N2&N3 人によって人を奪われたものたち
──この世界にいる人間は、どうしようもない。誰もが言うだろう。人気のない倉庫の中でも、赤髪の青年はどうしようないと白い息を吐く。カチューシャのようなもので前髪をあげている。黒い半袖と黒い半ズボンの姿でその場にいた。
整った顔立ちであり、チャラそうだ。しかし、冬なのに寒くないのだろうか。彼の素手には、人の髪のような物が握られていた。いや、人の頭を持って亡骸を持っているのだ。ぼっと青年の手に炎が宿される。髪に燃え移り、燃えていく。炎の中に体が消える。
声がかかった。
「直人」
直人と呼ばれる青年が振り替える。青い髪をしたスーツを着た眼鏡の青年がいた。容姿は端麗で、冷酷な参謀と言えるほどだ。直人は名前を呼んだ。
「どうしたの。誠一くん」
「終わったのだろう? 偽装処理をして帰るぞ」
言われて、直人は明るく微笑んだ。
「ああ、そうだね。うん、仕事を終えて、早く帰ろう」
明るく微笑んだ瞬間に、彼の足と腕。いや、全身から激しく炎が吹き始める。
誠一は出口から倉庫を出ると、影の向きが変わる。
背後には激しい炎が渦巻き、倉庫を燃やそうとしているのだ。港から、鉄橋と工場地帯。町の明かりが見えた。鉄橋にはいつものように車が走る。工場は物を作るのか、廃棄をするために動く。町には、変わりもなく人々が日々を過ごしているのだろう。自分達がしている行いは、日常からかけ離れている。皮肉的に腕を組み、誠一は笑った。
「はっ、本当。俺達と言い、人間てのはどうしようもないな」
誠一は海に近づき──その身を投げる。ばしゃんなどの大きな音はしない。代わりに、ぴちゃんと水音がした。
この世界には、異能力者と言われる者達がいる。彼らが現れたのは、十年前ほど。名を馳せた研究者が人間に、異能力付加を可能にしたのだ。
異能力とは、念力や発火など。人間には備わっていない様々な力ことを言う。異能力者と持つ人間は、人々から恐れられており、犯罪が後を立たない。本来、異能力は人間の未知の領域を生きるために開発されたもの。それを悪用するものは多く、世界の警察と軍隊は頭を抱えているのだ。異能力に対応するには異能力しかない。世界では、異能力の研究をする者は多くいるが、付加の成功は難しい。
ちなみに、異能力の研究に成功した研究者は、既に亡くなっている。噂では禁忌に手を出してしまったからだと言われるが、真相は不明。
さて、本城直人は、茶髪の髪をした明るい青年である。本来は茶髪であり、彼の能力によって赤く染まる。普段は腕輪についている抑制装置を使い、町の定食屋で働く。今日もフライパンを動かして、タレと絡めた肉を炒めていく。彼の料理は絶品であり、町のサラリーマンからもよく頼みにくる。あと、チャラそうな見た目に反して気遣いができるため、女性にも人気だ。
エプロンと三角巾をつけている彼は、炒めた肉をお皿に移して、野菜をのせていく。湯気の立つ味噌汁と漬物。大盛りのご飯を用意して、お盆に置いた。
「はぁい、焼き肉定食ができました。天田さん。これ運んでね」
「あいよ、なっちゃん」
定食屋のおばあちゃんの天田は、直人が働くお店の店長だ。ちなみに、なっちゃんとはあだ名である。今はお昼時であり、お店が忙しくなる。すると、またお店からサラリーマンのおじさんが来た。
「こんちには、なっちゃん。いつもの頼むよ!」
「ああ、成瀬さん! わかりました。ハンバーグ定食ですね」
「おおっ、ここのハンバーグ定食を食べないと昼って感じがしないんだよなぁ」
「ふふっ、僕のご飯を誉めるより、奥さんの誉めていかがですか? いつも食べるハンバーグは、成瀬さんの奥さんから教えてもらったのものなのですから」
「そうなのか!? こ、こりゃまいった」
教えられた真実にサラリーマンの人は怖じけながらも、お店にいる人は明るく笑う。直人はすぐに次の作業に入る。常連さんが頼むものもあれば、新たなお客様が来ることもある。お金も儲かる書き入れ時なのだ。
時間が過ぎるにつれて、客足が少なくなる。
午後の三時になると客は減り、直人もやっと休み時間がきた。誰もいない客席に座って、彼は息を吐く。肩を回していると、天田からお茶とおにぎりを賄いとして出される。
「ありがとうございます。天田さん」
直人は感謝すると、天田は顔を赤くする。
「いいのよぉ、いつもなっちゃんにはお世話になっているから。どんどんもらって」
「はい! 僕は天田さんの鮭おにぎり。大好きです」
直人はおにぎりを手にして食べる。一口食べると、ガラッと定食屋の戸が開いた。
黒髪のスーツを来た青年がやって来た。鞄を持っており、笑みを作って店内に声をかけた。
「こんにちは。お久しぶりです。おばちゃん」
「あら、いっくん!」
いっくんと呼ばれる茨木誠一。茨木にとって、天田は叔母の関係にある。彼も腕に抑制装置をつけており、中に入って戸を閉める。天田は駆け寄って、にこにことする。
「元気だった? ここでゆっくりしとけばいいのに」
「いえ、今日は直人に用があって来たんです」
天田に誠一は答える。直人はおにぎりを一つ食べ終えて、笑みを作る。
「やぁ、誠一くん。どうしたの?」
おにぎりを食べている姿を見て、誠一は呆れた。
「まったく、お前。また」
「良いでしょう? どんなに食べても、太らないし。それに、忘れたくないし」
切なげに笑みを作る直人に、誠一は溜め息を吐いた。また、ガラッと戸が開く。入ってきたのは少女。黒色の三つ編みには赤いリボンをしている。黒い冬服のセーラー服を着た文学少女ようだ。可愛らしい笑顔が特徴であり、挨拶をした。
「ただいまです。おばあちゃん。あっ、直人さん。誠一兄さん。こんにちは!」
彼女は天田雪。
定食屋の天田の孫であり中学二年生。茨木とは再従兄弟の関係にあり、幼い頃の雪を彼は知っている。雪は誠一に可愛がられており、彼を兄と慕う。雪は両親は異能力者の事件で亡くしている。直人とは異能力者事件で助けられており、恩人のような存在である。直人は嬉しそうに笑って、声を掛けた。
「うん、ゆきちゃん。こんにちは、おかえり」
「ゆきんこ。よく帰ったな。おかえり」
ゆきんこと呼ぶ茨木に、雪はぷんすこ怒る。
「ゆきんこではありません。誠一兄さん。もう私は中学生なんです。私を大人扱いしてください!」
「はいはい、ゆきんこゆきんこ」
聞き流して誠一は雪をからかう。からかわれていると知って、顔を真っ赤にして雪は怒ろうとした。この二人の兄妹のやり取りは相変わらずであり、直人は止めにはいる。
「こらこら、二人ともやめて。それにしても、ゆきちゃん。帰ってくるの早いね。部活動で帰るのは、いつもの五時くらいなのに」
話題を変えて、雪に聞く。雪は青春真っ盛りの中学生。吹奏楽の連休で忙がしく、そろそろ大会が近いはずだ。彼女は残念そうな顔をして、顔をあげた。
「実は、学校のお知らせで不審者の情報が入ってきたのです。この辺りに、中学生に声を掛けた不審者がいるのです。私も遭遇しました」
「大丈夫だった?」
心配そうに聞く直人に、雪は頷いた。
「はい。声を掛けられそうになったのですが、何とか逃げてきました」
「……なら、よかったけど、不審者か」
直人はあまりいい顔をせず、天田は雪に声を掛けた。
「雪ちゃん。家の中に入ったらどう? 雪ちゃんの好きな落語。とってあるよ」
「おばあちゃん。本当!? ありがとう! じゃあ、直人さん。誠一兄さん。またあとでお話をしましょう」
雪は家に続く入口に向かう。天田と直人と誠一だけの三人になる。誠一は感謝をした。
「おばちゃん。ありがとう」
「いいのよ。本職関連でしょう?」
優しく微笑む天田に、誠一はまた頭を下げる。彼は直人に話し出した。
「俺が来たのは、言うまでもないだろう。ニコーラから、情報がきた。異能力者の脱走、だそうだ」
「……異能力者の脱走」
直人は険しい顔をする。
異能力者は世間に身を隠して生きている。が、異能力を与えられて性格が急変する人間もいる。与えられる能力によるが、性格が最悪の場合は悪化することもある。どうやら、そのケースのようだ。
彼は鞄から書類を見せる。
「本部から送られた物だ。在日米国軍人ジェイコブ・ジェイソン。男性。洗脳系の異能力を与えられて、性格が急変。悪化して在日米国軍基地から逃げ出す。捕まえようとしたものの、相手に洗脳されて、殺し合いをさせた。米国基地は悲惨な状況らしい。そして、殺し合いをさせた張本人は現在も脱走中。各地で、人を操っては人身事故を起こしている快楽殺人鬼に成り果てた」
ブランウ色の髪をした厳つい男性が写真があった。彼らはある組織に属している。仕事は、暴走した異能力者の抹殺。もしくは、悪用する者達の抹消である。
「……味方で殺し合いか。良い話ではないね」
写真を見て、直人に誠一は頷いた。
「ああ、米国では殺処分をするか、とっておくのか議論中らしい」
「さっさと殺せば良いのにね。向こうは、有意義になりそうなものはとっておきたい。で、僕達に仕事が回ってきたと言うことか」
異能力者は国にとっては有益であり、なくすには惜しい存在だ。直人はおにぎりを食べ終えると、テレビをつける。ちょうど、ニュースがやっていた。キャスターが内容を流し始める。
『一昨日に起きた列車の人身事故ですが、急に中学生が飛び込んだとのらしいですが』
わざと飛び込んだと報じているが、その中学生に死ぬ動機のようなものはなかったらしい。自殺するような要因もなく、いじめなどのものはない。直人は顔をしかめて、立ち上がると天田に頭を下げる。
「すみません。早退します」
「構わないのよ。……無理はしちゃダメよ?」
天田は彼らの事情を知っている協力者。雪には彼らのことを知らされていない。戸を開けて去ろうとすると、急に雪が背後にたつ。直人はびっくりして振り返った。
「あっ、あれ!? ゆきちゃん。どうしたの?」
直人は声を掛けるが、返事はない。ぼうっとした様子で、真っ直ぐと外を見ている。直人は足元を見て、気付く。彼女は、靴を履いていないのだ。
直人と誠一を降りきって、雪はお店から出ていく。
「ゆきちゃん!?」
「ゆきんこ!?」
急に雪が出ていった。呼び止めても反応はなく、直人と誠一は慌てて追いかける。大人と子供の力の差は歴然であり、雪の背後は近くなっていく。が、飛び込もうとしている場所に直人は目を丸くした。
赤信号の横断歩道。彼女が向かっている道路は、大型のトラックや乗用車が速度をかなりだす。飛び出せば、確実に死ぬ。させまいと直人は足に力を込めて、雪の手を伸ばした。
車が来る。恐らく、速度を守らずにかなり早い速度で。そんな赤色の横断歩道に突っ込むまであと、数㎝。
何とか、直人が力強く雪を引き寄せた。彼女を抱き止め、腕の中に閉じ込める。
車は疾走していく。直人はぎゅっと雪を抱き締めながら、雪の顔を見た。彼女は目を瞑って、寝ている。抵抗することなく、彼女は大人しく眠っていた。彼は胸を撫で下ろすが、目付きを鋭くして周囲を見回す。
周囲には、何事かと視線を送る人々がいる。
雪は勝手に死ぬような少女ではない。ならば、誰かが死ぬように仕向けたとした言いようがない。洗脳系の異能力者は遠隔で洗脳できる者はいる。今回の異能力者は、違うと直人は直感する。
近くにいなければ、できない。
周囲には、怪しい動きをする人間はいない。ジェイコブの顔は知っており、すぐにわかる。が、あまり見かけぬところ、変装をしているのだろう。見た目に反して、相手は用心深いらしい。
「……僕の目は節穴かっ……!」
悔しそうにしていると、誠一が追い付く。
「直人! 雪は」
「見ての通り無事だよ。……でも、ごめん。相手を見つけられなかった」
落ち込んでいると、誠一は首を横に傾げる。
「その相手なら、見つけたぞ?」
「えっ!?」
平然と言う誠一に、直人は驚く。誠一は近くにあるファーストフード店を指差した。道路側のカウンターには窓が見える。ハンバーガーを食べ、お喋りをしている客がいた。
「簡単な事だ。相手は遠隔では操れない。なら、事故の様子が見れて、分かりにくい場所にいる。恐らく、この横断歩道から見えるファーストフード店にいるはずだ。雪の後を追いながら、あの店に入って事故の様子を眺めようした。俺達が防いで驚いているだろうがな」
彼は冷静に言う。
すると、店から慌てて出ていく男がいた。コートを着ていても体格が良い。ニット帽とサングラス。マスクをして顔を隠している。が、二人からすると、犯人だと言っているようなもの。唐突の乱入者に相手は予想していなかったようだ。誠一はスマートフォンを出して、電話をする。
スマホから声が聞こえてきた。
《こちら、ニュートラル。どうした?》
女性の声だ。誠一は答える。
「こちらで、ターゲットを見つけた。ターゲットの滞在先を教えてほしい」
《なるほど、わかった。ニコーラが集めた情報をそちらのスマホに送ろう。……やけに、声が険しいな? 茨木》
聞かれて、誠一は眉を潜めた。
「ああ、今回ばかしは、怒りを感じずに入られなくてな。任務遂行の許可を。直人が本気で殺る気だ」
スマホから笑い声が響いた。
《あっはっはっ! そうか、把握した。こりゃ、相手が悪い。良いだろう。N2とN3に任務遂行の許可を与える。抑制装置も外せるように解除しておこう》
「感謝する」
電話を切ると、彼は直人に声を掛けた。
「直人。許可が出たぞ」
「電話からの声でわかっているよ。ありがとう、誠一くん」
直人は瞳を赤くして、雪を抱き締めた。
××地区の空き家は夕焼けが照らされる。壁を殴って、男は悔しそうに拳を握りしめる。
『くっそ! あいつらはなんなんだよ!?』
英語で彼は喋る。今回の女の中学生は可愛らしかった。亡骸も可愛いのだろうと考えて、彼は洗脳の力を使った。考えていることは、狂気の沙汰である。死なせようとしたが、男達二人の手で阻まれた。こちらに一人は気付いていたらしい。男は慌てて逃げて、自分が根城としている空き家に戻ってきた。
椅子に座って、男は息つく。
『けどまあ、ここが相手に知っている訳じゃない。そこは、安心して良いだろう』
『何が?』
英語で話しかけられて、男は振り替える。炎のように髪をした直人がおり、にこやかに微笑んでいた。いつの間にか、直人がいることに男は驚いて、立ち上がる。
『貴方が、ジェイコブ・ジェイソンさん? 異能力者だね?』
『っ!? お前、昼間で見かけた……』
『やっぱり、異能力者か』
直人は納得すると、ジェイコブは驚愕する。
『お前、どうやってここを……!』
『風の便りってところかな? 言葉のまんまなんだけどね』
微笑む彼は、抑制装置が外された手から炎を出す。
『とりあえず、死んでほしいな。君は世間の害だ』
穏やかな笑みに反して、内容は辛辣である。相手は直人の炎を見て、鼻で笑う。
『なるほど、お前も異能力者か。だが、発火系の能力者は洗脳系に敵うとでも思うのか!?』
ジェイコブは瞳を怪しく光らせる。直人は目を丸くすると、びくんっと体が固まった。そのまま、石像のように動かない。洗脳されて、動けなくなったのか。ジェイコブはにやりと微笑んで、コートのポケットから拳銃を出す。額に近付かせて至近距離で、トリガーを引く。
ぱぁん。直人の額に穴がいた。
が。
『あっ!?』
ぼっとジェイコブの背中が燃える。直人の体は倒れることなく、炎を手に持って微笑みを浮かべていた。
『洗脳ね。人なら効くと思うよ? 普通の人間なら死ぬよ。でもね』
直人の空いた穴から、血ではなく炎が吹き出す。
炎の勢いが弱まると、額の穴は綺麗に塞がっていた。普通の人間ならば、額に穴が開いて血を出す。しかし、直人は額に穴が開いても尚、異能力が使えた。いや、異能力と言えるものではない。再生力がある異能力ではない。となると、実弾が効かないと言うことになる。
つまり。
『人じゃないなら効かないよ』
ジェイコブは上着を急いで脱ぎ捨てる。燃え移るのを防いだのだ。背中に火傷は負ったが、酷くはない。直人から聞いた話に、ジェイコブは目を丸くした。
『人ではない……!? ……まさか、お前……!』
指を指し、告げた。
『異能力の原型。禁忌の実験によって生まれた産物。ネイチャーかっ!?』
異能力を生み付与させるには、原型となるものがある。それが、禁忌の研究『人の自然概念化』。人が自然をコントロールしようとした時期があった。火水地風、その他の概念に適正がある人を概念化させる。概念化した者はネイチャーと呼ばれる。ネイチャーとなると、身体能力も化け物級となり、永久の存在とる。睡眠も食事も必要としないが、趣味で取るものもいる。
だが、誰が人間を辞めたいのか。本城直人は人間を辞めさせられた。殆んどのネイチャーは人間を辞めさせられており、禁忌の実験を憎んでいる。同時に、異能力の研究すらも憎んでいた。ニュートラルは異能力者を取り締まる側であり、真っ当な異能力者は殺せない。その為、ジェイコブのような悪用する存在に対して、憎しみを爆発させる。
『火のネイチャー。個体名Nature bodyNo.2。N2かっ!』
怖がれながらも当てられて、直人は眉を動かす。
『……それを知っていると言うことは、軍備関係者に概念化に関わった人間がいると言うことだね? 僕達ネイチャーは人間に戻りたい。さあ、知りうることを吐け』
直人の炎の勢いが激しくなる。
『し、知らない! 俺はあくまでも研究資料を見ただけだ!
研究者も知っているかどうかも知らない。俺はあくまで被験者だ!』
ジェイコブは慌てて言う。正直に告げて助かると思ったのか。直人は無表情になる。彼の瞳には殺意だけがあり、生かす気は更々ない。ジェイコブは相手が人でない超越した存在と認識し、顔を青ざめる。
逃げようとするが、寒気が入り込む。足元が冷えてきたのか、ジェイコブはぶるっと震えた。ジェイコブは目を丸くして、足元を見る。足の殆どが、氷像化していた。相手が後ろを見る。青い髪をした誠一が、氷の足でジェイコブの身動きを封じていた。
飄々とした顔で誠一は見つめ、ジェイコブは息を呑む。
『氷を使う。まさか、水のネイチャー。個体名Nature bodyNo.3。N3……っ!』
背筋が凍りつくほどの目付きで、ひんやりと微笑む。
『ほほう、俺までも知っているとは。つまり、後のネイチャーを知っているのか。なるほど、生かしてはおけないな』
氷を司るのに、ふさわしい冷酷な声を告げる。ジェイコブは恐れおののく。
『化け物……!』
言われて、誠一は鼻で笑う。
『化け物? それは、お前も言えるのか?
洗脳して、人を殺すのを見ていたお前が? 俺達から人を取り上げた人間が、化け物と言えるのか?
俺達からすると異能力を与え、悪用する人間の殆んどが化け物に見えるけどな』
英語で告げたあと、直人に目線を向ける。
「やれ、直人」
誠一は体が透き通っていく。ばしゃあっと水となって弾けて消えた。
「わかっているよ、誠一くん。ゆきちゃんのために生かしておけないしね」
めらめらと直人の体が炎となっていく。彼が炎と一体化して消えると、ジェイコブはその場を動けない。氷が溶けたとしても、周囲は火の海になっている。
『助け……!』
声を上げる間もなく、やってくる炎に飲まれていった。
二日後。昼間、天田と共に雪は今のテレビを見ている。
『××地区で起きた火事は不審火によるものと考えられ、消火された家の中では火事を起こしたとされる身元不明の遺体が──』
「怖いですね……。おばあちゃん。前の港の倉庫でも火事があったのに。あ、でも、あれは、専門家さんによると倉庫の中にある古い電源が発熱したせいでしたね」
雪はしみじみに言うと、ミカンを剥きながら天田は頷いた。
「そうだね。まだ、人がいた時間帯でよかったよ。周囲に燃え移ると大変だもんね」
「はい、たくさんの人に被害がなくてよかったです!」
にこにことして雪は言うが、少しずつ表情を切ないものにする。
「……これとは関係ないのですが、直人さん。なんで、定食屋をやめたのでしょう。しばらく会えないと謝ってきたのは、何ででしょう?」
直人は雪の憧れの存在であった。同時に、直人にとって雪は守るべき存在。
「向こうにも、何かの事情があるんだよ」
事情を知る天田は、ミカンの筋を取りながら誤魔化す。
直人達が、本格的に異能力を悪用する存在を潰しに掛かる為だ。様子見をして見守ろうとしたが、悪用が酷くなる傾向を見かねて動き始めることにした。
ネイチャーが所属するニュートラルは、悪用する異能力者を殺すための国際組織。戦争で多用した場合も、容赦なく鉄槌を下す。彼らは人と人の日常を守るための組織。政府など関係ない。
異能力が付与されると言うことは、その分犯罪も増える。警察すらも、手に終えない場合ニュートラルが動く。人間が手に終えない者は、人でなくなったものが抹消すればよいのだ。
「大丈夫。きっと、また会えるよ」
天田は告げると、雪は瞬きをして頷く。
「うん、きっと会えるよね!」
大好きなおばあちゃんから、雪はミカンを貰った。
昼間のビルの屋上では、直人が抑制装置を見つめている。正常な異能力者は、能力を暴走させないために抑制装置をつける。だが、ネイチャー達の場合は、人の姿をとるためにすぎない。見た目は普通の人になる。ネイチャーは人を辞めているため、睡眠と食事を必要としない。
風に吹かれながら、直人は息を吐く。
「……ネイチャーになっても、心があるのは救いなのかな。誠一くん」
「さあな」
「……ネイチャーから、人に戻れるかな」
「わからないが、ニュートラルのボスが戻れるように研究をしてくれているだろう。いつ人に戻れるのかは、わからないけどな」
彼らは、ビルの屋上から町を見つめる。ターゲットが近くの廃ビルにいるからだ。彼らはネイチャーになってから、十年たっている。本来は三十歳ぐらいの歳を取ってもよいが、ネイチャーは年を取らず見た目は青年と若々しい。直人は時が過ぎていくことに、思いを馳せているのだろう。抑制装置を見るのをやめて、彼は苦笑した。
「あー、やめやめ! 止めようか。こんな話。暗い話は本部に帰ってからで十分!」
誠一は笑みを浮かべた。
「そうだ。帰ってから聞いてやる。今すぐに仕事を終わらせるぞ」
「うん、町中だから誠一くんの力が便りになるけど」
直人は頬を掻くと、呆れられた。
「体術とか使えるだろ、頑張れ」
「あ、はい」
二人の腕から抑制装置が外れる。からんと落ちた。足に力を込めて、彼らは廃ビルに向かって静かに建物を飛び移る。茶髪も赤へ、黒髪から青へと変わった。
廃ビルにいるターゲットは、彼らに気付いていない。気付いた時には、既に遅いだろう。
──この世界の人間はどうしようもない。悪と善。どちらにも傾くのだから。
直人は呆れた笑みを浮かべて、ターゲットに殺意を抱く。彼らは人に戻れることを信じて、悪用する異能力者を狩り続ける。
いつか、長編にしようと考えているものを短編にしたもの。いわば、プロトタイプです。
本城直人は見た目はチャラそうに見えて、穏やかで明るい性格。
茨木誠一は見た目通り、冷酷な人なのですが優しさはちゃんとある性格。まだ土台が整ってない部分はありますが、いつか彼らの物語を書きたいです。