死
<レベルが上がりました>
(まずいまずいまずい)
鬼の咆哮が放たれてから数時間、俺たちは群がる小鬼たちと戦い続けていた。倒しても倒してもその勢いは衰えることなく、むしろ増えているように感じる。
<レベルが上がりました>
(どこから湧いてくるんだよ!)
鬼はすでに後方へ移動してしまいその姿すら拝めない。しかし咆哮は未だ断続的に放たれ、それにつられるように小鬼が集まってくる。
<レベルが上がりました>
<レベルが上がりました>
<レベルが……
戦闘中であろうと空気を読まない通知が響く。ほんの少し前にはレベルが上限に達したハクギョクが強制的に進化させられていた。確認していないが俺と同じなら弱体化してるだろう。
(このままだと俺もそろそろ進化する。そしたら少しの間動けなくなる。鬼に囲まれているし、紙装甲の俺だとその間にボコされて死ぬ!)
死のカウントダウンは確実に迫ってきている。焦りは状況を悪い方へと向かわせる。
ハクギョクもなんとか応戦しているが、一体一体倒していっても全く状況の打破に繋がらない。
(……覚悟を決めるしかない——か。)
俺はハクギョクを骨の間からつかみ出す。突然の行動に体を硬直させるハクギョク。
遠くに視線を向ける。視線の先——小鬼たちの波の向こう側には通路がある。
(それじゃ、行ってこい!)
おおきく振りかぶり——投げられたハクギョクは、綺麗な弧を描いて狙い通り通路へと届けられた。
何匹か小鬼がハクギョクに向かっていく。
(させるか!)
小鬼たちに向かって魔力弾を打ち込み、注意を引きつける。
ハクギョクは状況が飲み込めず、通路の先でウロウロしている。
(さっさと行けよ!)
今度はハクギョクに向けて魔力弾を打ち込み、逃亡を促す。
この後の行動にハクギョクを連れていくのは気がひける。それに、これならハクギョクは確実に助かるならここで躊躇う理由は無い。
魔力弾はハクギョクの前に着弾し、砂埃を巻き上げた。
その間も俺に対する小鬼たちの追撃が終わることなく続けられ、骨にヒビが入り、歯が欠けてしまった。
砂埃が晴れた通路にはハクギョクの姿はなくなっていた。
(ちゃんと逃げたかな? なら、俺も最後まで足掻かせてもらうかね)
ここからは賭けだ。俺は特攻を仕掛ける。親玉を潰せば小鬼もこれ以上増えなくなるはず。
レベルアップの通知はあれから11回……今はレベル12。あと2回––––レベル14に成ったら一気に仕掛けにいく。
思考が加速し周りの時間がゆっくりと進んでいく。極限状態に感覚が研ぎ澄まされて行き、小鬼たちの機微が詳細にうかがえる。
小鬼達を捌き、足蹴にし、首を断ち、魔力弾を撃ち込む。
俺はこの空間を掌握しつつあった。
<レベルが上がりました>
(あと一回)
笑い声をあげられない代わりとばかりに、カタカタと歯を打ち鳴らす。死への恐怖を押し殺しギリギリの戦闘に身をやつしながら、俺は無意識に笑っていた。
初戦闘で手に入れた刀にはガタがきている。元々ボロボロで錆び付いていたが、今ではヒビが入り魔力による強化で誤魔化すのも長くは続かない。
(保ってくれよ……)
しかし、いつまでもこの状態が続くはずもない。現に、鬼は新たな小鬼を投入してきている。
杖を持った小鬼達。火や風、雷——様々な魔法が飛んでくる。
(魔法?!)
この世界に来て初めて自分以外に魔法を使っている所を見た。
なんとかかわしたが、このまま狙われ続けたらすぐにやられる。
(できればギリギリまでレベル上げて特攻したかったけど……)
そう考えている間も絶えず魔法が襲いかかる。小鬼達の間を的確に狙ってくる魔法に何発か被弾し、もうこのまま特攻するしかないかと諦めた時——
<レベルが上がりました>
タイミングよくレベルが上がった。
(ッ! おっしゃ、今だ!)
ベストタイミングで上がったレベル。特攻を仕掛けるなら今しかない。
鬼の前を固める小鬼を蹴散らして行く。ありったけの魔力を込めた一撃に宙を舞い、吹き飛ばされて壁に打ち付けられる小鬼達。道が開け、その先では鬼が目を見開いて固まっている。
(止めだ、オラァァア!)
一瞬の間——そこを逃す事なく最小限の動きで間合いを詰め、刀を振るう。刀が鬼の首を捉え、吸い込まれるようにゆっくりと進んでいく。
(獲った!)
刀が首に届いた瞬間——ピキリ——俺の耳に音が届いた。
パキンッ
破片が飛び散り、折れた刃が頬をかすめる。酷使してきた刀はついにガタがきたらしい。最悪な、このタイミングで。
(なにぃ?!)
刃先を失い腕が空を切る。幸運に救われた鬼は、この隙を逃すまいと宙に浮いた俺の腕を掴み、地面に叩きつける。
倒れ伏す俺に、手に握られている剣を振り上げる。奇しくもボス部屋の鬼が俺にとどめを刺そうとした時と同じ状況。あの時と違うのはカルホネをサポートしてくれるハクギョクの存在の有無。
今ここにハクギョクはいない。周りは敵に囲まれている。
やけに見通しの良い視界の中、鬼が振り下ろす剣を眺めていた。
(……ここまでか)
————グシャリ