五日目
手の届かない距離。一人の少女が立っていた。
あーちゃんだ。
あーちゃんは寂しそうに微笑む。
私は何もできない。
彼女は健康的に焼けた腕を伸ばす。私に触れようと、届かせたいと、感じる指先。
私は何もできない。
彼女は口を開く。耳を澄ますが、何も聞こえない。必死に声を響かせるも、音の一つ届かない。
私は、何もできないよ。
だって、ずっとあの頃から立ち止まったままの私が、どうにかできるわけがない。臆病で、弱くて、小さい私が。
*
学校を休んでしまった。
お母さんもニイナも心配らしい。
起きないから心配した。顔色が悪い。息苦しそうだった。うなされていた。
そう言って、休むよう言われたのだ。
あーちゃんからの返信はない。
そればかりか、これまで来ていたあーちゃんからのメールが消えていた。ゴミ箱にもない。
幻だったのかも、と思えるほど彼女の痕跡は消えていた。
もしかしたら、今までのことも夢かもしれない。
悪い夢。夢なんだ。全部。
*
昼間寝すぎた。夜に目覚めるなんて。
のろのろ起きて、違和感に気付く。
物の配置が変わってる?
バッグが下に置いてあるし、ノートは出した覚えないのに机に広げてあるし……。スマホはベッドではなく机に放ってある。
寝ぼけてやったのかな。寝てる間は部屋に鍵を掛けてるし、誰かが勝手に入ってくることもない。うーん……。
スマホを開くとメールが来ていた。
相手はあーちゃん、ではなく、リリカちゃん。
珍しい。リリカちゃんからなんて。
『休むなんてらしくないじゃん。陰キャに磨きをかけてるの? どーでもいいけど、一昨日のことで話あるから返信して。別に時間とらないから』
今さら何を話すのだろう。時間を取らないなら今でもいいのに。
そのまま画面をロック。明日でもいいだろう。
とりあえず喉が渇いたのでキッチンに向かった。冷蔵庫を開き麦茶の入ったポットを取り出す。
「あ、お姉ちゃん起きたんだ」
するとニイナがタオルで頭を拭きつつ登場。……お風呂、私も入ろう。
「元気になった?」
「まあまあ。お茶飲む?」
「のむー」
コップに注ぎつつ、ニイナに聞いてみた。今日は私の部屋に入ったかどうか。
「いやお姉ちゃんしっかり鍵かけてるじゃん。入りたくても入れないよ」
「だよね」
入りたいのだろうか。世間でいう姉妹では勝手に服を持ってくようだが、こちらの妹は私の服を勝手に増やす。理由はオシャレしろ、らしい。
とにかく部屋に入ったのは妹じゃないようだ。
麦茶を並々と注ぎ渡す。
「いじわる」
「いっぱい飲めたほうがいいじゃん」
「二回に分ければいーじゃん……」
文句言いつつ溢さぬよう口を近付けて飲んでいた。健気である。
「お姉ちゃんさ、何を悩んでるの?」
妹に心配されるほど分かりやすい衰弱ぶりなんだな。お茶を飲み干して、彼女の頭を撫でる。大体これで黙ってくれる。伝家の宝刀だ。
「私よりお姉ちゃんになったら相談するよ」
「んむー……なんで」
もごもごと口ごもって不服そうに見上げる。
「私じゃ頼りないの? もう大人だよ?」
「今でも十分に頼ってるよ。でも、私が今悩んでることは自分でどうにかしなきゃいけないから」
「…………わかった」
そのままテケテケと洗面所に向かう背中を見送る。
そうだ。自分でどうにかしなきゃいけない。
妹にも、みんなにも心配は掛けてられない。
真実を知る。あーちゃんを助ける。
もう逃げないと決めたのだから、目を逸らさないと決めたのだから、進もう。
今度こそ。