのだ。

 簡単な修理ならお袋さんでもこなせるのだが、女手ひとつで店舗経営と家事の両方なんて回せっこない。かといって、肝心の佐藤さんは神がかった不器用人間で、まだ小さな妹もいたもんだから、どうしたものかと途方に暮れていたわけだ。

 それをどういうわけだか、田中のバカが聞きつけ、あの親父さんには世話になっている、手伝いに行くぞとなぜか僕まで駆り出されたのだ。

 手伝ったのは一ヶ月くらいだったか。

 主に、自転車屋の力仕事を田中が。そして、家事の手伝いを僕が担当した。こう見えても家では肩身の狭い男衆である。ワガママな女どもにこき使われた成果か、ある程度の家事は一通りこなせるのだ。ついでに、僕の幼馴染みも手伝ってくれたし、


 『二人で家事って、なんだか新婚さんみたいだね』


 『さすがにこの歳で、おままごとには付き合わないぞ』


 新鮮な環境にアイツも楽しんでくれたみたいで、終わってみればあっという間の一ヶ月だったように思う。

 その間、佐藤さんは家に居ても戦力外。むしろ居るとジャマ……とまでは言わないけれど、彼女がいると危なっかしくてたまらなかったからさ、幼馴染みと二人で画策し、主に店舗のほうを手伝ってもらっていた。

 だから、そこで田中と佐藤さん、あの二人に何があったかは知らない。知らないのだが、……まぁ、心当たりはある。

 手伝いの最終日に田中が上機嫌に語っていた。


 『佐藤の親父さんに店を継いでくれって頼まれてさぁ』


 めったに褒められることのない僕らである。田中もどうやら嬉しかったようで二つ返事で、


 『はい。その時はお世話になります』


 と答えたらしい。

 その日の帰り、彼女が店の前で『……またね』と、はにかみながら見せた顔こそが、さっきの照れ笑いなので。

 それにしても普段の勝気な彼女から遠い今の姿は、何度見ても心温まるものがある。

 男という生き物はギャップに弱いものだと姉から聞いたことがあるが、確かに、普段、生徒会長なんてマジメな役職に就いている姉が、風呂上がりだとはいえ、下着姿であぐらを掻いている様を目の前に、


 『ちゃんと髪乾かせよな』


 『だな。……ほれ、美人な姉の悩殺ポーズだ。良いもの見れたろ、ドライヤーを持ってきてくれ』


 『なんだそりゃ』


 こういうダメな方向でのギャップでなければ、佐藤さんもああ見えて男子からの人気は高いようだから、不意に見せた可愛さに、といった風で、あながちその説も間違いではないのだろうと納得してしまう。

 しかしそうなってくると、いよいよ残念で仕方がない。

 あれで家事がからっきしダメで、特に料理が壊滅的に不味いことを除けば文句なしなのだが、神様はそこまで優しくないようだ。

 その後、便所で虹色のゲロを吐いている田中を見かけたが、アイツ、あの状態で午後の競技は大丈夫なのだろうか。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 乙女の想いは虹色だったのか! 更新ありがとうございます!
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