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商店街最後の日

作者: 花野未季

 その町の商店街は、櫛の歯が欠けるように、ひとつ、またひとつと、店舗が減っていた。最盛期には30軒ほどもあった店構えは、今はその半分ほどになっている。


 買い物客を取り戻すにはどうしたらいいのだろう、と商店会会長は、すっかり客足の途絶えた店で、今日も日がな一日考えている。

 買い物客が来ないから店が減ったのか、店が減ったから客が来ないのか……。


 いずれにしろ、彼は、昔の賑わいを取り戻したい、いやそんな贅沢は言わない、もう一度だけでいいから、通りをたくさんの買い物客が往来する様子を見たいと思っていた。




 ある日、そんな彼のところに、奇妙な名刺を持った若い男が現れた。

 名刺には「あなたの夢を叶えます/夢見屋代表・夢野陽太ゆめのようだ」と印刷されている。


 会長は、妙な男だと思いながらも、暇つぶしに男の話を聞くことにした。

 その男、夢野から唐突に「あなたの夢は?」と、尋ねられた会長は悲痛な声で答えた。


「1日だけでいいから、賑やかだった商店街の輝きを取り戻したいんだ」


「なるほど……。わかりました、お任せください。ただし、ちょっとお金はかかります。ご用意できますか?」


「どれくらいかかるのだ?」


 男は、背広の内ポケットから小さな電卓を出して数字を弾くと、いぶかしがる会長に見せた。


「300万円!」


「会長さんならそれくらい出していただけるかと」


「うーむ……」


 予想外の大金だが、確かにそれくらいなら出せる蓄えはある。それに近々、金が入ってくる当てもある。


「では、7月7日、七夕祭りの売り出し日をお楽しみに」


 男は後日の約束をして帰っていった。

 会長は半信半疑だったが、成功報酬という形での依頼だったので、軽い気持ちでその日を待つことにした。




 ひと月後、七夕の日、会長は早朝から商店会事務所で大売り出しの準備をしていた。


 買い物に来てくれる客のため、昨日から七夕の短冊をたくさん、商店会一同で用意し、竹も近くの山から何本か、造園業者に頼んで切ってもらっている。久しぶりのセールの準備は整った。


 商店会の人たちは、わくわくしていた。

 ほとんどの店が10時開店なのだが、今日は1時間早くオープンして客を待つ。


 すると、ざわざわとした大勢の人が集まる気配と話し声がしてきて、いつのまにか狭い商店街の通りは、歩く人でいっぱいになっている。

 かつての賑わいがよみがえったかのようだ。


 客たちは気前よく(と言っても商品単価の低い店しか残っていないから、大した金額ではないが)買い物をしていく。

 店頭に立って商店街の喧騒けんそうを見ていると、会長は自分が若かった頃を思い出し、胸がいっぱいになった。


 あの頃は、一緒に店を切り盛りしていた妻も元気だったし、息子も素直で可愛かった。希望に満ち満ちていた……。




 人ごみの中に、もう何年も前に家を出て行ってしまった息子の姿が見えた気がして、会長は店から通りに飛び出した。

 あわててあたりを見回すが、息子の姿はなかった。


 見間違いか…… あいつが帰ってくるはずはないな、と会長がぼんやりその場に立ち尽くしていると、

「ご満足いただけましたか?」

 そう背後から声がしたので、会長は振り向いた。

 あの夢見屋の男が立っている。


「ああ、満足だ」

 会長は深いため息をついて、お礼を言い、用意していた現金を渡すために店に戻ろうとした。


 すると、男は首を振り、

「お代は結構です。実はあるかたから、もう頂いています」

 と言うではないか。


「ある方?」


「あなたのご子息から」


「そうなのか! ……あいつは? どうしてる?」


「お元気で働いていらっしゃいますよ」


「そうか……。もう二度と帰って来てくれないだろうな。でも、いいんだ。最後にこんな親孝行してくれるなんて……」


 会長の目はうるんでいた。




 さらにひと月後、ちょうどお盆の入りの日、商店会は会長の盛大な葬式を執り行っていた。

 実は、会長は以前からかなり重い病を患っていたのだ。


「最後に七夕セールが成功して良かった」


 会長の遺影を前に、しんみりと誰かが言い、参列した店主たちは皆、大きくうなずいた。


「さあ、この商店街にとって、本当に最後のセールをやるとするか」


「今度の人集めは我々でやろう」


「こちらでお金出して、それで買い物してもらうなんて変な話だったけど、楽しかったなあ」


 先月の七夕セールは、違う町の住民1千人ほどに、日当なしのボランティアで買い物客となってもらって行われたものだった。

 ただし買い物用の金は、ひとりにつき3千円、商店会が用意していた。全て副会長が夢見屋と組んでやったことだ。


 そして、会長の保険金が入る当てがあったからとはいえ、会長の息子がポンと300万円を出してくれたことに、皆は感謝していた。

 おそらく会長も、そのことを早くから知っていただろう。彼は勘当した息子を、自身の保険受取人にしていたのだし。


「この町も再開発事業が開始する。時の流れには逆らえない。仕方のないことだったんだ」


 商店街に最後まで残った店主たちは立退き料をもらい、それぞれ町を離れることになった。

 ただひとり、会長だけがずっと再開発に反対していたが、その会長も鬼籍きせきに入った。


「八方丸く収まって良かった」


 副会長がそう言ったが、その言葉は意味とは裏腹に、とても残念そうな響きを伴うものであった。

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