骨の名は?
あおい人がやってきました
「ん?ここどこだ?」
冬二は気が付くと、豊かな調度品が並ぶ部屋のソファに
横になっていた。
―客室だろうか?―
「あれ?俺どうしたんだっけ?」
身体を起こし、きょろきょろ回りを見渡していると部屋に
先ほどの馬上の男と、その後ろに女性が並んで入ってきた。
「あぁ、気が付かれましたか、よかった」
女性―シーノと呼ばれた馬車の中の人―
は、冬二にニッコリと笑いかける。
色白で物静かな感じの、清楚、おしとやか
という表現がぴったりとくる雰囲気の人であった。
なんて美しい人なんだろう、とは冬二の感想。
「おぬしはどこの何者だ?名は?」
と男の方が声をかける。
イコン族に連行されてる途中でフードの男に襲い掛かられて
それから気が付くと、この部屋に寝ていた。
混乱
今の冬二の心境だ。
ゆえに何も答えることができずにいる。
「言えぬのか?名を名乗るのがまずいという立場か?
それとも、恐怖で何も言えぬか?単なる人見知りか?」
男が矢継ぎ早に質問を投げかけるも
何も答えることができない。
「暗いやつめ」
と男がぼそりとつぶやいた。
その瞬間冬二にフラッシュバックが起きる。
会社員時代のことだ。
目の前にガタイの大きな男、カツシマが立ち
がなり立てている。
「なんで何も言わんのや?あー?」
「オマエ、口ついてんのか?
なめとったらあかんど?おー?」
「下向いててもわからへんど?あー?」
そんなに暴力的に問い詰められたら答えたくても
何も言えなくなるだろうが馬鹿かてめーは?
と言いたい気持ちをグッとこらえ説明しようと顔をあげた時
「ヘタレが、暗いやつや、おどれ、暗いど?
ホンマ、暗いど!」
どうせ俺は暗いよ、暗いど?暗いど?、
くらいど?あー上等だよ。くらいどだよ。
スケルトンである冬二の目に当たる眼窩は空洞だが、
そこに赤黒い暗い炎のようなゆらめきがゆらりと宿る。
先ほどから冬二を問い詰めている男と、
シーノと呼ばれた女性が少し驚いた顔をした気がしたが
気にせず冬二は声を発する。
「クライド・・・、俺の名はクライド。
それ以外の記憶はありません」
「そ、そうか、う、うむ」
と驚いた顔をしていた男が恐れるように言葉を発した。
それを受けて、シーノが冬二に優しい口調で語りかける。
「クライドという名なのですね。
クライドさん、あなたのおかげで私達は命が救われました。
ありがとうございます。クライド、素敵なお名前ですが、
それはゾクメイですか?」
シーノの優しい口調と"ゾクメイ"という
何のことかわからない単語を出されクライドは
冷静さを取り戻す。
その眼窩から赤黒い暗い炎のようなゆらめきは、
いつのまにか消えていた。
クライドは、ゾクメイ?とオウム返しをするとシーノが
「ゾクメイというのは、一族共通の名前のことです。
例えば・・・・」
「あ、そういえば、あなたに名乗らせておいて、
私たちは名乗っていませんでしたね。ごめんなさい
私は、シーノ。シーノ・イコンと言います。
イコンというのが族名です。
そして、先ほどからあなたに質問をしている男性が
私の兄で」
と、シーノが男の方を向くと
「エイト・イコンだ」
「この屋敷にいる者はみな、イコンと名乗ります
あ、イコンは私たちの種族ですが、わかりますか?」
と尋ねる。
ハイとうなずいたクライドは、
族名が何であるのかを理解し考えた。
族名というのは、
苗字みたいなものなのか、ということは、
俺は、クライドって名乗っちゃったから
クライド・田中?
なんだよ、リングネームみたいな名前。
しばらく考え
「俺の族名は、わかりません。記憶が無いので。
スイマセン」
と頭を下げた。
シーノの隣に座る男―シーノの兄―
エイトは、難しい顔でふむ、とうなずき
「族名はわからない。自分がなんであるかもわからない。
だが、イコンのことはわかります?
妙に都合が良い記憶だな?どこまで本当か。
それとも記憶が混乱しているからなのかどうなのか?」
とクライドに鋭い視線を投げかける。
やばい答えしくじったか。と焦っているとシーノが横から
「お兄様、命の恩人にそんな対応はご無礼ですよ。
クライドさん、今は疲れているでしょうし
混乱もしているでしょう今日のところは
ゆっくりと休んでもらって、明日またお話しましょう」
と告げる。
クライドが立ち去った後の部屋。エイトとシーノだけ。
エイトがシーノに声をかける。
「なぜ、あの骨をそれほどかばう?
たしかに、あのままならば我らは全滅していた。
奴は命の恩人であるが、それすらも策略で
あいつも仲間かもしれんのだぞ?」
「そうですか?私はそれほど怪しい者には見えません。
あわてんぼさんでとっても良い子な気がします」
「イコンのことは知っているが族名のことは知らない。
そんな都合の良い記憶喪失など怪しすぎる。
それに見たであろう、あの力」
「ハイ、確かに見ました」
■
時間はフードの男の襲撃まで遡る。
「言ってみろーーー!!!」
叫ぶクライドを中心に猛烈な風が巻き起こる。
フードの男は顔をそむけ驚いた顔をしたが
すぐに態勢を整える。
「小僧、まぎらわしい真似をするな!」
とクライドに向かい手をかざし、呪文を詠唱する。
爆裂火炎球
高位の攻撃魔法。あたり一帯を焦土と化すほどの火の魔法。
強烈なエネルギーを放つ火球がクライドに向かい
飛んでいく。
クライドに着弾するとその火球が猛烈な勢いで爆発する。
はずが、、、しない。
クライドに到達した火球は、ふっと消えてしまった。
「な、なんだこれは!」
フードの男が動揺の声を上げる。
「も、もしや・・・本当に?い、いかん撤退を」
これがフードの男が発した最後の言葉となった。
「言ってみろーーー!!!」
再びクライドが叫ぶ、今度はフードの男に向かい叫んだ。
その瞬間、クライドとフードの男の間が蜃気楼のように
ゆらめく。フードの男も蜃気楼のようにゆらめいて見える。
いや、見えるのではない。本当にゆらめいている
・・・溶けているのだ。
「ギィヤァァァァァァァァ」
フードの男は、この世の物とも思えぬ
断末魔の叫びをあげる。
ゆらめきが消えると、フードの男はそこにおらず
ただ地面に残る男の影から煙が立ち上っていた。
■
「ならばなぜ?」
と問うエイトにシーノは答える。
「だからです。あの力を見たからです。
自然発生したスケルトンのほとんどは意思がありません。
しかし、ごくまれに意思を持ったスケルトンが存在します。
そのスケルトンは成長しヘルナイトやリッチなどの
高位不死族へと変貌することがあると聞きます。
あの者には明確な意思があります。そして、あの力。
まさにハイアンデットになる
可能性を秘めた者ではないでしょうか」
「だからこそ危険ではないか。ハイアンデットになられては
我々の一族など一瞬で消し飛ばされるぞ!あいつのように」
「兄上、だからこそです。
だからこそ今のうちに親しくなるのです。恩を売るのです。
そうすればハイアンデットになったとき
わが一族の大きな大きな力になるではありませんか。
もしハイアンデットにならなければ
それはそれで特に害があるわけでもありませんから、
問題ないでしょう?」
たしかにシーノの言うことは一理あるが・・・・
とエイトは考え込んでしまった。
そこへシーノが続ける。
「本当はね、兄上、私はクライドを見たとき、
死んだ弟が生まれ変わったのかって思ってしまったんです。
ちょっとあわてんぼさんで、
それでいて頑固なところがあって、もちろんクライドが
弟ではないことはわかっていますけど、
不思議な感じがして・・・。
それに私はクライドが言ってることは本当だと思うんです。
だとすれば彼はどこにも行くところがありません。
ですから、私に仕えるという形にして
この屋敷に置いておくことはできませんか?
何にせよ、命の恩人であることは確かですし。
もちろん、兄上が納得できるほどクライドを
調べてもらうことが前提ですが」
「ふむ、お前がそこまで言うならば、ふむ」
エイトはつぶやく。
あずかり知らぬところで話がすすみます