第十話 内から外から
ボットン便所式落とし穴の大成功から、数日が経過した。
いつものように、俺はパパンの書斎で書物を読み漁る。
しかし、いまいち集中できなかった。
「誕生日プレゼントは、何をお願いしよう」
もうすぐ二歳の誕生日をむかえる。
もう二歳というべきか、まだ二歳というべきか。
時が過ぎるのは早い。
「やっぱ、冒険者になったときに役に立つことがいいかな」
まだ拙いながら、この世界の言葉もしゃべれるようになってきた。
二歳の誕生日プレゼントには、何か率先してお願い事をしようかと考えている。
まあ集中できない理由は、それだけではないが。
「う~ん。――ちらっ」
野外料理の書物を気もそぞろに眺めつつ、ときおり書斎の入り口に目をむける。
ジーっと扉の隙間から、こちらを穴があく勢いでのぞいている瞳と目が合う。
そろそろいい加減にしてほしいのだが。
最初は無視していたが、どうにも気が散ってしょうがない。
俺は頬をひきつらせながら、
「に、にこっ」
「えへへ♪ トウマちゃん、なに読んでるの~?」
こちらの愛想笑いの意味なんぞわからない暴風雨が、可愛らしい笑顔を浮かべて近づいてくる。
いかん。状況が悪化したぞ。
やはり睨みつけるべきだったか。
「でもなぁ。ちょっと前に歯をむいて睨みつけたら大笑いされたしな」
はからずも変顔をかましたらしい。
別に笑いを取ろうと思ったわけではないのだが。
だって犬とか威嚇するときに牙をむくじゃん。それを真似しただけなのよ?
今だって無邪気に笑って可愛いなーとか、娘を慈しむような目なんて向けてませんよ?
「ハァ……いったい俺は、誰にいいわけしているんだろう」
『おとなしく勉強でもしておれ。たわけが』
「やかましいわ、愚妹」
『誰が愚妹か、このエロガキめ』
脳内のつぶやきに割り込んでくる獏に、自然と悪態をかえす。
いろいろと忙しくてすっかり忘れていたが、ついにママンが第二子を授かった。
それまでは獏の対応も割と淡泊で、不定期に精神感応で話しかけてきては、俺の勉強に付き合うぐらいだったのに、ママンが獏を身ごもってからというもの状況が変わった。
世話焼きなのか暇なのか知らないが、こちらのすることに口を出してくるようになったのだ。
やれ食事のマナーはちゃんとしろだの、立ち居振る舞いには気を遣えだの、字は綺麗に書けだのと。
まあ~、小煩いうえにやかましい。
なまじ正論なだけに腹が立つし、実の親よりも小煩い。
まるで教育ママである。
おかしいのはそれだけではない。
どういうわけか俺の会心の落とし穴にモニカが引っかかり、見事に俺まで巻き添えにしてくれたあの日から、彼女がそばにいる比率が増えたのだ。
あんまりにもビービー泣くので一緒にお風呂に入り、汚れた身体を洗ってやり、ご飯を食べさせて、ともにお昼寝をしたぐらいなのだが、その日から様子が変だ。
気がつけば、毎日のように付きまとわれている。
女の子特有の柔らかい身体を押しつけてくるわ、お昼寝の時は決まって抱き枕にされるわ、お風呂では当然のように体の洗いっこをするわで、気の休まる暇がない。
なにか良からぬことでも企んでいるのではと疑ったが、「お主ではあるまいし、考え過ぎじゃロリコンめ」とたしなめられるしまつ。
俺は断じてロリコンではないがな。
そのせいで、ここのところ魔術の実践は停滞気味だ。
割れ窓理論を体現するかのように、内と外からの波状攻撃。
魔術の実践という生きがいまで奪われて、毎日がストレスフル。
シェリルには微笑ましいものを見るような視線を向けられ、実の両親からは疑いのまなざしという、うしろ向き過ぎるプレゼント。
これは家族の一員として、なんとか頑張っておちゃめないたずらをしようにも内憂外患。獅子身中の虫。
実の息子を疑うなど、なんと嘆かわしいことか。
無念だが、ここら辺が潮時だろう。
せっかくの誕生日に、般若と化した両親に囲まれたくはない。
そんな憂うべき現状に関係なく、赤ん坊んの体は成長を続けている。
ようやく体つきが人間らしくなってきたなと、ママンの化粧台の姿見を眺めながら思う。
パパンに似て愛嬌のある顔つきだ。
栗色の髪と瞳はママンに似たのだろう。
姿見には可愛い幼児がうつっている。
残念ながら、道を歩いて一目で女性を虜にするようなイケメンではない。
そもそもまだ幼児だしな。
子供時代の容姿は大人になるとガラッと変わることがあるので、それ次第ではないだろうか。
走れるぐらいの脚力もつき、そろそろ日常に変化をつける頃合いだ。
明日は二歳の誕生日である。