骨と怖いおじさん
ばななはおやつにはいらない派です
ボニーとスケベイを残し、クライドはナグル族の屋敷の中
―敵地のようなものだ―に一人連れていかれた。
屋敷内の一つの部屋に通されるとそこには、既に人がいる。
白いひげを蓄えた老人だが、眼光の鋭さや雰囲気が
ただ者ではない空気感を醸し出している。
例えるなら、とてつもない頑固おやじか、
気難しすぎる職人の棟梁といったところか。
おそらくこの人がナグル族の当主、
ワズム・ナグルであろう。
「イコン族の使いで来ました。クライドと申します。
本日はおいそが・・・」
と言おうとすると(社会人のマナーです)
「そちらのシーノ殿と我が息子の婚姻の件であろう?
婚姻解消してくれ。であろう?」
クライドは目をぱちくりさせた(骨だからできないけど)
「イコン族が魔王様付きの騎士と盛んに
やり取りしておるのはとっくにつかんでおるわ。
お主らの首でも切ってそれで手打ちでも
と考えておるのであろう。お主らは生贄といったところか」
全部お見通しじゃん。非常にまずいじゃん。
どうしよ、どうしよ。
「ワシらよりも価値ある相手ができましたから、
そっちへ行きます。捨て駒そっちへ贈るんで
その首でもとってくださいよ。か?」
「ふざけるな!!!!!」
烈迫の気迫がクライドに浴びせられ、クライドは
ヒエッと首をすくめてしまった。
「たしかに婚姻は利害の要素もあろうが、
それだけではあるまい?そんな味気ないものではなかろう?
それに、手打ちの首にしても格というものがあるであろう。
イコン族となんの関係もない、使い物にならぬ者。
そんな捨て駒を送るなど
誠意のかけらもないではないか!!」
恐怖感と、使い物にならない。
ワズム・ナグルのそんな一言で
クライドは思考停止してしまい
ぼーっと冬二のころのことがフラッシュバックしていた。
「オマエつかえねーな、ほんと役立たずやな。」
「使えないやつのくせに食べる飯はうまいですか?」
「つかえねー、ほんまつかえねー」
使える、使えないって何だよ。
俺はお前らの道具なんかじゃない。
お前らに評価される筋合いもなければ
使われるつもりもない。
クライドの眼窩は空洞だが、そこに赤黒い暗い炎のような
ゆらめきがやどった。
確かに理不尽はイコン族であるが、
そもそも俺は全然関係ない。
なのに自分の命は風前の灯火。失うものは何もない。
もう腹くくって、やりたいようにやってやるわ。
とクライドは開き直り、ワズムへ向かい合う。
「使い物にならないというのは、どういった点からの
ご判断でしょうか?」
クライドは静かに、深く言葉を告げた。
ワズムの表情が一瞬ひいたような気がしたが
気にせずに続ける。
「今回のお話、たしかに一方的な理不尽なお話でしょう。
怒りもごもっともです。
ですが使いできた者、ましてやその命を代償として
取ろうとしている相手に対して使いものにならない
というのはどういった料簡でございましょう?
ワズム様にとって
誰かのために命を散らそうとする覚悟をもった者は、
使えぬ者ということでよろしいですね?」
「いや、そ、そういう意味では、、」
急激にワズムの勢いがなくなっていくのが感じられた。
ここで攻めるべきか?
とさらに畳み掛けようとしたクライドだが
ふと、ワズムを見ると
単なる年寄りにしかみえなくなっていた。
もうちょっと正確に言うと、
一族みなの命を背負った悩める当主
イコン族の当主エイトと同じ苦悩を感じさせる
ごく普通の人物という印象へと変わっていた。
みんな何かの事情で悩んでる。そう考えると、
相手から使えないヤツ扱いされる筋合いは無いが、
こちらからも責め立てる筋合いもないものだと
少々の哀れみを持ったクライドは、ふとサラリーマン時代の
適当男と思っていた先輩
のことを思い出していた。
「そうですね~」
「そうですね~」
「いやいやホントに、たいへんですね~、ヌッハッハッ」
という相槌をうつだけの適当男と思っていたが
どういうわけか仕事がうまくいく先輩。
一切否定をせずに相手の話を聞き出す適当先輩タカダ。
クライドは、今この場で必要なのは適当先輩タカダのように
調子よく相手の話を聞くことじゃないか?
と思いためしてみることにした。
「ワズム様、使えぬ者扱いで思わず激高してしまい
申し訳ありませんでした。
確かにワズム様のお怒りごもっともです。
私は、ワズム様はどんな相手であれ軽視されるような
方ではないと思っております。しかしながら当家のエイトは
一族の全てを背負って悩んでおります。
愚考かもしれませんがワズム様も苦しみが
あるのではございませんか?」
ワズムは、ぽつりぽつりと身の上話をし始める。
本来なら、うんうんと適当に相槌をうつのが
適当先輩タカダ流なのだが、
どの話も貴重な情報源であることに気づいたクライドは、
適当に返答するのではなく、思わず質問をしまくった。
時には、非常識な質問もあったかもしれないが、
ワズムはクライドを無知な坊やのようだと思ったのか
丁寧な説明をしてくれる。クライドもそれを一生懸命きく。
どれくらい時間が経過したであろうか、
クライドにとってワズムは無骨で不器用だが
決して悪い人ではないおじいちゃんだ
と思うようになっていた。
一方ワズムの方はというと、
最初の頃の怒りはすっかり消え、クライドと
打ち解けた会話をするようになっていた。
今日出会ったばかりではあるが、
あどけなく全てを一生懸命聞こうとするクライドに
自分の持っている全てを伝えたい。
理由はわからないが、なぜかそんな衝動に駆られていた。
かなり長い時間話し込んだ後、ワズムが切り出す。
「クライド殿、イコン族との婚姻の件、
無かったことで構わない」
「えっ?」
「だがそれだけでは我々のメンツがたたない。
故に、今後しばらくは、イコン族とナグル族のやり取りは
全て、クライド殿を通してしか行わない
ということでどうか?
一時的ではあるが、正常な交流をなくすことで
婚姻の件の幕引きとする。
ただし本当に交流をなくしては差支えがあるため、
クライド殿を通すことでこれまで通りの関係を維持する」
「え?ナンデ?」
クライドは、あほ面で思わず言葉を発してしまう。
ワズムは、丁寧に説明をしてくれる。
イコン族から婚姻を破談されたことで
信頼が揺らいでいるのは間違いない。
そこで、ワズムにとって信頼できる存在を間にはさみたい。
それがクライドだ。
ということであった。
「え?ナンデ、ボクデスカ?」
クライドはあほ面をさらすがワズムは
にこやかに説明をしてくれる。
「クライド殿、気が付いていないかもしれないが、
もしかしたらお主は強大な力を持つ存在に
なれるかもしれない。
今現在力があるわけではないが。可能性が少々ある。
ゆえに、今のうちによしみを通じておけば
もしかしたらナグル族にとってプラスになるかもしれない
という打算が理由の一つ。
そして、なぜかワシはお主に色々としゃべってしまい
気に入ってしまったのだよ。理由はさっぱりわからんが」
なにそのほめてるのかほめてないのかよくわからない理由。
と思っていたら
「この件は正式に手紙をしたため早急に伝言するゆえに、
よろしく頼んだぞ、クライド殿」
と言われ、頼みに来たつもりが、なぜか頼まれてしまった。
■
手紙ができるまでの間、ナグル族の屋敷の中でクライドは
しばらく待たされたが準備が整うと特に問題なく、
屋敷の外へと案内された。
来たときとは全然違う雰囲気な気がした。
屋敷を出ると、スケベイ、ボニーが待っていた。
ボニーがすごい勢いで抱き着き、
スケベイもクライドの手をとると、ぶんぶんと振った。
「よかったー、よかったよー、
殺されてるかと思って心配したよー」
「んだんだ、よかったべ、よかったべ、
出汁にされなくてよかったべー」
なんだかんだで、まぁとにかく丸く収まったのかな?
ということでクライド、ボニー、スケベイの一行は
ナグル族の屋敷を出発する。
バナナはおやつに含まれるか否かは結論が出なかったが
ともかく3人はイコンの屋敷に無事戻ることができた。
屋敷に戻ると、当主エイトとシーノ、
他にもイコン族の面々が笑顔で入口に立って
3人を待っていた。
「よくやったぞ3人とも!」
今まで見たこともないような笑顔でエイトが出迎える。
「ほんとうに」
シーノもとても喜んでくれている。
え?ナンデ?とクライドがあほ面をさらすと、エイトが
「ナグル族からの伝言がもう届いておる。全て聞いた。
頼んだぞクライド!」
頼んだぞってナニヲ?とクライドがあほ面をさらすと、
シーノが
「ナグル族とイコン族の仲介にあなたがなるそうですね。
素晴らしいですよ」
あ、そうだった、すげー重要な役割をすることに
なったんだったと気が付きクライドは
一瞬ゾッとしてしまった。
そして、シーノがボニーとスケベイの二人にも声をかける。
「二人ともよく帰ってきてくれました。
クライドを守ってくれてありがとう」
え?守るってドウイウコト?
とクライドがあほ面をさらすと、
シーノが
「ボニーとスケベイ二人には、命の危険を感じたら
どんな手段を使っても良いからクライドをつれて逃げなさい
と言っておりました。これは願いではなく命令としてです」
え?何ソレナニモキイテナイヨ?
とクライドがあほ面をさらすと、
ボニーが
「話する前に、クライドがぶっちぎって
ナグルの屋敷に入るから、あたしスゲー焦ったんだからー」
と半泣きでクライドを見つめる。
スケベイも、んだんだとしたり顔でうなずくのが
ちょっとうざい。
なるほど、どうやら自分一人で何とかしなければならない
というのは単なる自分の思い上がりだったようだ。
シーノが、そうだったとばかりに手を打つ。
「そうだ、クライド、族名がまだでしたね。」
え?シーノさま、今このタイミング?
ネーミングが残念プラス、タイミングも残念なの?
と思っていると
「スケルターというのはどうですか?
クライド the スケルター」
お?タイミングは残念だけど、
ネーミングはなんだか残念じゃないぞ、
いいんじゃない?と思った。
するとエイトが
「スケルターというのは、あわて者、忘れっぽい者
という意味があるな。クライドはスケルトンであることと
そこらへんをかけたネーミングかな・・・」
というとシーノが微笑み
「そうです。あわてんぼさんなスケルトンで
スケルターです」
と答えた。
やっぱり少々残念なネーミングなんだね
と思いながらも、なぜかうれしくなり
スケルターという名前を受け入れることにした。
「スケルター。俺の名前は、
クライド the スケルターです」
この一件以来、イコン族の屋敷の人々が自分のことを
なんとなく迎え入れてくれるようになった気がする
クライドであった。
しかしそれは今回の成功によって
認められ周囲が変わったというよりも、
クライド本人が開きなおり、やけくそかもしれないが
自ら心を開き、第一歩を踏み出したからだ。
ということをクライドは気が付いていなかった。
なまえをてにいれた




