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メロンパンとマグカップ(1)

「メロンパンってもうない?」

 火曜日の午後五時すぎ、店番をしていた私の耳になじみの声が届いた。顔を上げると、近くに住むアヤネちゃんだった。

 アヤネちゃんの隣には幼馴染のシュウトくんもいる。二人とも制服姿であるところを見ると、どうやら中学校からの帰りに寄ってくれたらしい。

「ごめんね。今日のぶんはもう完売」

 私は二人に頭を下げる。

「ほらー、だから早く行こうって言ったのに。シュウトがもたもたしてるから」

「しかたないじゃん。あいつらに呼ばれてたんだから。アヤネとちがって男には付き合いってもんがあるんだよ」

「えーと、何言ってるんだかわかんない」

 アヤネちゃんはシュウトくんをにらみつけるが、彼はかまわずにつづける。

「パンがなければケーキにすればいいじゃない」

「なんでそこでマリー・アントワネットが出てくるのよ?」

「ブッブー!マリー・アントワネットは、ほんとはそんなこと言ってないらしいよ?」

「出たよ。またシュウトのどうでもいいうんちく」

 アヤネちゃんはあきれたようにため息をつくが、シュウトくんはまったくダメージを受けていないようで、

「メロンパンならコンビニでも売ってるし、そっちでもよくない?」

 などといかにもいいことを思いついた、というような表情を見せたが、アヤネちゃんは一蹴する。

「ダメ!お詫びはここのメロンパンって約束だったじゃん!」

 どうやらシュウトくんはアヤネちゃんに何かやらかしたらしい。そして、うちのメロンパンはそのお詫びの品として二人に選ばれたようだ。

「とにかく、ポーチュラカのメロンパン一択!異論は認められませーん」

 アヤネちゃんは不満そうに頬をふくらませるが、さっきから彼女のしぐさはいちいちかわいらしくみえる。はた目からみると、シュウトくんはそんなアヤネちゃんとのやり取りを楽しんでいるようにも感じられた。

「んー。じゃあまた明日来るか」

「言っとくけど、一日遅れるごとに一個追加って約束だからね」

「マジか!」

 会話をつづける二人だったが、今日が火曜日だということを忘れているようなので、私はいちおうくぎを刺しておく。

「明日は定休日だからね。お店開いてないよ」

「定休日かあ…参ったなあ」

「やった!メロンパン三個確定!」

 頭を抱えるシュウトくんの横で、当てつけるように喜ぶアヤネちゃん。

「今日はごめんね。また木曜日においで」

「出直してくる…」

「うん、じゃあまたあさって!」

 様子も反応も対照的な二人は、

「定休日はノーカンにならない?」

「なりませーん」

 そんなことを言い合いながら、店の扉をくぐっていった。

 時計を見るともう午後五時半。お客さんが途切れたいまのうちに、まだパンの載っているトレーをひと所にまとめておくことにした。あと一時間半がんばろう。


 うちのお店は、二人の会話にも出てきた「ポーチュラカ」という名のパン屋さん。午前十時開店、午後七時閉店で水曜定休だ。

 オーナー兼店長兼パン職人であるモトキさんは、私の父の姉の息子、つまり従兄だ。

 私が本格的にここで働きだしたのは、半年前のこと。モトキさんの奥さんであるミユキさんの出産が間近となったためだ。

 私に声がかかったのは、前の仕事を辞め時間の余裕があったことに加えて、ふだんから交流している親戚であり、さらに五年前にお店ができた当初の数か月間、お手伝い程度に働いていたことがあったためだろう。その頃から通ってくれているお客さんの多くは私のことを覚えてくれていたようで、みんな再会を喜んでくれた。さっきの二人も再会を喜びあったお客さんで、五年近くのブランクなどまるでなかったかのように接してくれる。

 このような経緯から、私は、これまですべてミユキさんが担っていたパンの陳列とか接客といった店頭の仕事を任されていた。

 開店当初は、不慣れだったモトキさんに付き従ってパン作りを多少手伝いもしたが、あれからもう五年。慣れた手つきでパン生地をこね、焼いていくモトキさんの前に私の出る幕はなく、いまはよほど大口の予約でもない限り厨房に入ることはない。


 そうこうしているうちに、閉店時刻の午後七時を迎えた。

 いつものように店先のプレートを「CLOSED」に替えて、簡単にあと片付けをしたら、モトキさんにひと声かけて店を後にする。手に売れ残りのパンをぶら下げて。といっても、きょうは定休日前なのでほとんど残らなかったけれど。

 明日は定休日だし、何しようかなあ?なんて考えながら公園沿いの脇道を歩いていたら、ふとブランコに座る女の子の後ろ姿が目に映った。一瞬アヤネちゃんの顔が頭をよぎったけれど、そんなまさか、という思いが強かったのと、早く家に帰りたいという気持ちもあってそのまま通りすぎてしまった。

 その選択が正しかったのかどうか。定休日明けの木曜日、二人がお店に来ることはなかった。


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