表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

三日目

 蒸し暑い室内。生温い風が頰を撫でる。


 汗が酷い。こめかみから首へ流れる滴を拭って身を起こす。


 寝苦しかったのか寝返りも酷かった。シャツもベッドも乱れ、挙句はベッド下で寝ていた。ちょっと酷すぎる。


 いつものように準備をしながらスマホを開くと、気付かない内にメールが来ていた。


『ごめんね。しーちゃんにツラい思いさせてるよね? 見つけてとかたすけてとか、一緒にいたいなんて……あたしのワガママなのにね。しーちゃんは何も悪くない。だから、もう気にしないでね。アケミより』


 あーちゃんからだ……。気遣い屋なところも変わらない。

 彼女は幽霊としてメールを送ってるのかな?

 彼女のアドレスではないし、試しに返信してみようかな。


『あーちゃんは私が見つけるよ。絶対に一緒に帰ろう。シイナより』


 送った文面は短文で単純なもの。

 送信完了したらしい。無事に出来たようだ。


 絶対に見つける。現実から目を背けるのは、もう止めるんだ。



 *



 神社の境内はガラガラで人がいなかった。平日ならこんなものだろう。

 夕方でも日は高い。暑さは少し収まってるものの、じんわりとした汗で髪が張り付く。


 手水舎で清めてからお参りを済ませた。今からあーちゃんが命を絶った場所へ向かう。一年前は見に行く勇気が一つも無かった場所へ。


「おや、こんにちは」


 振り向くと男性が微笑んでいた。優しげなおじいさんって感じだ。格好から察するに神社の人だろう。宮司さんかな。


「こんにちは」


「はは、若い子が来るなんて珍しいから、ついつい声を掛けちゃったよ」


「それは……その」


 事件があったから客足が遠のいた。暗にそう言っているような気がした。宮司さんは察したのだろう。困ったような微笑みで、手を振る。


「そうそう。一年前のでね。アケミちゃんには何の罪もないのにね」


「……えっと、見つけたのって宮司さんなんですか?」


「いいや、働いてくれてる女の子だよ。彼女に聞いて初めてその子を見つけたんだ。びっくりしたね。まさかここでとは」


 彼の曇った表情にズキッと胸が痛む。

 曇らせたこともそうだけど、本当のことだったんだ、という確信を得てしまったから。嘘ではなかったから。


「何か話されてるんですか?」


 視線を上げると、巫女さんがやって来た。竹箒を手にしたお姉さん。大学生くらいかな。割と若い。


「一年前のことだよ」


「……っ、そうでしたか……」


「ごめんね。君も見ちゃったから思い出すのも苦しいだろう?」


 この人が第一発見者。顔を歪めているところを見ると、本当に痛ましい場面だったのだろう。


「実は私、彼女と友達だったんです。だから彼女が最期に来た場所に来ようと思って……」


「そうだったのかい。君も辛かったろう。私で良ければその場所へ案内するよ?」


「わ、私も!」


 宮司さんと巫女さんの申し入れに少し考える。

 案内してもらわなければ、正確な場所は分からない。


「よろしくお願いします」


 案内してもらおう。

 彼女の最期の場所へ。



 *



「ここだ」


 草が生えただけの地面には打ち付けた木材と、手向けれた花のみ。


 少しだけ不気味だった。


 しゃがんで地に触れる。

 彼女が死んだと実感するものはそれだけ。思った以上にショックはなくて、逆に不思議なくらいだ。もっと涙が出るくらい辛くなるものだと思っていた。


「——命を納め、新たな命となり生きることが許される」


「どういう意味ですか?」


「私のお爺さんが言っていたんだよ。死は悪ではないとね。輪廻転生の概念だろう。ただ、君の友達は早過ぎた。死は悪でなくとも、周りの人にとっては失うことだ。哀しいことに違いない。でも死は終わりではないと思うよ。きっと彼女は幸せだろう」


「…………。そうだと良いです」


 月並みな言葉だけど、彼女が死を迎えることで私の世界は色を失った。


 そして今は彼女の救難信号を知った。


 慰めの言葉を、素直に受け止めることは出来なかった。


「彼女は……首を切っていたの。近くに血塗れたナイフが落ちていて、倒れていて……頭が真っ白になったのを覚えているわ」


「そう、だったんですね」


 自ら斬首する行為。私なら恐怖で、首に刃を当てることさえ出来ない。それを彼女は……?


「ごめんなさい。私はお掃除に戻りますね」


 巫女さんは謝って、すぐに立ち去ってしまった。その顔は青ざめていた。


「彼女にはトラウマなんだ。よく今も働いてくれてるよ」


「あんなことがあっても辞めないんですね」


「……優しい子だからね。ここの掃除だけは私がやっているから、平気なんだろう」


 ここでは彼女が死んだ理由は見当たらない。

 やっぱり身近な人に聞いてみる必要がある。


 リリカちゃんに、ちゃんと話を聞かなきゃ。


「ありがとうございました」


「お役に立てたなら良かったよ。またいつでもおいで」


 拝殿を背に鳥居をくぐる。

 掃除中の巫女さんと遭遇。幾分か血色が良くなっていた。


「あの、ありがとうございました」


「いえ……さっきはごめんなさい。思い出したのもそうだけど、もっと早く見つけられたらって、色々考えちゃって」


 暗く表情が落ちる。

 私も同じことを考えていた。もっとどうにか出来たんじゃないかって。後悔が先に立つことはないのに。


「お姉さんのせいじゃないですよ。私は友達なのに何も出来なかったんです。気付けなかったんです……。今さら現実を見て怖がってる私より、今もここで働いているお姉さんのほうがスゴいですよ」


「それは……私は別に……」


 巫女さんは苦しそうに言い淀む。何だろう。チラリと境内を眺めた彼女は、スッと私に近付いた。


「もう神社に来ないほうがいい」


「え?」


「もうここで友達の……あの子の最期の場所は見たんでしょう? だったら来ることもない。ここはお墓じゃないのだから」


「そうですけど、なんでいきなり……?」


「神様が人に優しい存在とは限らない。神聖なモノとは限らない」


 有無を言わせず背を押された。


「友達の分までお元気にね」


 巫女さんの複雑な声音に、ついぞ問うことは出来なかった。追及する言の葉を飲み込んでしまう。

 後ろ髪引かれる思いで神社を後にした。



 *



「遅い」


「ご、ごめん」


「久しぶりにメールあったと思ったら何。勝手に呼び出して待たせて、んで辛気くさい顔でトロトロぐずぐずやって来て、あーマジでうざい」


 神社を後にした私は、カフェに来ていた。


 外の熱気とは別世界で落ち着いたのもつかの間、お相手はお元気にお怒りでした。

 神社のほうが早く済むからって、こっちを後回しにするべきじゃなかったかも。反省しつつ改めて向き直る。


 テーブルに肘をつきスマホ片手に、イライラと貧乏ゆすりする彼女こそがリリカちゃん。まだ夏休み前だというのに、堂々と髪色を抜くのは尊敬する。


 ギロッと睨まれて目を逸らす。やっぱり怖いよ。


「で、なんなの? ウチはあんたと違ってヒマじゃないの。さっさと用件済ませてくれる?」


 画面を見ながら、つまらなさそうにスワイプ。


 あからさまな嫌がり方だ。壁の高さに溜息が漏れそうになる。けど真実を知りたい。

 席に着いて切り出そうとした。が、店員さんがやって来てしまう。


 なぜかアイスカフェオレとアサイースムージーが置かれた。


「リリカちゃん?」


「なに」


「頼んだ覚えないけど……」


「頼まなきゃ店の人に迷惑でしょーが。どうせカフェオレカフェラテカプチーノで悩むんでしょ。ゆーじゅーのノロマに選ぶ手間を省いてあげただけ。なんか文句ある?」


「ない、けど。私が悩むラインナップを覚えてるんだなーって」


「あ?」


「……なんでもない。ありがとう」


 あまり刺激するのは得策じゃない。怒らせる前に有り難く飲むことにした。一息ついて、こちらを覗き込む視線に萎縮する。


「なんでビクビクしてんの。ウチが脅してるみたいじゃん」


「ごめん……久しぶりだから、ちょっと緊張してる」


 元々、人見知りで臆病な性格。

 彼女のように友達が多いわけでも、強く堂々としてるわけでもない。一年前のこともある。緊張しないなんて無理な話だ。

 と、ここまで考えて頭に衝撃が走る。


「緊張、とけた?」


「いたい……」


 なぜか私にだけ暴力を振るうところも健在だった。他に方法なかったかな。


「その、ありがとう」


「手を挙げられて感謝言われるのあんただけだわ。はーどうでも良いから早くしろ」


「えっと、一年前のこと、聞きたくて」


「…………」


 押し黙る彼女の顔まで見ることは出来ない。


 ボタンが三つほど開けられたシャツから、胸元が見えていた。ネックレスが下がっている。ついでにブラも少し見えている。グラスを掴む手には指輪とブレスレット。

 どれも校則違反だ。とても真似できない。


「本気で言ってる?」


 いきなり覗き込まれた。咄嗟に声が出ずコクンと頷く。


「だからムカつく顔してたんだ。納得」


「うっ……。事件のことをどこまで知ってる?」


「アケミの誕生日にアケミが神社で死んだこと」


「じゃあ、なんで死んだか知ってる?」


「——知らない。知ってたらどうにか出来たでしょ」


「うん……。じゃあ事件前後で何かおかしなこととかあった?」


「そんなの警察が調べてるでしょうに。何もない。関係が変わったくらいじゃないの?」


 マヤちゃんに聞いたことと変わらなかった。

 一部を除いてだけど。


「事件前にあーちゃんと口論してたって、本当?」


「…………」


 彼女の表情が分かりやすく固まった。

 まるで逃げていたことと遭遇したかのように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ