第十三話 クレーマー対策
パパンに言われるままに商人の真似事をするようになってから、さらに一月が経過していた。
ここのところ、俺は毎日のように生き生きとした生活を送っている。
パパンの店は武器や防具をメインに扱っていて、魔物の討伐依頼などをこなして生計を立てている冒険者たちが、数多く来店する。
ロマリア王国の王都ローレルにある、アシュレイ商店といえば有名らしい。
上質の武器や防具を販売している店として評判なのだ。
容易に刃こぼれしないうえに、折れず曲がらず、切れ味の鋭い武器が店頭に並び、冒険者たちの間で噂になっている。
個々に合わせた防具の特注依頼も請けおっており、他の防具屋に比べてはるかに軽量でありながら、丈夫で防御力に優れているものを作ってくれる。
そんな噂が噂を呼び、なかなかの繁盛店だ。
最近の俺は無理のない程度の雑用をこなしながら、来店する冒険者たちの観察をするのが日課となっていた。
冒険を生業とする人種の中には、空気が張り詰めるような独特の雰囲気を身にまとう者もおれば、ならず者としか表現できないような輩も多かった。
必然というか何というか、実にクレーマーが多い。
「まあ、うちのパパンは商才はあるけど、見た目はでっぷりお腹のおじさんだもんな」
ちょっと強気にでれば、商品をまけるとでも思われているのだろう。
質が良いと噂になるくらいだ。
少しでも安く手に入れようと思う輩も出てくるものだ。
いまも難癖を付けにきた冒険者がカウンターに片腕をあずけて、その向こうにいるパパンに声を張り上げている。
「ちょっ、おまえよぉ。これ見ろコレ……十日前にこの店で買ったのによぉ。もう刃の先っちょ欠けてんじゃん? どーしてくれるっつーのコレをよぉ」
なにやら短剣を取り出して騒いでいるが、彼は頭の配線が違っているのだろうか。パパンに顔面神経痛を訴えているようにしか見えない。
奇抜な頭髪をしているし、活舌もおかしい。
あのモヒカンにしか見えない髪は、お馬さんの毛並みを整えるのに使えそうだ。
きれいに刈り取れば、きっと店先を掃くことだってできるだろう。
「お客さん、これうちの商品じゃないよ。ひやかしなら帰ってくれないか」
「おぃおーぃ、お客様に帰れとかぁ? おまえっ、なにさまだ?」
どうやらあれは客のようだ。
迷惑な客というやつか。
ならばいつものように撃退せねばなるまい。
俺はこっそりと移動を開始した。
「フォフォフォ」
喜びのあまり、バル〇ン星人のような笑い声が漏れる。
パパンのお店は出入口が三つある。
家を何軒か横につなげて、その横壁を取り払って吹きぬけにしたような広さだ。
それぞれに武器、防具、雑貨を販売するカウンターがしつらえてあり、パパンが雇っている従業員たちが働いている。
俺はいま、防具売り場に直立した状態で見本品として飾られている、全身鎧の影にいる。
男用と女用、そしてやけにずんぐりむっくりした子供用としか思えない鎧まであるので、非常に隠れやすい。
「装填よ~し」
俺は棒状のある物を、まっすぐに対象に向けて構えた。
風の魔術を使って、手ごろな木を削って作ったオリジナル吹き矢である。
吹き矢の穴の先端には、すでに玉がこめられていて発射の準備は整っていた。
装填した座薬型の玉は、その先端に小さなイガグリを取りつけたような、凶悪な加工を施した入魂の一品。
この繊細な加工技術こそ、日々の魔術訓練のたまものといえよう。
玉込めに苦労したが、とげを触らないようにグイグイッと入れこむ。
「フォフォフォ」
この場所からだと目標へ狙いをつけようにも、やや斜めの射線にかぎられるか。
的はカウンターに体をあずけて、前傾の姿勢だ。
狙える場所は限られている。
俺の身長の問題もあり、狙いは下半身に定めた。
「照準よ~し」
おおまかな狙いをつけ、俺はぼそぼそと詠唱を開始する。
「大気にあまねく風の小人よ。汝の息吹で、我が敵を打て」
魔力と詠唱を媒介に、魔術の発動条件が整っていく。
俺はさらに魔術イメージを明確にする。
初級魔術「ウインド」。
発動時に込める魔力量によっては、局地的な突風が吹き荒れるほどの調節が可能である。
今回は、クレーマー君が逝くとやばいので、威力はそよ風が吹く程度に留める。
そのかわり、ちょっとした工夫を凝らした。
「風を圧縮して、さらに圧縮して、吹き矢の穴から一直線に飛び出すイメージをこめてこめてぇ……」
風の弾丸が形成されて発射されるイメージを作り上げて、俺は魔術を行使する。
「ウインド!」
グンッとした負荷が両手にかかり、ズルッと手汗で吹き矢棒の握りがすべる。
ビュッと恐ろしい風切り音を鳴らし、イガグリ弾と吹き矢棒が空を切る。
それは一直線にクレーマー君の肛門に吸い込まれた。
「あっ」
――――バ、ズン!
「あんぎゃぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!?」
「うわぁ」
ぎゅーんといって、ズボッとはいって、最後に棒がズドンといきましたな。
「……わざとじゃないんだが、アレは死なねぇよな?」
少しやりすぎたかもしれない。
クレーマー君はぶくぶくと泡を吹いて地に倒れふし、微動だにしない。
いや、微妙にぴくぴくはしているか。
まさか手汗で滑った吹き矢棒が、一直線にクレーマー君の、あんな場所に突き刺さるとはな。
偶然とは、かくも恐ろしきかな。
もしも彼がオカ〇として目覚めたとき、うしろの初めては吹き矢棒のすごい一撃とかになるのだろうか?
あんな奇跡的な悲劇が起こるとは、ついていない男である。
「よし、幸いにも気絶してるな。ここは逃げよう!」
できれば回復魔術くらいはかけてやりたいが、俺は回復魔術が使えんからな。
クレーマー君の傷が浅いことを願いつつ、俺はその場から逃走した。
「おや、どこへいくのかな? トウマ」
――のだが見事に先を読まれて、素晴らしい笑顔を浮かべたパパンに、ぐわしっと襟首を捕まれた。
ちくしょう、なんて勘のいい。
さすがパパンというべきか。
しかし、この程度で俺はあきらめない。
「お父たん、どうちたんでちゅか?」
「いますぐに、そのぶりっ子をやめないと、パパは息子を里子にだすかもしれないなぁ」
「ごめんなさい。僕がやりました」
笑顔のくせに、額に青筋を浮かべないでほしい。
怖いじゃないか。
あまり悪いことをしたとは思っていないが、俺はあっさりと白状した。
里子はマジで困る。
うちのパパンは、わりと冗談の通じない親である。
「アレをどうする気だね? トウマ」
いまだにぴくぴくしているアレを目でさし、パパンが渋面になる。
うん、確かにしまつに困るよね。
アレは不幸な事故だった。
「お父さん、大丈夫です。きっと路地裏に捨てれば、すべてがまるくおさまります」
「我が息子ながら、お前は鬼のようなことを言うね」
「商人は、利益のためなら鬼と化すものです」
「それは商人とはいわないぞ。……いったいどうすればいいのだ。わたしの息子が鬼畜すぎる」
なにやらパパンが早口でつぶやき、苦悩しはじめた。
でも小さな子供って、こういうものよ?
ちょっと悪評は広まるかもしれんが、クレーマー対策になってかえっていいんじゃなかろうか。
「おい。……すまんが、アレを適当なところに捨ててきてくれ」
青ざめた顔で事態を見守っていた従業員のうちの一人に、パパンが苦し気な表情で指示を与える。
あっ、この顔は知ってる。
苦渋の決断ってやつですよね?
まさに、そういう顔だよ。
「行ってきます」
なぜか戦地に赴くような厳しい顔つきで、従業員Aはクレーマー君の両足をつかんで、ずるずると引きずっていく。
元気でな。
頼むから死ぬなよ。
俺はのほほんとした顔で、それを見送る。
店内はしーんと静まり返っていた。
うん? なんだろう。
店内にいる皆さんが、この世の終わりを迎えたような顔をしていますね。
いつものようにクレーマーの一匹を撃退しただけなのに、みんな恐ろしげな視線を俺に向けるのはやめなよ。
いくら俺でも傷ついちゃうよ?
この日、俺はロマリア王国の悪魔の浣腸王との噂を流され、雷撃の肛門キラーの称号を得た。
そんな不名誉な称号をいただけて、俺がとてもとても喜んだのは、いうまでもない。
「フォフォフォ」
次にクレーマー君の姿を見かけたときには、とても素敵なお礼をしてあげよう。
新しい吹き矢棒2号を作りながら、俺は心に誓った。