第十七話 ボッチロード
ガラファルトが鳥になった、その翌日。
俺たちが円形闘技場の中に入ると、何故かみなさんは遠巻きに見ているだけだった。
俺が求めていたものと、反応が違う。
「おまえ、昨日はすごかったな! よっしゃあ、俺もやってやるぜ!」
「いい気になるなよ。きさまは俺が倒す……背中には気を付けるんだな」
「あっ、ちーすっ! 昨日はトウマ君マジパネェくて、おれしびれましたよ。子分一号でいいんで、パシリにしてくだっさいよ」
こんな男性陣の反応は、いったいどこ?
「ねぇねぇ、トウマ君が来たよ。あの子ってカッコよくない?」
「おーっほっほっほ。あなたを特別に、わたくしの家来にしてあげるわ。感謝なさい」
「昨日、これ作ったからあげる。――か、勘違いしないでよ。別にアンタのために作ったわけじゃないんだからね!」
普通はこうだろ、女性陣の反応は! テンプレの王道はどこへいった!
「あ、それ! ト・ウ・マ! ト・ウ・マ! ト・ウ・マ!」
「わっはっはっはっは、わっはっはっはっは」
さあ、歓声をあげろ! 俺をたたえる民衆どもよ!
隠れていないで出てきなさい!
ってな感じで、異世界へいけば普通はこうなるはずなのだ。
それが王道だろ。
おかしい、不動のテンプレはいずこへ消えた。
……しかしなにゆえ、みなさんは俺を遠巻きにしますかね?
疑問に思ったら、即座に行動。
フレンドリーにいけば、何事もうまくいく。
俺は離れた場所にいる皆に向かって、親し気に大きく手を振ってみる。
「みなさーん、おはよーございまーす」
ざわ……ざわ……ざわ……。
はっはっは、みんな照れ屋さんだな。
ささやくような声であいさつを返されても、おじさんはちょっと聞こえないぞ。
「お母さん。トウマちゃんが、なんかヘンなの」
「そうねぇ。少し表情が……」
「シェリルさん。なにかいいましたか?」
だいぶ気になる発言をしたシェリルに、俺はすかさず確認をとってみる。
シェリルは「なんでもないのよ」と、憎めない笑顔でごまかした。
美人は得だな。
ひそひそひそひそ。
よくよく眺めてみると、みなさんは顔を寄せ合ってひそひそと内緒話をしている。
こちらを遠巻きにしながら、いったい何を話しているのか。
俺は耳をそばだてる。
「うわ。あいつ、また来たわよ。なんで普通に来れるのかしら」
「本当にずうずうしいよねぇ。ガラファルト先生に、あんな大怪我させといて」
女の子たちって、数人で集まると本当に容赦がないよね。
俺のデリケートな部分をえぐるとスカートめくるぞ、こら。
「おい、あの目みてみろ。マジでおっかねぇよ。ひっ、なんかこっちを見てるぜ」
「バッカ、目を合わせるな。浣腸王に尻を掘られるぞ」
いや、掘らねぇよ。ばかなの?
むしろ誰が好き好んで、男のケツなんか掘るか。
あれはたまたまで、不幸な事故だ。
「この愚民どもが」
いつか目にもの見せてやる。
俺のすごさを見せつけてやる。
この世界の魔王になったほうが、ひょっとして全てがうまく回るんじゃなかろうか。
俺の怒りに、こめかみの血管がぴくぴくと反応する。
ちくしょう、愚か者どもめ。
いまだにあんな噂に踊らされているとは。
もう七十五日は過ぎている。
どうしても忘れられないのなら、物理的に忘れさせてやろうか?
ヤツらの中心に気まぐれな風でも起こしてやりたい。
俺が「うぬぬぬぬ」とうなっていると、ぽこんとモニカに頭を叩かれた。
「トウマちゃん、メっでしょ」
「はい、ごめんなさい。モニカお姉ちゃん」
あれからモニカが実の姉のようで、少しやりにくい。
俺が素直に謝ると、モニカは満面の笑顔で手を伸ばす。
「トウマちゃんはいい子ねー。お姉ちゃんが、あたまをなでなでしてあげる」
「ウフフ。あらあら、仲が良いわね」
ひいいいいいいい、恥ずかしい!
なりは子供でも、中身は大人なのだ。
衆目にさらされながら幼女に頭をなでなでされるとか、俺にとっては身悶える出来事だ。
(神様、助けて。罰ゲーム? これはなにかの罰ゲームなの?)
「トウマちゃん、少しお顔が赤くなっているわ。お姉ちゃんに頭を撫でられて、嬉しいの?」
「えへへ、もっとなでなでしてあげるね」
シェリルにはいじられるし、モニカには恥辱を与えられる。
おのれなんという屈辱だ。
俺がプルプルしていると、不意にうしろから声がかかった。
「あー、これ。そこな人たちよ。そろそろ時間じゃ、自分の組へ移動しなさい」
「あっ、おはようございます。ハラルド先生」
これ幸いとモニカを振り切り、俺たちが振り返ると、杖をついたハラルドの爺さんが歩いてくるところだった。
「む? ――う、うううう、む、胸が、苦しい」
俺の顔を見るなり、爺さんが胸を押さえて苦しみ始めた。
なんだ、その条件反射は。マジでやめてくれよ。
こちらとしては意図してなかったが、まさか爺さんに心胆寒からしめるほどの恐怖をすりこんじゃったか? そこまでのことかな?
ためしに俺は、爺さんから少し距離をとってみる。
「…………ふむ、いきなり痛みが引いたのう。ただの勘違いか」
うそのように爺さんの顔色が良くなった。
なにこれ、あらてのギャグかな?
ちょっと面白かったので、俺はもう一度だけ爺さんに近づいてみる。
「ぐううう、む、胸が」
「大丈夫ですか? ハラルド先生」
「おじいちゃん、だいじょうぶ? わたしが背中なでなでする?」
俺は心配そうに声をかけながら、ハラルドの爺さんから距離をとる。
モニカはうずくまった爺さんの背中を撫でている。
いやぁ、これは重症だね。
「つ、疲れておるのかな。今日は休んだほうがいいかもしれんのう」
「大丈夫ですか? わたし、心配ですから送ります」
「おお、奥さん。ありがとうよ」
シェリルに付き添われて、ハラルドの爺さんは帰ってしまった。
爺さんが退場して、今日は一つの組で魔術の授業はなしか。
……いや、たぶん俺は、これからも爺さんの授業を受けられないんじゃないか?
ちょっと近づいただけで、あれだもんな。
俺が授業を受けるたびに、爺さんの心臓がやばい。
とりあえず適当な大人を捕まえて、爺さんの身におきた不幸な事実を、ありのまま伝えよう。
後日、俺専用の魔法人形が、みんなから離れまくった寂しい位置に設置されることになる。
俺は齢三にして、他人とは違うボッチロードを歩き始めたのだった。