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七日目

 金属の擦れる音が、夢ではないと思い知らされる。


 両手は手枷でベッドに繋がれ、目隠しで塞がれた視界は闇を映す。口には布を噛まされていた。

 声は上手く出せない上に、痺れが取れた今でも動けなかった。


 どうして、マヤちゃん……。


 友達だった、信頼していた、大切だった。なのになんで。


「もう隠す必要ないか。可哀想なシイナちゃんには教えるよ、どういうことか」


 軋みを上げて沈むベッドの感覚。

 彼女がすぐそばで囁く。今までに聞いたことないくらい真剣な声音だった。肌を撫でる吐息に、恐怖で鳥肌が立つ。


「まずアケミン叔父の話ね。あれとは友達なんだ。正確には私がご利用してた便利な道具なんだけど……趣味を共有したら上手い具合に釣れたのー。あの巫女さんの釣り方とか、私が教えたんだよ?」


 頰に触れる冷たい指先。


「ちなみに、あれはアケミンを殺してないよ。まあ自分の神社で死んでくれたから嬉しそうではあったけどね」


 殺してない……?

 湾曲した愛情の末に殺したんじゃないの?


 確かにあーちゃんへ迫ったことや巫女さんの惨状を目撃したこと、得た状況としてはヤバい人だった。

 でもあーちゃんを殺したとは言ってない。殺したかもとは言われてたけど。完全に私の勘違いだ。


「私はね。欲しいものがあったの」


 理解が追い付けない。でも危険なのは分かる。

 足は自由だから蹴飛ばすことも出来るけど、そんなことをしたら逆上してどうなるか分からない。


 どうすれば……どうすればいいの。


「シイナちゃんとニイナちゃん。二人とも手に入れたかった。妹ちゃんはシイナちゃんをゲットすればイージーだったけどさー。シイナちゃんは違うんだもん」


 私と、ニイナが欲しい……? 分からない。手元に置いてどうするの。だって私たちは物じゃない。


「シイナちゃんてばアケミンにベッタリだしー、リリはアケミンと行動してくれるから楽だったけど、地味に邪魔だったしー。もう面倒だから……」


 ふくらはぎを優しくさすり、膝を撫で……内腿にツーっと侵入された。反射的に身をよじり手から逃れようとするが、もちろん今の私には出来ない。


「一年前、二人に教えてあげたんだ。幸せな道を」


 一年前……。何を教えたの?

 聞きたいのに聞きたくない。


「アケミンには“おまじない”を教えたんだ。あの子はシイナちゃんのこと大好きだったから、一生一緒に過ごせるおまじないをね」


 そこで辿り着いたのは、普通ならありえない選択だった。


「賢いシイナちゃんには分かっちゃったかな? 『神社で自分の誕生日に死んだら、神様が好きな人の誕生日に新しい生をくれる。そして一生共に生きられるんだ』って、おまじないを教えてあげたの」


——命を納め、新たな命となり生きることが許される。


 宮司が言っていたことと似ている。

 でもありえない。死ぬことで一緒に生きる?

 それをあーちゃんは信じたの?


「あの子ってああ見えてコンプレックスの塊だからねー。愛っていうか……シイナちゃんよりシイナちゃんに依存してたんじゃないかなー。ホントにやっちゃうなんてねー」


 冗談にしては、とても長い冗談だ。たちの悪いドッキリなら良かったのに。

 マヤちゃんは変わらない調子で続けた。


「リリには何て言ったっけ? えーと、シイナちゃんがリリを嫌いだって言ったかな。あー面白いくらい動揺してたなー」


 そんなデマをいつの間に……!

 確かに方向性が違うし苦手だとは思っていたけど、嫌いだなんて思ったことない。彼女が距離を置いたのはそれもあったのだろうか。


 事件前に何もしていないと言ったマヤちゃんは存分に色々していた。自分の手を汚さない方法で、理解できない望みの為に。


「虫も払えて、晴れて私のもの! て思ったら私を見るどころか、あーちゃんのことずぅっと引きずってるし! 妹ちゃんは前より警戒してるし! いやーこうするしか無かったよねー!」


 猿ぐつわにした布を解き、グッと引き抜く。


 なぜ解いたのか分からないけど声が出せる。思いっきり叫ぼうとした。が、また口を塞がれる。あまりに強引な痛みに顔を顰める。


「ぷはっ……いやー大声は出しちゃダメだよー。ご近所めーわくだよー?」


「い、ま……くち……んんっ!」


 また強引に唇を塞がれ、ねじ込まれる舌。

 はじめてのキスがレモン味とか甘酸っぱいとか聞いたことがある。でも。


 はじめては血の味がした。


 口内が切れたのか唇が切れたのか、血が出てるらしい。舌先に鉄の味が広がってぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。水音が耳の奥を侵して、噛み付くようなキスに息がままならない。


「ふっ……ぅぁ……! や、め……んぅぅッ!」


 いやだ。私はこんなこと望んでない。


「あーすご……ずっとしたかったんだ。やっと私のものだぁ……」


 あーちゃんに死んで欲しいわけでも、リリカちゃんに避けられたいわけでも、マヤちゃんに首輪を付けられたいわけでもない。

 私はみんなで仲良く一緒に生きたいだけだった。ずっと仲良く。


「やっぱり女の子同士じゃ気持ち悪い?」


「そういうことじゃ……っ!」


 なんで壊れちゃったの? なんで——?


 酸素が足りない。考えが巡らない。

 朦朧として、涙が溢れて、苦しい。


 もうこのままでいいかな。私は真実に辿り着けた。これでいい。

 あーちゃんは自殺だった。警察も調べたんだから当然だ。理由はおかしいけど。


 そっと身体の力を抜いた。


 ガタン、と耳に届く音。


「なっ……なんでここに」


「二階って登るのマジで大変だわ」


 何も見えない中で、争う音だけが不安を煽る。

 誰かがここに来たのは分かった。でも誰が……?

 音が消えて、痛いほどの静けさが戻る。


「ったく、痛い目に遭わないとグズでノロマは学習しないの?」


 私をグズと呼びノロマと罵る声音に、安心さえ覚えそうになる。ここに居るわけないのに。


 目隠しが取れ、視界が慣れない。


 月明かりに照らされて、キラキラと輝きを乱反射する胸元。次第にそれがネックレスの光だと気付いた。


 リリカちゃん。どうしてここに……。


 疑問に思う内に手枷が外される。自由となった私にあれこれ聞くことはなく、無言で手を引かれた。床で痙攣しているマヤちゃんを放って。



 *



「スタンガンって初めて使ったわ。ドラマでは首筋に当ててたけど、使い方合ってるのかね」


 スタンガンを片手に首を傾げるリリカちゃん。

 もう片手は私の手を握っていたけど……掴む場所は二の腕に変わっていた。逃げられないようにしてるのかな。


 彼女に助けられた。でも今の私は疑心暗鬼になっている。

 もしかしたら今にでもスタンガンを打ち込まれて、最悪は殺されるかもしれない。そんな考えが脳裏に浮かんでは消える。

 恐怖に足が上手く動かない。彼女に気にした様子はないけど、いつ豹変するか分からなかった。


 沈黙が怖くなって、リリカちゃんの横顔を見上げた。


「……なんで助けてくれたの?」


 こちらをちらっと見た彼女は、スタンガンを仕舞い真っ直ぐ前を向いて歩く。


「悪い?」


「悪くは、ないよ。ありがとう……」


「ウチの連絡を無視してたでしょ。で、あんたの家行ったら帰ってないって言われるし……マヤもコソコソ動いてたから気になってマヤん家行ったの」


「こんな深夜に?」


「……それは……してたから……」


「え?」


 珍しく歯切れの悪い答え。よく聞こえなくて顔を近付けて耳を澄ます。

 彼女は目を合わせようとしないが、かろうじて街灯に照らされた頰は少し赤い。


「ずっと探してたから! マヤに行き着くまで時間が掛かったの! 察しろグズ!」


 パシッと叩かれた。照れ隠しなのは明白だった。暗い中でも真っ赤に染まった顔は良く分かる。

 なんで今まで怖かったんだろう。疑っていたんだろう。不思議なくらい安心する。


「——この前話してた一年前のこと。アケミと口論になってたっつーやつ。あれはホント」


 仕切り直すように切り出した話題は、彼女が話すのを嫌がった内容だ。ほんと、なんだ。


「その内容はあんたのこと」


「え、わたし?」


 頷いて、言いにくそうに口を開く。


「アケミはあんたを優越感を満たす道具にしていた。それが気に食わなかったから止めようとして揉めた。それだけ」


「…………っ」


 なにそれ。それじゃあリリカちゃんは私たちの為に話をしてくれてただけ……?

 リリカちゃんの目線からは、あーちゃんが自分を満たすように私を利用したと見えたんだ。


 たぶんそれは間違いじゃない。


 私は、あーちゃんに依存していた。

 あーちゃんもまた、私に依存していた。


 私は知らないフリをして、この関係を容認していた。


 無言のまま、家の前に辿り着く。


「家族が心配してる。早く顔を見せてあげな」


「ま、待って……」


 このまま離れたら一生会えない、なんてこと無いのに。縋るように袖を引く。大して考えもせず引き留める言葉を探す。


「あ、の、私と……一緒にいて、ほしい」


 気の利いた良いセリフが出てこない。でもどこにも行って欲しくない。

 一人の部屋に戻って、誰かに襲われるかもしれない恐怖が、足元から這い上がる。震えが止まらなくなって必死に彼女にしがみ付いた。今、信じられるのはリリカちゃんしかいない。


「はあ……マジでないわ。彼氏じゃねーっつの」


「ごっごめん……でもこわく、て……」


「…………。服ある? あとクレンジングオイルと化粧水と乳液」


「え……と、たぶん、ある」


「じゃ、さっさと家に入れろノロマ。さすがに暑い」


 ぐいぐいと背中を押されて、遅れて泊まってくれるんだと気付いた。

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