意外な告白
ペパーミントルームからこぼれて来る音楽に翔太はふと足を止めた。
あの人の曲だ…!でもあの人である筈はない。
今この部屋を使ってるのは別の客達だ。
あの人はここに来ると必ずこの曲を二、三回歌っていく。
それに何処となくあの人はこの曲のアーティストに似ている。
「ポニーテールの憧れの人さ」
仲間の言葉を思い出し翔太は一人、照れ笑いした。
するとドアが急に開いて内から人が出てきた。
「キャ!」
「うわっと!」
カラーンッ!
翔太は持っていた銀色の盆を落とした。
「ゴメンなさーい!」
「あ、いやスミマセン!失礼しました!」
シルバーを拾い上げ翔太は謝った。
幸い料理を運んだ後で幸い何も乗せてはいなかった。
「ボッとしていて。すみません」
「あらまあ、翔太君じゃない」篠原こず恵だった。
「あーどうも」
「ねえ、あのさ。喫煙コーナーとかあるの?吸わない人がいるからさー」
「ありますよ。ロビーの方に。順番待ちの所です」
「そこは知ってるの。これでもメンバーズカード持ってるから。あそこ混んでるでしょう。他にないかしら」
「二階の突き当たりにもありますよ。そっちの方が空いてるかも」
「そう。ありがとう。助かるわ。チューしてあげよか?」
「いや、いいです。あはは」
「こんなオバちゃんじゃね。あ、そうだ。一緒に写メ撮ってくれる?ブログに載せたいの」
「いいですよ。ちょっと待って下さい」
翔太は名札を外した。
「あーなるほどさすがね。名前マズイもんね。よく頼まれちゃう?」
「ええまあ」
「ふーん、そう。じゃ、ハイチーズ!」
二人は仲良く寄り添って写真を撮った。
「ありがとうね」こず恵はそそくさと洗面所の方へ向かった。
翔太は外の非常階段に出てケータイを取り出すとメールを確認した。
ガールフレンドからの返信はまだない。
父親に居場所を教えたのは優子に違いない。その事を問い質したかったのだ。
バレー部のマネージャーで生徒会役員もやっている真面目で可愛い子なのだが、何となく最近の翔太には重かった。
ふと下を見ると誰かが同じように非常階段でケータイを開いていた。ペパーミントルームの客の一人だった。
たしか、保子と呼ばれていた女だ。
【今夜は無理。ゴメン】
ディスプレイに明るく浮かぶ簡単なひと言。
安西保子はそれを見て小さく舌打ちした。
「いつだってそうじゃない。浮気しても知らないからね」
何か良い言葉を探したけれど見つからなくて、返信せずにそのままケータイを閉じた。
いつだってそうなんだから!
真樹子と絵美子が喫煙コーナーに着くと、ちょうど篠原こず恵が出てくる所だった。
こず恵はカラオケ屋の男子店員と撮った写メを自身のブログにアップした直後だった。場所は横浜という事にしておいた。
【年下の可愛いあいつ♡ ナンチャッテ~♪】
「あ、こず恵さん。もう行くの?」
「あら真樹子さん!絵美子ちゃんも吸うのね!なんか嬉しいわ~!」
「はい。たまに」
「こんな所にもあったのね。タバコ吸えるとこ」
「そうなの。先行くわ。どうぞごゆっくり」
「舞ちゃんと朋ちゃんがお待ちかねよ」
「はいはーい」
綺麗なヒップラインをちょっぴり気にしながらこず恵は通路へ出て行った。
「こず恵ったらまるでランウェイを歩いてくみたいね。ウフフ」
真樹子はバッグからタバコを取り出した。
飲んだ時だけ。ちょっと吸うだけのメンソールタバコ。口の中がスッとして気持ちが良い。
「ああ、足が痛い」
真樹子はヒールを脱いで裸足になった。
「あ、私も」
絵美子も真樹子を真似た。
「フゥ~、ああ美味しい」
「タバコ吸うなんて意外だったわ」
「そうですか。ほとんど吹かしてるだけなんです」
絵美子も持っていたオイルライターでタバコに火を点けた。
「それ、素敵な細工がしてあるわね」
「旦那のをくすねてきちゃった」
「まあ!非行少女Aね。少女は無理があるかー。ランニングする人は吸わないのかと思ったわ」
「そんな事ないですよ」
「フゥ~」
「フゥ~」
「皆さん仲が良いんですね」絵美子は言った。
「お互いに名前で呼び合ったりして」
「ん?どういう事?」
「私が前に住んでたとこのママ友は名前では呼ばなかったんです。〇〇ちゃんのお母さんとか、〇〇ちゃんのママとか。ユカママとか。だから皆さんとても仲が良いんだなあって」
「あらそう?そういえばそうね。意識した事なかったわ。だけどさ、私達もさただの女じゃない?子どもが大きくなったらそれでおしまいってのも寂しいでしょう。例え実際はそうだとしてもね」
「そうですよね」
「それにね、そんなに仲良しってわけでもないのよ。そう振舞ってるだけ」
「そうなんですか」
「皆んな本心は上手に隠してるわ。だからたまに息が詰まる」
絵美子は何と言って返したら良いかわからなかった。
「私、好きなの」
「えっ?」
絵美子は自分の耳を疑った。
「今は楽しいけどね。お酒はそういう気分にさせてくれるから。だから好き」
真樹子は笑った。
真樹子はもう一本タバコを取った。
「あの人ね、島津さん」
言おうか言うまいか迷っている、そんな感じだった。
「はい。何でしょう」
きっと来るな、そんな予感もあったから絵美子は今度は驚かなかった。
「キケンっていうか、どっかミステリアスな人ってやっぱり魅力的よね」
「はい…」
「島津さんはミステリアスな所があるわ…」
「そうかもですね」
絵美子は戸惑いながら答えた。
と同時に、それ以上小俣真樹子の口から島津に関する話しは何も聞きたくないと思った。
胸の奥がキュッと苦しくなった。