女子力満開
しっとりと大人なラブソングを歌いきった絵美子は、小さな手のひらで顔をパタパタと扇いだ。
「恥ずかしいわ」
「全然!塚田さん、とっても素敵!」星乃舞がベタ褒めした。
「本当よ。上手いわあ」篠原こず恵も感心した。
リラックスして歌えたせいか自分でも満足していた。
「男がほっておかないわよね」
「そんな事ないですよ」
「ワイン飲む人ォ~!」
「これ誰?」
「マイク、マイク~」
「私も飲むぅ~」
「切ないわね~」
「わかるのー?」
「失礼ねえ。わかるわよ」
「実感がこもってたわ」
「うんうん」
「グラス4つね」
「塚田さんの旦那さん。一流商社マンなんでしょう?羨ましいわ」
「本当よね」
「一目惚れだったの?」
「そうよ。こんな美人さんだもの」
「何処で知り合ったの」
「え、まあ、あはは。よしましょうよこんな話し」
「まあ、照れてるわあ」
「馴れ初めは?聞かせてよ」
皇居の周りを走っていて知り合ったのだと絵美子は説明した。
「素敵~ トレンディードラマみたい」
「古いわあ、その言い方」
「何よ。そうでしょう」
「今は何て言うの、月9?」
「でもさっきの曲はちょっと危ない感じよね」
「そうそう。危険な香りがするわ」
「しませんよー」
「するする」
「いけない恋をしてる感じ」
「気持ちが入ってたわ」
「ちょっと良いじゃないの。ただのカラオケじゃない」安西保子がやんわりとたしなめた。
「それより歌いなさいよ」
「上手い人の後は歌いづらいわ~」
「まさか。マイク持ったら離さないくせに」
「この人にマイク渡さないよーに」
「ひどーい」
「いけない恋してみたいなあ」
「げー」
「爆弾発言」
「てゆーか自爆テロだわ」
「何よー」
「朋美。さっきからポテト食べ過ぎ」
「やだぁ!ケチャップ付けないでよ」
「真樹子さん。歌わないんですか」絵美子が訊いた。
「そうよ。真樹子。なに大人しいのよ」カシスオレンジを静かに舐めていた寺澤ひとみが言った。
「あなたからどうぞ」
「この人はトリなのよ。いつもそう」
「大御所だからね」
「やめてよ。何言ってるの。塚田さんが本気にするじゃない」
「あの人、ね、島津さん。あのヘンなのと知り合いなのかしら?」こず恵が思い出した様に皆んなを見た。
「ねえ~」
「あの人ちょっと謎よね」
「平日の昼間もウロウロしてたりね」
「どんな人なの」
「自由業なのかしら」
「それっぽいわね」
「なんかちょっと変わってるわ」
「そんな事ないわよ」
「あら、どうして」
「普通さ、男って地区理事とかやんないじゃない。面倒くさがって」
「そうよね」
「しかも二年も連続よ」
「それは私が頼んだからよ」
「どうしてよ」
「え、良い人だからよ」
「どんな風に良い人なの。あんなチンピラみたいなのと友達みたいだったわ」
「それは色々でしょう」
「見た目だけで判断しちゃダメよ」
「迷惑なお友達もいるわよ」
「そうそう。隣にいるわ」
「何ですって~?」
「だって誰もやりたがらないじゃない、役員なんて」
「それはそうだけど」
「ねえ、塚田さん。この前一緒に資源回収やったでしょう。どんな感じだった?」
「どんな感じって普通ですよ」
「普通ってのが一番怪しいわ。一番怪しいコメントよ」
「何がよ。考え過ぎだわ」
「普通の友達の関係ですぅ~なんて」
「まあ、気が利いて、優しい感じかな。教え方がお上手で」
「やっぱり怪しいわあ~」
「あなたにかかったら街の住人皆んな怪しいわよ」
「お仕事何してるのかしら」
「そんなに気になるの」
「探偵マンガばかり見てるからよ」
「しょうがないじゃない。子どもがファンなんだから」
「やめなさいよー」
「なんか危険な香りがするわ」
「出たあ~ 危険な香り」
「しないわよ。バカじゃないの」
「塚田さん。何事もなかった?誘われたり?」
「ないですよお。あるわけないじゃないですか」
「ないのかー。残念」
「誘って欲しいのはあなたじゃないの?」
「マン年欲求不満」
「ちょっとー。どういう意味よー」
小俣真樹子は公民館での出来事を思い出していた。
あの時、どうして…
まるで時間が止まったかのように、そこだけ鮮やかに記憶が残っている。
島津はたしかに真樹子の身体に触れたのに、彼はそのまま息を殺して時が過ぎるのを待っていた。いったい何を待っていたのか。
私に何か方法があったのだろうか。
私は何を求めていたのだろうか。
結局何もそれ以上には発展しなかったけれど。
もしも、あの時…
懐かしいイントロが流れ出したかと思うと望月千夏がマイクをつかんでステージに踊り出た。
「きゃあー!」
「いよ!待ってました!」
「頑張ってえ」
「ペチャパイコーチ!」
「やかましいーわい!」