一日目
「八百万の神だって」
「やおよろずってなあに?」
「いっぱいって意味だって」
「すごい! じゃあいっぱい神さまがいるから、私たちは幸せだね!」
「うん!」
神様なんていない。
だって、あーちゃんを助けてくれなかった。何も悪いことをしていないのに、助けてはくれなかった。神様の祟りなら、どんな悪いことをしたのか教えてほしい。
「しーちゃん。あたしね、しーちゃんに……なりたい」
「え、どうしたの?」
「願望を述べただけでござる。しーちゃん頭いいし可愛いし!」
「願望って、ふふ。私だってあーちゃんになりたいよ。明るくってみんなに好かれてて、キラキラしてるもん」
「わーそんな風に見えてるの?」
「うん。変かな?」
「んーん、うれしい!」
「わっ……いきない危ないよー」
「へへー」
あーちゃんは本当に輝いていた。私とは違って社交的で、何でも出来て、リーダーシップに優れていた。幼馴染であることを誇ってしまうくらい。それなのに、おかしいよ。
「あーちゃんが死んだ……?」
「そう。神社の裏で倒れてたそうよ。自殺ですって」
「う、うそだ。死んだなんて、あーちゃんが、自殺なんて」
「私も信じられないけれど、警察の人が言うならアケミちゃんは——」
違うよ。あーちゃんが自ら死を選ぶなんてありえない。だって一番近くにいて、彼女を見て来た。そんな自殺するような状況になかった。
どうして?
神様、あーちゃんを返してよ。連れて行くのはあーちゃんじゃない、出来損ないの私を連れて行って……。
お願いだから返してよ——。
「シイナちゃん!」
「わわ」
鼓膜を揺らす声に心臓が一際跳ねた。
びっくりしながら目を瞬く。顔を上げた目の前には、友達のマヤちゃんが居た。周りを見渡せば教室。夕日に照らされた室内にクラスメイトが数人。
放課後の教室で間違いない。
「シイナちゃんってば寝過ぎ。いくらなんでも余裕見せすぎじゃない?」
「うっ……睡魔に勝てなくてつい……」
「最近いつもそんなんじゃん。悩み事?」
「そういうわけじゃないよ。帰ろ」
マヤちゃんと下校して、部屋でゴロゴロ。
約一年前、親友のあーちゃんが死んでしまった。
死因は自殺。原因は不明。
私はずっと、あーちゃんのことを忘れられずにいる。
一番近くに居たはずなのに、分からなかった。彼女のサインに気付けなかった。
ふとした瞬間に彼女の声が、彼女の笑顔が、脳裏に浮かんで——消えない。夢にまで見る彼女の幻。
幻でなければ、苦しくならないのに。
ベッドの上、ころんと寝返る。
視線には写真立て。修学旅行に行った時の写真が飾られていた。私とあーちゃん、マヤちゃんとリリカちゃんの四人。
四人グループの友達だった、と思う。
疑問形になった理由の一つは、もうバラバラだから。
あーちゃんが居た時は、彼女がまとめてくれたから成り立っていた関係。居なくなったら……リリカちゃんと交流は無くなり、マヤちゃんと私だけが唯一の友達となってしまった。
元々、リリカちゃんは私のことを好んでなかった。たぶんあーちゃんと仲が良いのを快く思わなかったのだろう。あーちゃんが接着剤だったんだなって、今さらのように実感する。
もうあの頃とは違うのに。
陰鬱な気分を振り払う為に、スマホに手を伸ばした。いつものようにメールを確認。
すると差出人が分からない新着メールが入っていた。
「迷惑メール、かな?」
内容を見てみる。
それは、声を失うには十分のことで。
思わず画面を閉じてしまうほどで。
『しーちゃん、あたしを見つけて……たすけて……。一緒に帰りたい。一緒にいたい。だからお願い! 見つけてほしい。アケミより』
彼女の肉声がすぐそばで聴こえているような錯覚を覚える。実際に、近くで囁かれてはいないのに。
苦しくて、息が難しくて、涙が流れる前に寝ることを選んだ。