第十一話 家族会議
晴れのち雨のち、のほほの日。
え~、本日は晴天なり。
昨日におきましては、わたくしトウマ・アシュレイが2歳の誕生日を迎えることと、相成りました。
当日は朝から晴れ晴れとして、とても素晴らしい誕生日日和でありました。
まさか、あの日あの時あの場所で、あんなことが起ころうとは、転生ベイビーのわたくしも予想だにしなかったのであります。
俺はようやく2歳の誕生日を迎えた。
長かったといえば長くも感じるし、短かったと言われれば短くも感じる。
朝日の差し込む窓辺に向かい、腰に片手を当てた立ち姿はやや猫背気味だ。
俺は外の景色を眺めつつ、ニヒルにシュガーレスと紅茶レスのミルクをたしなむ。
「……フゥゥゥゥ。なんて朝だ」
ああ、いかん。ため息がでた。
朝っぱらからグチとため息なんて、景気が悪い。
この構図に欲を言うなら、乱れたベッドの中で眠る美女の寝顔もつけたいところだが、そんなものはぁない!
イケメンなら絵になりそうな立ち姿だけどさ。
こちとらフツメンどころが、まだまだガキメンだ。
そんな渋みがでるほどの重厚な人生は送っていない。
「……にゅふふふ~、トウマちゃぁん」
何故か昨夜は泊まっていった暴風わがまま娘の、平和そうな寝言が聞こえる。
俺は深いため息をつきかけて、鼻から不景気な気分を逃がす。
「今日はルンルン日和の誕生日なのに」
おかしい。なんで俺がこんな目に遭うのだろう。
つくづくモニカとは相性が悪い。
別に泊まっていくくらいは良いさ。
だが、何故か俺と一緒の寝床で眠ることになり、何故か俺はこいつの寝相の悪さに悩まされている。
自分の寝床からは蹴り出されるし、散々ですよ?
この現状は理不尽だ。
超寝不足なんですけど。マジで眠い。
ってか、こいつってこんなに寝相が悪かったのか? 前にお昼寝したときはそうでもなかったんだが。
「あ~ぁ」
神は死んだとは誰の言葉だったろうか。
偉い人は言いました。
「世の中って、あきらめが肝心だよな」
そううそぶき、最後の一口をグッと飲み込む。
「トウマちゃぁん、んにゃぁ~ん♪」
「ごふっ!? げふっ!?」
いつまでもだらしのない寝姿をさらしている暴風雨に、可愛い寝言のコンボをつけるのとか、本当にやめてほしいんですが。
いつも馬のしっぽみたいにまとめている髪は、就寝中のせいでほどかれている。
寝返りを打つたびにさらさらと髪が流れて、正統派の美少女のようだ。
つまり髪型が変わっただけで、激しいギャップ萌えが発生している。
「こいつは成長したら、絶対に美人になるだろ」
アホみたいに懐かれた結果、それは認めざるを得なかった。
このまま成長されたら俺の心臓に悪すぎる。
「光源氏計画じゃねぇんだぞ」
くっそ、最後の一口が変なところに入って鼻から垂れたわ!
懐かれてからこっち、やたらとくっついてくるから素で対応に困るし!
ええいっ、畜生め!
「俺はロリコンじゃないっ! マザコンだっっっ!」
いかん。何かおかしなことを叫んだ気がするぞ。
そんなものに目覚めようものなら、どちらにしても社会的に死ぬ!
さすがにそれはないだろ、うん。
なんつーの? そんな異常な性癖は抱えてません、的な?
「ああ、いかん。また垂れてきたっ」
垂れてきたミルクをごしごしと袖でぬぐう。
こんなところを獏のやつに見られようものなら、また小言を言われる。
『みぐるしいのぉ』
おおう幻聴来ましたよ、これ。
もう耳にタコができるくらい言われ慣れてるからな。
そのたびに早く生まれて来なさい、妹よ。
お兄ちゃんが目いっぱい、可愛がってあげるからね、と俺は決意をあらたにする。
「ふふふっ」
兄の威厳というものを見せてやるぁ!
ここ最近の元気の源のおかげで、悪い意味でも意気軒高だ。
しばらく気分を落ち着けて、俺は気を取り直す。
せっかくの誕生日だからな。明るくいこう。
「ん~、トウマちゃ~ん♪」
つーか、この子はどうしましょうかね。
いったいどんな夢を見ているのやら。
「ったく、さすがに寝相が悪すぎるだろ」
可愛いけど。寝相が悪いのはメッて叱ってやりたい。
でも懐かれると悪い気はしないものだな。
この暴風雨のほうが、ある意味では獏よりも妹っぽい気がする。
「あーあ、もう。パジャマも着崩れしすぎ」
毛布まで蹴って、半分くらい毛布から素足がはみ出している。
ぶつぶつとオカンみたいな事をつぶやきながら、毛布だけでも直そうかと手をだした瞬間、俺は世の無常を悟った。
「オー、ナニモアーリマセン」
あれ? おっかしいなぁ。
上は無事なのに、下はなにもないぞぉ? 下だけ裸族とか中途半端すぎますよ、モニカさん。
パジャマさんの片割れはどこいった? お出かけですか? レレレの〇~。
まるで某ゲームの混乱魔法をかけられようだ。
トウマは混乱している。
なんとモニカの〇〇をはぎ取った!
「おぅいぇあ、おれ混乱中♪ きみルンルン中♪ パジャマと、ぱんちゅは、どこいった♪」
トウマは混乱している。
なんとおかしなラップを歌いだした。
そんな感じでひとしきりアホなことをやってから、ふと気づく。
あれ? これ毛布を掛けなおせばごまかせるんじゃね?
まあ、一足遅かったけどな。
混乱した視界の端に、見覚えのある方々が。
『お、己は、ついにやりおったかッ!』
獏さんナイス疑心暗鬼。
俺って信用なさすぎねぇかな?
「ト、トウマ、お前……いったいなにを?」
「ヒィッ」
パパンは愕然、ママンは呆然。
いいわけゼンゼン、冤罪当然♪
もういいよ、こんちくしょう。
性犯罪者ルートでも、なんでもいったるわい!
この日、わが家においてはじめての緊急家族会議が開かれた。
会議は被害者の心情を鑑みて、極秘裏に迅速に進められた。
俺はモニカの件に関しては嫌疑不十分により無罪を勝ち取った。
「なぁ、よく考えたら2歳の子供がそんなことしないだろ」
「モニカちゃんって、なんでおちんちんがないの?」
絶妙なるパパンの弁護と、俺のおとぼけがきれいに決まった結果だ。
だが、ここ最近のおちゃめな戯れの嫌疑をかけられ、不当な自白を促された結果、あえなく逆転敗訴となった。