メロンパンとマグカップ(2)
木曜日。閉店時刻ぎりぎりまで待っていたけれど、シュウトくんもアヤネちゃんもお店に一度も姿を現さなかった。
二人がいつ来てもいいように取りおいていた二個のメロンパンは、当然のことながら売れ残る。取りおきは私が勝手にしたことだから、二個ぶんのお金をレジに入れて持ち帰ることにした。
ほかに売れ残りはでなかったから、今日は全商品完売。ということで上機嫌なモトキさんにあいさつをして、裏口から出たところで思いがけない人に出くわした。
「や、やあ…」
気まずそうに手を上げる、シュウトくんだった。
「どうしたの?二人とも来ないから心配してたんだよ」
「アヤネとケンカしちゃって……」
言いにくそうなシュウトくんに、私は、立ち話もなんだから帰り道で話そうか、と促す。途中まで一緒だし。
「それで、お詫びにうちのメロンパン、って言ってたけど、なにかお詫びしなきゃならないようなことをしちゃったの?」
シュウトくんは、うん、と首を縦に振った。
「アヤネがずっとたいせつにしているマグカップを壊しちゃったんだ」
あ、でも、とシュウトくんはつづける。
「壊したっていっても持ち手が割れちゃっただけだし、それはポーチュラカのメロンパンでチャラってことになったんだけど」
「けど?」
「おとといメロンパンが売り切れだったから買えなくって」
「それはほんとごめん」
私は謝る。まあ、定休日前だから売り切りたいと、数を抑えたモトキさんのせいなんだけど。
「それはいいんだけどさ。あのあと俺が余計なこと言っちゃったみたいで」
「余計なことって?」
「新しいマグカップを買ってやるから、そんな古ぼけたマグカップ捨てちゃえって言ったんだよ。プリントもところどころはがれちゃってたし、あちこち欠けちゃってたからさ。そしたら、アヤネのやつ怒っちゃって」
シュウトくんは道の脇に向け小石を蹴った。
「なんで捨てろなんて言うの。わたしがこのマグカップをずっとだいじにしてるの知ってるでしょ!って」
なるほど。壊しちゃったシュウトくんのほうから捨てちゃえ、というのはないよね、と私はアヤネちゃんの心情に思いを寄せる。
「だいじにしてるのは知ってるけど、なんでそんなマグカップにこだわるんだよ?って訊いたら」
「訊いたら?」
「決まってるでしょ!たいせつな人からのプレゼントだもん、ってアヤネが返すもんだから、たいせつな人って誰だよ?って」
あ、それ口にしちゃったんだ。私は思わず目をみはる。
「そしたら、わかんないの?って、俺のことにらんでくるもんだから、そんなの俺にわかるわけないじゃん!ってつい思っちゃって」
「思っちゃって?…まさかそのまま言葉にしたりは…?」
思わず私は立ち止まる。
「…した。」
つられてシュウトくんも立ち止まる。
「アヤネちゃんはなんて?」
「わかんないならいいよ!って顔をそむけたっきり、一言も口をきいてくれなくなって」
シュウトくんはうつむく。
「アヤネとは物ごころついたときからずっと一緒にいて、知らないことなんてないって思っていたのに。俺の知らないうちにアヤネにとってたいせつなほかの誰かがいたなんて」
シュウトくんは、きゅっとくちびるを噛む。
「しかもマグカップはそいつからのプレゼントだとか…。もう頭が真っ白になっちゃって」
なるほどね、と私は得心する。
「ケンカはいつものことなんだけど、あそこまで怒っちゃうことなんていままでなかったし」
そう肩を落として、
「何がいけなかったんだろう」
しょんぼりとした口調でそうこぼすシュウトくんに、私は告げる。
「もう一度アヤネちゃんとよく話をしてみるしかないんじゃない?」
「でも、アヤネが話を聴いてくれるかどうか」
シュウトくんは目を伏せる。
「それでも、ね。」
話さなければ二人のきもちはすれ違ったままだから。
シュウトくんは少しためらいながらも、私の言葉にうなずいた。
私たちはふたたび歩きだして、そこからは他愛のない話をした。
分かれ道でそれじゃ、と手を振ったシュウトくんの表情は、店の裏口でのそれと比べて少しはすっきりしているようにみえた。