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第十二話 商人レベル0

 あの忌まわしい家族会議から、三月が経過した。

 あれから……俺の置かれている環境は大きく変わっていた。


「トウマ、店の外に立て看板を出しておいてくれ。一応いっておくが看板に落書きをしたり、また変な場所に置いたりしたら、お説教だぞ?」

「はい、わかりました。お父さん」


 ううーん。立て看板ごときが重いなぁ。

 えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ。

 ゴトンッと大きな音を立てつつも、なんとか立て看板を店の前に運び終える。

 

「ふぅ~、いい汗かいた」


 一仕事終えた(てい)で息をつき、なんとはなしに立て看板に体重をあずける。

 ここは王都ローレルの本道(ほんどう)にほど近い、支道(しどう)のひとつだ。

 支道といっても想像以上に道幅は広く、整然と石畳(いしだたみ)()かれた道が続いている。


 まだ朝だというのに、かなりの人が行き交っている。

 人、人、人だ。人間、人間っぽい人、やや獣人、すげぇ獣人。

 想像していたよりも人のバリエーションも豊かだ。


「うーむ」

 

 人間と狼のハーフっぽいお姉さんを目で追いかける。

 片手に木で編んだカゴを抱え、もう片方の手には数本の肉汁したたる串肉を持っている。

 カゴの中には丸型パンと青野菜がのぞいていた。

 朝食の準備かな。お手軽にパンにでも挟んで食べるのだろう。


「ふむ、人妻かな」


 串肉の数が多いしな。

 さすがにあれを一人では食べないだろう。

 そんなアホな分析をしているうちに、店先を獣人のお姉さんが通り過ぎる。

 俺はさりげなさを装って、獣人のお姉さんのお尻の一点を凝視(ぎょうし)する。

 尻尾(しっぽ)だ。いいね尻尾。振り振りしてる。


()でたいなぁ」


 ぽつりとつぶやく。


 親とはぐれた子供のふりをして撫でてもいいだろうか?

 さわさわして、もふもふして、まふまふしたい。

 ちなみにまふまふは尻尾を顔に巻いて、いろいろと堪能(たんのう)することだ。


「――ッ!」


 俺の邪悪な波動でも感じ取ったのか、獣人のお姉さんは怖気(おぞけ)が走ったようにピンと耳と尻尾を逆立(さかだ)てる。

 素早く左右を見まわし、最後にバッと後ろを振り返る。


「~♪」


 素知(そし)らぬ顔で口笛を吹き、俺は大きく伸びをしてあくびをしながら店の中に戻った。

 いままでは自分の生活空間が行動範囲だったから、こういうのも悪くない。

 異国情緒(いこくじょうちょ)あふれる光景とでもいうか、外を眺めるだけでも新鮮に感じる。


 うん、労働も悪くないね。

 日々疑問は覚えるけどな。

 俺ってまだ二歳児だぜ?

 なんでこんな年齢から働かされているのだろう。


 いまの状況に陥った原因である、あの家族会議の顛末(てんまつ)を、俺は否応(いやおう)なく思い出していた。




「パパ、やっぱりあのいたずらは、この子だったのよっ。なにか少しおかしいなって、わたしも思っていたもの」


 パパンの服の袖をつかんで、ママンはかなり真剣な口調で訴えている。

 だいぶノイローゼも良くなり、少し前の抜け殻のような状態からは(だっ)していた。

 血色(けっしょく)もいいし、つややかな栗色の髪がさらさらと流れている。

 若さと健康を取り戻してパパンに真剣に甘える姿は、まるで少女のように可愛(かわい)らしい。


 パパンの服の袖をグイグイとゆするたびにぷるぷるとはじけるお胸様の、なんと尊いことか。

 あれはいいものだな。とても素晴らしい。

 まるで名画を眺めているような荘厳(そうごん)面持(おもも)ちになる。


 ママンはお米屋さんとかには、気を付けないといけないタイプだ。

 この世界にお米屋がいるかどうかは知らんけども。

 うちのメインはパン食だしな。


「確かにずいぶんと早熟というか、この年齢で物心がついていることにもびっくりしたよ。しかも魔術まで使えるとはねぇ」


 パパンは難しい顔で考え込む。

 今後の対応でも考えているのだろうか?

 でも視線がチラチラと、ママンのお胸様に流れているからな。違う気もするな。

 適当に相槌(あいづち)を打っているだけかもしれない。


『ロリコンが』

「いやロリコンちゃうし」


 思い出したように(ばく)罵倒(ばとう)が頭に響く。

 わざわざ精神感応(テレパシー)まで使って人を(けな)してくるとは、暇なやつである。


『ロリ王が』

「あの、ロリ王はやめてください」


 俺にその称号は似合わない。

 俺はロリコンではないからな。

 紳士だ。頭に変態はつかないほうの紳士だ。

 なので、そろそろ許してくれるとありがたいです。


 しかし俺のような紳士ならいいが、男はいくつになっても狼だな。

 ()(ぜん)だろうとなかろうと、いつでもパックンするチャンスを狙っている。

 第二子を授かった妻を押し倒すわけにもいかない。でも魅力的にはじけるお胸様には触りたい。

 パパンの渋面(じゅうめん)の意味は、おそらくそんなところだろう。


(パパン。その深刻そうなお顔は、息子のいたずらに悩んでいるの? それとも、もてあます獣欲(じゅうよく)に悩みがあるの?)


 そんなこと口にしたら、おそらくひっぱたかれるのは確実だ。

 俺だったらひっぱたく。問答無用でひっぱたく。

 叩かれるだけならともかく、そのあとに号泣(ごうきゅう)される気がする。


『ほんに失敗したのう。まさかこんなガチロリ野郎じゃったとは』

「いえあの、そろそろ泣いてもいいですかね?」


 これ以上は獏に取り合うのもやめよう。

 心無いいじめって、かっこ悪い。

 同じ内容なのに言葉を変えて罵倒されるのって、なぜかきついのでやめてください。


 精神感応(テレパシー)などの不思議技能の無駄遣いはやめようぜ。

 と、おふざけができたのは、ここまでだった。

 パパンとママンの話し合いは、まだ続いていたのだが、 


「パパ、子育てがこんなに大変なんて……わたし、もう自信ないよ」

「マ、ママ、自信がないのは、わたしも同じだけど、子供がそばにいるんだから。あっちでお茶でも飲んでじっくり話そう。ね? ほら、とりあえずあっちへ行こう」

「……うん」


 という感じでぽつんと取り残される、ぼくちゃま一人。


「お、おおおぉ?」


 や、やらかしたぁぁぁぁぁっぁ!

 ややや、やばい。これはやばい! あかんですよ?

 思っていたよりも、ずっと深刻じゃなかろうか?


 これって育児放棄の一歩手前じゃないの?

 あれ? ぼくちゃま捨てられたりしませんよね?

 思わず体勢がORZの絶望の形になる。


「り、リカバリー。なんとかリカバリーをしないとヤヴァイ」


 巻き舌になりながらも、ここまで状況が悪化した原因を探る。

 今回の件はパパンとママンにとって、ずいぶんとびっくり仰天(ぎょうてん)玉手箱(たまてばこ)な出来事だったみたいだ。


 うん、俺もそう思う。

 だって自分の子供が、こんな子だったら嫌だなぁと思うもん。

 この年頃の子には、モニカみたいな子供らしさが欲しいよね。


 二歳になるまえから、あんないたずらをするとか、まんま悪童(あくどう)ですよ。

 ちょっと魔術を使ったいたずらが楽しすぎて、我を失っていた自覚はある、あるけども。

 育児放棄の一歩手前はないでしょう?

 もうちょっと頑張ろう?

 お願い! ぼくちゃまを捨てないで!


 あわわわ、いかん。

 まるで思考がまとまらない。

 ここからかわい子ぶりっ子してもダメかな? いやダメだろ。ますます状況が悪化する気がする。


「ほらママ。トウマも反省しているみたいだし、もうすこし頑張ってみよう。わたしももっと育児を手伝うし、シェリルさんだって協力してくれるから」 

「でもそれって、やっぱりわたしが情けないからだ。……こんなわたしよりも、シェリルちゃんのほうが、あの子の母親に向いているのかな」


 あばばば、ママンが泣いてる。

 どど、どうすれば。これはどうすればいいのか。

 パパン、もっと頑張って。もっと死ぬ気で頑張って。

 じゃないと、ぼくちゃまが村人からコースアウトしちゃう!

 最悪の野垂(のた)()にコースに落ちちゃうから!


『ぷっ、くっふっふ、トウマよ、いいきみじゃのう?』

「ああ! 神様仏様獏さま。お知恵をください、助けてください。蜘蛛(くも)の糸だって登りますから」

『お断りじゃ、阿呆(あほう)め。そのままくだれ』

「てめぇ、生まれてきたときは覚えてやがれ!」


 ちくしょう、なんて冷たいやつだ。信じられねぇ。

 俺の人生のコースアウトを楽しんでやがるな!


 パパンとママンの話し合いは平行線のままだ。

 ネガティブ一直線の時はどう励ましても無駄だが、何か手は、手はないのか。

 気が焦るばかりで対処もままならない俺に、獏がさらなる追い打ちをかける。


『やはりロリ王など生ぬるいの。このペドめがッ!』

「ペペ、ぺ、ペドロ? この俺が……ペドロ」

『おぬしは耳が遠いのか。幼女を襲う(やから)には、ペド野郎がお似合いといったのじゃ』


 ペドのみならず、ペド野郎などと吐き捨てる。

 まさに鬼畜(きちく)所業(しょぎょう)である。


 およそ普通の人生において、そんなことを言われたことはあるだろうか?

 ない。少なくとも俺はない。なかったのだ。

 なによりあれは()(ぎぬ)だ。冤罪(えんざい)なのだ。


 あまりの仕打ちに、俺は全身の力が抜けたように脱力した。

 もはやORZの体勢すらたもてない。

 顔面を板張りの床に押し付けると、目から熱い何かがぽろぽろとこぼれた。


「う、ううう、ごべんなざい。ぜんぶぼくのぜいでず。ごべんなざい。う、ううわぁぁぁぁん」


 号泣(ごうきゅう)した。

 俺はマジで号泣した。

 この兄である俺が、まだ乳飲(ちの)()ですらない妹の言葉に泣かされたのだ。

 いくら悪口にしても、世の中には言っちゃならねぇ事があると思う。


 あと数か月もしたら兄になるというのに、妹になるやつに泣かされるなんて恥辱(ちじょく)(きわ)みだ。

 唯一、マシだったことと言えば、突然すぎる息子の号泣に親の育児に対する自信の喪失などの問題が、先送りにされたことだろう。


 まるで解決はしていないし、ママンとの微妙な関係は続いているが、まだ縁は続いている。

 ママンに対するいたずらだけはやめようと、俺は心に誓った。

 しゃれですまないのは恐ろしすぎる。

 このまま野にでも放たれたら、俺は野垂(のた)()にコースまっしぐらだ。


 家族会議の後、パパンは俺に店の手伝いを命じた。

 もちろん一日中ではなく、一部の時間帯だけだが。

 外の世界を眺められるのは、意外と悪くない。

 これはこれで良かったのかもしれないと、俺はそう思うことにした。

 俺は晴れて幼子から、商人レベル0の幼子になったのだ。

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