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体育祭まであと数十分。 木村さんやらかす。

 





 その後、鼻歌交じりの鈴木さんと別れ、自分のクラスに入ると、田中の席には先客が居た。木村さんである。

 成績は超が付くほど優秀で、すらりとした長身に、肩口で切りそろえた黒髪と銀縁のメガネが彼女の知的な雰囲気を高めているように思う。田中の席に座って近くの友人達と談笑しているようだったが、向こうもこっちに気がついたのだろう。

 一度ふわりと微笑むと、


 「あら、ごめんなさい」


 小さな尻を上げ、田中に席を譲ろうとした。だが、――すんなりと事が進むのなら、田中はこうも歪まない。

 予想通りといえば、予想通り、いつも通りと言えばいつも通り。

 木村さんのその長い美脚がアダになったのか、机の脚に自分の足を絡めてしまい、偶然にも近くに立っていた田中を巻き込み、盛大にすっ転んでしまっていた。

 とっさに田中も受け止めようとしたのだけど、バランスを保とうと藻掻いた彼女の頭が的確にヤツの顎を捉え、きっとその一発で足にキたのだろう。田中は『みゅっ! 』と小動物のように鳴いたかと思うと、糸の切れた操り人形よろしく、その場に崩れ落ちた。そして、時間差で木村さんもアイツの亡骸へとダイブ。

 まったく、木村さんってば。相も変わらずのドジっ子である。

 それが彼女の良いところでもあるのだろうけど、そのドジがもとで、以前、この少女は妙な策略にはまってヒドい目に遭いかけたのだ。

 まったくどうしてそうなったのやら。

 なにやら弱みにつけ込まれたのか、はたまた騙されたのか。彼女のストーカーでもあった変態オヤジに、恋仲になれと要求されていたのだ。

 そんなクソみたいなストーカーの存在だけでも気の毒なのに、そのオヤジと恋人同士、しかも遠回しに結婚まで要求されているだのなんだのと、そんな話にまで発展していたのだから、可哀想なんてもんじゃない。

 そんなメチャクチャな話、とてもじゃないが親にも言えず、ひとり苦しんでいたところを、田中が声をかけたのだ。

 曰く、


 『クラスの女子が、夕暮れ時にひとりでブランコに腰掛けてんだ。しかも、隠すようにして泣いてんだからさ、声くらいかけるだろ』


 とのこと。

 僕だって、隣に少しおっとりとした幼馴染みが住んでるからさ、その話を聞いて、アイツにもあり得る話だなと、どこか他人事とは思えなくて。

 結果として、田中と二人、その時も七転八倒の大立ち回り。

 その日は、たまたま木村さんの家まで、ボディーガードと言うと大袈裟だけど、夜道は危険だからなんて三人並んで歩いていた。

 すると、何をとち狂ったのか、件の変態オヤジが暗がりからその姿を現したのだ。

 どうも、田中と木村さんの仲を、そのただならぬ雰囲気から色々と邪推したようで、開口一番、口角泡を飛ばしながら


 『ボクの彼女だぞっ! 』


 だからな。

 もちろん、他人の容姿についてとやかく言うのはよろしくない。それはわかっているけれど、だけど、僕たちは、コイツの悪行を知っている。

 その上で、このタイミングで、この台詞である。到底擁護できそうにない、そのあまりの気持ち悪さに鳥肌が立った。

 木村さんなんて、ガタガタ震えながら田中の背に隠れてしまって、その姿になぜか例の幼馴染を重ねてしまい、無性に、あれだ。……腹が立った。

 お前は一体何様だ。いい年こいてみっともない。

 僕の脳裏をよぎったのはこの一言で、あとは、もうその場で全面対決だった。

 変態オヤジの情報(弱み)はとっくに集めていたから、まずは論破を試みた。いかに愚かで迷惑なことをしているのかと丁寧に言って聞かせた。

 だけど、さすがはこの変態オヤジである。

 だからどうしたとまるで悪びれもせず、意味不明な言い分をそれこそ堂々と振りかざしてくるもんだから、


 『えぇい、メンドクセェ! 』


 最後は、田中が木村さんをまるで恋人のように抱きしめて、


 『こいつに二度と近づくな! 』


 で〆た。

 もちろん、それだけで収まるはずもないけれど、田中の勢いと、あの木村さんの普段見せないような火照った顔に、二の句を告げるヤツはそうそういないと思う。美人の赤面した様は、それこそ見とれてしまうモノで例の変態オヤジも、それ以上、なにも言えないようだった。

 その後、しっかりと洗いざらい警察には届けたからさ、まぁ、高校生のする話だからね、どれほど真剣に取り合ってくれたかわからないけれど、それからすっかり変態オヤジの姿は見なくなったし、もしかすると今頃塀の向こうで臭い飯を食べているのかもしれない。余罪も山ほどありそうだったし、自業自得といったところか。


 ――僕は手を伸ばし、木村さんの腕をつかんでよいしょと引き起こす。


 田中を下敷きにしたおかげで、特に怪我はないようだったが、ヤツはどうしようもない。立ち上がる際、木村さんの足が田中の首にめり込み、何かが潰れる嫌な音を聞きながら、あぁ、これは痛そうだと顔をそむけてしまった。

 木村さんが田中を押し倒したぞと教室が歓声に包まれたが、田中が白目をむいて痙攣・泡を吹き始めたので、一転して静まり返り、当事者である木村さんは動揺しているのだろう、僕の肩に爪を立てながら震えていた。


 「ど、どど、どうしよう。た、たた、田中君が死んじゃう。彼が死んだら、私どうしたらいいかわからない。まだ、気持ち伝えてないのに、田中君に、私……ど、どど、どうしよう。ね、ねぇ、どうしよう」


 両の瞳に大粒の涙を溜めながら、狼狽する彼女。


 「くそ、可愛いな」


 誰かが呟いた。

 それを皮切りに、


 「普段クールな木村が取り乱すと、うん、そそる」


 「やっぱり可愛いとは思ってたんだけど、やっぱ可愛いわ」


 クラス中の男子から『木村さん可愛いコール』が沸きあがった。

 相変わらず元気なクラスメイト達に溜息をつきつつ、僕は目の前で動揺し、なんやかんやと口走る、そんな木村さんをなだめる。


 「とりあえず、そうだな」


 まずは、足をどかしてやろうか。


 「ご、ごめんなさい! 」


 その際、彼女に踏みしだかれた田中の顔面が、ゴリッと骨のこすれる音を響かせる。なんだかさっきよりも痙攣が激しくなったように見えたが、それにしてもコイツ、この状態ではたして体育祭に参加できるのだろうか。







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