第二話 勇者じゃない!?
『ようやく落ち着きおったか。ではお主の役目を伝えるぞ。心して聞くのじゃ』
いまだに自分が死んだことは信じられないが、さらに信じられないことに俺は転生を果たすのだという。
ならば、よっぽどデンジャーな転生体でなければ、話を聞くだけ聞いてみるのもありではないだろうか?
もともと前の生活やその後の人生に、そこまでの執着はないのだ。
(心機一転! 飛び込んでみよう! まあ、微生物やら虫やら草食動物でなければいける気がするし!)
微生物は論外。
当然、虫だって論外だ。植物もありえん。
草食動物は……ペットならばありかもしれん。
(可愛がってもらえれば、死ぬまでぐーたらできるしな。――は!? しかし娯楽がないなッ、それだと死ぬまで苦痛かもしれん)
『……なにやらろくなことを考えておらぬようじゃが、お主の転生する宿木は人間じゃぞ』
「なんだ人間か。それはそれでつまらんな」
『そうか、そうか。不服か。ならば消えるかの?』
「ほんの冗談でございます。獏さま!」
俺は生存本能につき動かされて、かってにジャンピング土下座の体勢をとっていた。
この俺が美少女にこうべを垂れるなど……意外と悪くないな。
この調子なら、さらに向こうへいける気がする。
(くっ、なんてことだ。こいつに生殺与奪権を握られている以上、逆らえねぇ! ――そう。これはもう、しかたないことなんだ)
せめてもの抵抗に足の裏でもなめてやりたい気分である。
いや、むしろ己の尊厳と引き換えにするのだ。
どうせ逝くなら、もっと最果てを目指すべきだろう。
『うぅっ! なぜかわからぬが、さきほどから怖気がとまらぬ。ええぃ! お主にかしこまられても気味が悪いわ。さっさと立たぬか』
邪悪な思念を察知したのか、獏が両腕をさすりながら俺から距離をとる。
ちっ、なんて勘の鋭い。
今回だけは見逃してやろう。
『お主にかまっておると話が進まぬではないか。よいか。お主の転生する宿木は人間、そして転生する世界は剣と魔法の世界樹アリステラじゃ』
「剣と魔法の世界樹? も、もしかして、その世界では魔法が存在するのか!?」
『その通りじゃ。お主のおった世界とはまるで違う世界であり、モンスターや魔王と呼ばれる存在もおるぞ』
「モンスターや魔王まで!? とすると、俺はその世界に転生する勇者だったり!? うおおおおぉぉぉッ! 盛り上がってきたぁぁぁぁ!」
来た来た来たぁぁぁ!? ついに俺の時代が来ちゃったよぉぉぉぉっ!!
『盛り上がっておるところを悪いのじゃが、お主が転生するのは村人じゃ』
「まさかの村人A!?」
ええ? なにそれ!? 脇役ですらないじゃんっ!?
「ふ、ふざけんなぁぁぁ! なんじゃそりゃぁ!? 俺に『ここは〇〇の街じゃよ』とか老衰で死ぬまでやらすきかぁぁぁぁ!!」
『ま、待て待て。落ち着け。なにやら偏った認識をされておるが、ただの村人ではないぞ』
ふしゅるるるるるるう~ッ! ふしゅるるるるるるぅ~ッ!
俺の怒りの眼光と噛みつかんばかりの勢いに、やや恐れをなした様子で獏がじりじりと後じさる。
『確かに勇者ではないが、お主の転生する宿木も重要な役割を担っておる。それは勇者と関わりを持った稀有な運命なのじゃ』
「それは村人Aと変わらんだろ!」
『ギャンギャンとうるさいのう、だから落ちつけと言うに』
「んなもん落ち着けるかよ。……あああ、なんてこった」
絶望のあまり、膝ががくがくと揺れる。
これじゃあ人生の転落コースへ、まっさかさまだ。
(一般人Aから村人Aに転生とか、どんな罰ゲームだよ)
いったい俺にどうしろと言うんだ。
異世界に行っても勇者になれないとか、正直ないわー。
(もしかりに、異世界に村人Aとして転生したとしよう)
魔物がいるような世界で、せっせと荒れ地を開墾するオレ!
汗水を垂らして、収穫した農作物を誇らしげに掲げるオレ!
いやだ。いやすぎる。
(農業は悪くないさ。下手をすると充実した人生を送れる可能性すらある! でも間違いなく、転生してまでするようなことじゃねえだろぉぉぉ)
俺が頭をかかえて、この先の人生設計に苦悩していると、獏が呆れたように息をつく。
『……ふぅ。いいから最後まで聞けぃ。お主と勇者の運命は決して弱いものではない。ゆえに、お主次第でその後の運命も変わるのじゃ』
「お、俺次第で……運命が変わる?」
『さよう』
真っ暗闇の道の先に、かすかな光明を見たように俺は顔を上げた。
『なにも努力せねば村人Aのままで終わるかもしれぬ。されど、お主が努力を重ねれば、可愛い勇者の付き人になれるかもしれぬぞ?』
「……付き人。仲間みたいなもんか?」
『そうじゃ。少しは気合を入れて頑張ろうと思わぬか』
「……ああ、たしかにな。俺次第なら頑張る価値はあるかもしれない」
ただの村人Aの好青年で終わらないのなら、検討する価値もある。
俺は思わず腕を組んで考え込む。
勇者の付き人なら――ありじゃないか?
要するに、勇者のPTに入れる可能性もあるわけだろ。
しかも、だ。
「可愛いってことは、女の勇者なのか?」
『その通りじゃ。さらに年下の幼馴染じゃぞ♪』
「おおっ、それはいいなッ!」
獏の明るい調子に、ついつい俺も気分が高揚する。
年下の幼馴染って最高じゃん! しかも女の子で勇者とか出来すぎだろっ!
『……このロリコンめ』
「おいこら、なんか言ったかッ!?」
『はて? なにか聞こえたかのう?』
あらぬ疑いを掛けられつつも、獏が俺に課せられた役割を説明する。
『お主は己を高めて、勇者の助けとなるのじゃ。体を張って勇者を守り、幼馴染としても勇者の心を支える重要な役割じゃぞ』
「ほう、なるほど。勇者を支えつつ、心身ともにベッドイーーンブリッシュ!?」
芸術的に跳ね上がったつま先が、俺の頬をえぐり込む。
当然、そんな蹴りを食らって立っていられるわけがない。
俺は無様に倒れこむのだが、この女はそこからさらに、人の手のひらを踵でグリグリするサドだ!
『お主は人の話を真・面・目・にッ、聞けぬのかのう?』
「すみませんッ、痛っ! 痛い! やめて、堪忍してぇ~!」
真面目にのあたりに力を込めすぎですよ!?
さんざっぱら人を踏みつけて気が済んだのか、獏は居住まいを正して
『これからお主を転生させる』
と、真面目くさった表情で言い放った。
『おおっ、忘れておったわ。儀式の前に、お主にひとつの特典を授ける』
「へ~、なんの特典がつくんだ?」
『そうじゃのぅ。これからのお主の助けとなるように、わしの分け御霊をお主の妹として側につけることにしよう。
とはいえ、最低限は己の身を守れる力がある程度じゃ。あまり戦力としての期待はするでないぞ? 本来の役割はお主への助言や、サポートじゃからの』
「いや、それだけでもありがたい!」
やっぱ異世界ともなると言葉とか文化とか、そうとう違うだろうしな~。
いろいろと教えてもらえるだけでも、ずいぶんと大助かりだ。
『ついでに、お主の監視じゃな』
「えっ、なにゆえ?」
『もしもお主が幼いのをいいことに、無理やり勇者に不埒な行いをしようとした場合、そのイチモツをちょん切る』
「何もしませんから、大丈夫ですよ!?」
『……そうだといいがのう』
どうやら俺は全く信用されていないらしい。
つーか、それは特典だけじゃなくて、罰則までついているだろうが。
こんな誠実で清廉な男を捕まえて、なんて失礼な奴だ。
まあいいさ。これから信用を勝ち取ればいいわけだしな。
こんなにわくわくするのはいつ以来だろう。生まれ変わりともいえる、このチャンスに年甲斐もなく胸が高鳴る。
そしてついに転生の時がきた。
俺はなにやら複雑な文様が浮かび上がっている陣の中央にたつ。
『では行くぞ。むーんむむーん』
獏は何やら両手にもった可愛らしい猫耳ステッキに、念を込める様に唸る。
(って、あんなもんどこからだした?)
『むーんむむーん!
お猫ぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ!』
とアホな呪文を唱え終わるなり、獏がこちらに向かって猛ダッシュ!
「……え?」
『星にぃ~~~~~なぁ~~~れっ!』
目にもとまらぬフルスイングで、俺はそのまま意識を手放した。