四日目
夏休み前でどこか浮き足立ち、そわそわと騒つく室内。黒板にはデカデカと自習の文字。
私は恐々とメールを開く。
一つは、あーちゃん。
『ありがと。しーちゃんならそう言ってくれると思ってた。信じてるよ。でもしーちゃんは優し過ぎるから気を付けてね。今は助けにいけないから……。アケミより』
もう一つはリリカちゃん。
『もう答える気はないから。それと、これ以上嗅ぎ回るのやめろグズ。痛い目みたいの?』
あーちゃんに対して以外は、万策尽きた感がある。
知るにはあーちゃん自身に聞けばいい。メールの送受信が可能と分かったんだし。
一方で、リリカちゃんを追及するにしてもガードが硬い。ガードを貫ける材料が足りない。材料を探すにもアテがない。
まさか警察に直接聞くわけにもいかないし、あーちゃんの家族にあれこれ聞くのもハードルが高過ぎる。あの事件以降、関わってなかったし。
言われなくても、これ以上嗅ぎ回れなかった。
「進捗はどうだねシイナ君」
「絶不調ですマヤさん」
ぐだーっと机に突っ伏す私と、ツンツンと生存確認するマヤちゃん。
「自習中だよ?」
「自習という名の自由時間である。ま、シイナちゃんは勉強しなくても頭いーからねー。そうやってブーメラン言ってても見逃されるんだよなーうらやまー」
「寝る子は育つから」
「もうそれ以上育たないで! かわいいシイナたんでいて!」
「ぐ、ぐるじい……」
マヤちゃんに散々遊ばれて、周りも自習という名の自由時間を楽しみ始めた頃。彼女はニッコリと顔を近付けた。ちょっと悪な顔。
「今日、遊び行っていい?」
「うん。家は妹しかいないよ」
「やたー! ニイナちゃんを抱きしめられるーっ!」
「ほどほどにね」
妹のニイナ。マヤちゃんは中学生の彼女を気に入っていた。ニイナは苦手っぽいけど。
*
数日はあれこれ考えてたし、あーちゃんからのメールが来るまでは休もう。最近、眠気が酷い。身体の疲れより精神的な疲れがものすごい感じ。
そうしてベッドに倒れ込む。
「て、お姉ちゃん! たすけて!」
ドタバタとうるさい。そちらの救難信号は助けるほどではないのだ。無視。
「まーまー二人で仲良くにゃんにゃんしましょーねー! ニイナちゃんだって楽しみにしてたでしょー?」
「離せ変態! 私だってマヤ姉ちゃんが来るって知ってたら友達の家に逃げてたもん!」
「えー不純な交遊するフレンドは私にしよーよー」
「やだ!」
「じゃあお姉ちゃんも付けるから、ね?」
「むー……やだ」
勝手にオマケ付けされた上にフラれた。
ていうかニイナの友達って不純な交遊するの? お姉ちゃん少し心配になってきた。
「しゃあない。姉のほうで我慢するか……だーいぶ!」
「ぐえっ」
勝手に我慢されてるし。
飛び込んで来たマヤちゃん。お、重い。亀のようにのし掛かるもんだから息が苦しい。
「ちょっ、マヤ姉ちゃん!」
「んんんー? お姉ちゃん寝取られる気分はどうだいニイナさんや」
「どんな爛れた関係なの。てか体重前より増え——」
「でさ、シイナ探偵はどこまで分かったの?」
妹のいる前で話して良いのだろうか。ニイナは必死にマヤちゃんを引き剥がそうとしていた。力ないから無理だね。
「どこまでも何も、全然。リリカちゃんは話してくれないし……昨日も神社に行ってみたけど手掛かりはないし、自殺の理由はさっぱり」
「神社に行ったのー?」
「うん、宮司さんと巫女さんに会ったよ」
「へぇー。確かあの神社の宮司ってアケミンの叔父さんだよねー」
「……え?」
今、なんて言った?
「あれ、知らなかった? アケミンの叔父さんが神職を引き継いだって。お父さんは普通にサラリーマンだけど」
「そう、だったんだ……知らなかった」
「まあアケミン自身に関係ないもんね。私も話の流れで聞いただけだから、間違ってるかも」
正しければ、神社で死んだのは意味があったのかもしれない。そして新たに矛盾が生まれる。
*
「また来たの」
「来ちゃいました」
神社前、巫女さんが顔をしかめていた。
昨日の今日で現れたのだから当然だろう。
でも聞きたいことがあった。
「宮司さんに聞きたいことがあって来ました。お邪魔しますね」
一礼して通り過ぎようとする。しかし。
「待って」
巫女さんは血相を変えて腕を引く。焦りに滲む表情に確信を得る。彼女は何かを知っているんだ。
手を引かれ、神社から少し離れた木陰に移動。
彼女の言葉を待つ。
逡巡の後、意を決したように肩を掴まれた。
「あの人に近付いたらダメ」
あの人、が宮司さんを指してるのは明白だった。どうしてかは分からないけど。
「なぜですか?」
「……あなたの友達は、あの人に殺されたかも、しれない……」
息を飲む。あーちゃんが殺された?
無言で急かすと、周りを気にしてから小声で続けた。
「あの子を愛していたの。正直、歪んでいると言ってもいいくらい」
「お姉さんはなんでそのことを……?」
「迫っているところを見たのもあるし。事務所のパソコンで、たくさん盗撮したデータを見ちゃって……」
青ざめた苦い顔で震える。彼女が辞めない理由も察してしまった。知ったことを知られたから、逃げられないんだと。
脅されて捕まった。言外にそう伝わる。
「だからあの人に関わらないで、あなたが危ないから」
遠ざけようとした理由は、新たな犠牲者を出さない為だった。
結論から言うと、知ってからの記憶はない。
ただ一つ分かること。私は——彼女を助けることも、宮司さんを問い詰めることも、できなかった。何もできなかった。
臆病者は逃げるしか道はなかった。
逃げ帰って、妹の呼び止める声も無視して、着替えもせずベッドに潜り込んで……忘れるように眠りについた。
何もなかったんだと。