ドラマチックな雨
許せぬことがありました。
今や17歳にもなろうという私に対し、父様は「女子供が出しゃばってはいけんよ」と言い放ったのです。
ええ、そうですとも。
確かにあれは私が悪かったでしょう。
煙管をぷかぷかと喫む父に対し、いい加減に働いてはどうでしょう、と言い放ったのですから。
男からすれば、それはそれは悔しく無様な思いをしたに違いありません。
しかし、だからといって、ご丁寧にも「女子供」という冠言葉をつける必要性がどこにありましたか。
私とて、今はもう立派な大人ですもの。
その日は雨でしたね。
家を飛び出し、裏山にある獣道を歩いていると、なんだか、自分が小説か映画の主人公にでもなったようで、心なしかドラマチックな気持ちになりました。
傘を待たずに歩くというのも、悪くないものです。
少しばかり道を歩くと、小汚い木造の建造物が。
小屋、ではない。誰かが住むには、開けすぎているのですもの。
そうか。
これは、バス停だ。
きっと今は使われることもなくなったのでしょう。
役割を終えた建造物は、こうして、誰にも気付かれぬように死にゆくのです。
私はなんだか可哀想で、...いいえ。嘘です。
小説のワンシーンのようで心が踊ってしまい、近づいてみることにしました。
すると。 少し驚いた。
バス停の周りは苔やツタが覆い茂っているというのに、人が座るベンチは小綺麗にされているのです。
まるで誰かが清掃しているように。
「おや、珍しい」
突然の声に、心臓が口から出るかと思いました。
ぴゃっ、という、なんとも情けない声をあげてしまった。
更には、焦って立ち上がったせいか、足をひっかけて派手にすっ転び、おパンツをさらけ出してしまう始末。
嗚呼、死んでしまいたい。
「すまない。驚かすつもりはなかった」
そう言った男は、醜態を晒す私から目を背けました。
男は、今時珍しく青色の和服に身を包み、猫背で立っていました。 背を真っ直ぐにすれば、180センチはありそうだ。
私はなんだか、苛々(いらいら)してしまい、そして同時に、先程の醜態が恥ずかしくって、思わず泣いてしまいました。
17にもなって、すっ転び、おパンツを晒し、挙句の果てに、赤子のように泣き出す。
しまいには、目の前に居る男は初対面ときた。
これはもう、どうやっても救えない。
オロオロとする男に対し、なんだか腹が立ってしまい、私は、怒鳴ってしまいました。
シャキッとしなさい!
男でしょう!
思わぬ言葉をかけられた男は、口を開けてポカーンとして、それもまた、私の癪に触りました。
どこかしら、私のお父様に似ているのですもの。
猫背なところとか、女性に気を遣えないところとか。
もう隠すものなどございません。
私は開き直って、見知らぬ男に全てを曝け出すことにしました。
家で起こった出来事、父のふしだらな生活、などを、勢いに任せて放り投げました。
「俺が君のお父さんに?」
ええ、そうです。
「へえ。 そりゃ、面白い」
何が面白いというのですか。
「そう苛々(いらいら)するな。美人が台無しだ」
...口が軽い男は信用なりませんわ。
「おや。止んだか」
雨がすっかり止んでいたのに、気付きませんでした。
それほどに、ここで起こった出来事が、強烈であったということでしょう。
「そろそろお帰りなさい。 夜の山道は、危険だ」
言われなくともそうします。
「君、傘は?」
...貴方こそ、持っていないではありませんか。
「雨に打たれるのも、ドラマチックだろ」
少しだけ、ドキリとしてしまった。
不覚です。
私は、なんだか男のことが気になって、
また逢えますか。
などと尋ねてしまった。
「雨降る日に、またおいで」
次の雨が、少しだけ、待ち遠しい。