あふれる毛玉
そのマンションに引っ越しを決めたのは、バブル全盛の頃――――つまり、ずいぶん昔の事だ。
部屋を決めた時はまだ工事が終わっておらず、1階で道路に面したその部屋は、大工さんたちの休憩所になっていた。同時に、近所の猫たちが自由に出入りする空間にもなっていたのである。
そんな訳で、僕が入居してからも、気づくとベランダに置いた洗濯機の上で、猫がくつろいでいる事が多かった。
しかも、近所にいるのは同じ一族なのか、みんな真っ白な猫たちだった。
僕はそんな猫たちにウインナーのきれっぱしをあげたりして、親睦を深めていく。
その頃は、野良猫を餌付けする事にまだまだうるさくなかったのだ。
で、僕が朝帰りをして来たある日、部屋の前で2匹の成猫と1匹の子猫が待ち構えていた。
当然、みんな白猫である。
季節は、冬。
子猫は、明らかに風邪を引いていた。
鼻水を垂らしながら、くしゃみを連発していたのだ。
体力をつけさせなきゃと思い、僕は子猫にエサをやろうとするが、弱っているせいか、ほとんど成猫たちに奪われてしまう。
仕方ないので、僕は子猫だけを自分の部屋に引っ張り込み、エサをやる事にした。
子猫は、最初は1匹だけ部屋に入れられて狼狽えた様子だったが、エサを目の前にすると、すぐにがっつき始めた。なかなか、太い神経だ。
で、エサをやったのは良いが、また寒い屋外に戻すのは、ためらわれる訳で。
かと言って、僕が室内で面倒を見ている訳にもいかない。
また夕方から出かける必要があったので、すぐに寝ておかねばならなかったのだ。
考えた結果、僕はダンボール箱を用意すると、その底にアルミ箔を敷き(断熱の為だ。どれだけ効果があるかは知らない)、使い捨てカイロを並べ、その上にタオルを置き、子猫の寝床を作った。
子猫をその中に放り込んでやると、すぐに気持ち良さそうに眠り始めた。
でも、子猫に比べてダンボール箱が大き過ぎたので、もう1枚タオルを持って来て、子猫にかけてやった。
そのまま部屋に置いていてやりたかったが、僕が寝ている間に粗相をされても困る。
仕方なく、ダンボール箱ごとベランダに出しておいた。
ダンボール箱の中にちんまりとした子猫が1匹だけいるのは、見た目に寒々しかったけど、カイロやタオルがあるだけマシだろうと思って、僕は眠りに就いた。
そして、数時間――――。
ふと目が覚めた僕は、まだ起きる時間ではなかったけど、子猫の様子を覗いてみる。
と。
そこには、ダンボール箱の縁ぎりぎりまで詰まった白い毛玉があった。
毛玉が増殖した?
僕の脳内に?マークが飛び交う。
恐る恐る触ってみる。
あったかい。
ゴロゴロという振動が伝わってくる。
間違いなく猫の身体だ。
温めたら大きくなる猫だったのか?
よぉく、見てみる。
そして気が付いた。
足の数が多い。
頭の数も多い。
何匹いるのか分からないけど、ダンボール箱には、白猫一族たちが詰め込まれていたのだ。
子猫を守る為か、ただただ居心地が良かったのか、白猫たちがダンボール箱の中に折り重なって、グースカ眠っていたのである。
成猫たちの下敷きになって子猫が潰れてないかち心配になったけど、白猫たちを掘り起こしてみたら、幸せそうな表情で寝てました。
掘り起こす時、成猫たちがグニャグニャになっていて、なかなか作業が大変だったと付け加えておく。