十年ひと昔
翔太はタイミングを見計らって、ガラスの小窓越しにドアをノックした。
「失礼しまーす」
「えーと、とりあえず枝豆と小茄子のお新香。空豆とのどぐろの天ぷら。ヤングコーンと竹輪・ミョウガの天ぷら。それと、タケノコの天ぷら」
「きゃははは~!」
「全然とりあえずじゃないわー」
「あはは!天ぷらばっかりじゃない」
「食べたかったのよ」
「ミョウガ食べるとボケるわよ」
「そんなの言い伝えよ」
「違うわよ。忘れっぽくなるのよ」
「同じよそれ」
「やーね」
「いいのよ、ゴメンね。フジマ君?藤間翔太君ていうの?いい名前ねえ~」
「あ、はい」
「やめなさいよ、からかうの」
「ほら、ビビッちゃってるじゃないの」
「生ビールのピッチャーまだかしら?」
「コーラフロート」
「飲まないの?」
「さっき飲み過ぎたから少し覚ますわ」
「あさりのバター炒めも」
「ネバネバサラダ!」
「あ、それ私も」
「タンバリンてあるの?別料金?」
「あ、ありますよ、そこに」
「あらほんと。ありがとう~」
シャンシャン!
「藤間って、藤間建設の?」
「まさかあ」
「何、詳しいの」
「この辺みんな、藤間不動産なのよ。夢トピアは藤間グループよ」
「あ、そうそう」
「藤間の会長さん、なんかネットに出てたわ。なんだっけ」
「へえー」
「ちょっとマイク取って」
「そんなわけないでしょう。ゴメンね~」
「いえ、いいんです」翔太は、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「駅前の高層マンション、あれもそうよ。藤間建設」
「ライムってあるかしら?カットして欲しいんだけどなー」
「聞いてるの」
「うるさいわね~ このオバちゃん達は」
「君いくつ?」
「やめなさいっての」
「ごめんなさい。この天井のカラー何とかってのどうやって使うの」
「さっきフジマ君が説明したじゃない。ライティングでしょ」
「私は彼に聞いてるの」
「ありがとう。もういいわよ」
「いえ、えーとこれは」
「あらまあ、失礼ねー」
「もういーのよ」
「あ、はい。いつでも呼んで下さいね」
翔太は微笑んだ。
「ありがとう。可愛いわね~」
「本当ねえ」
「ねえ、キミいくつ?」
「こーら」
「それじゃ失礼します」
「あ~あ!」
翔太が出ていくと誰かがわざとらしく大きなため息を吐いた。
「あなたの息子もすぐあんなに大きくなるわよ」
「そうよね」
「そのうち彼女を連れてくるわ」
「イヤ~!やめて」
「女なんてぜったい寄り付かせないわ」
「親バカ」
「そんな生易しいもんじゃないわ」
「言えてる」
「ママ、こんど彼女連れてきていい?って」
「ブッ殺す」
「こわー」
「さあ、歌うわよー!次、これ!これよろしく~」
「自分でやりなさいよー」
調理場に戻った翔太はオーブンの中のピザの具合をみた。
「吾郎さん。すげーテンションでしたよ」
「だろ。あの人ら。溜まってっから」山岸吾郎がカラカラと笑った。
「あ、ちきしょう。わりー、翔太、大根擦ってくれ、急ぎ!」
「スタンバイ適当すね」
「ったくなー。ところで翔太。一人暮らし慣れたかよ?」
「はあ、まあ何とかやってます」
「ちゃんと食えよ。店で食ってるだけじゃダメだぞ」
「あざっす」
「今夜どうする。俺んち来るか」
「何でしたっけ」
「馬鹿。エロビだよ。スゲーの見せてやんぜ?」
「いや、いっすわ。あの吾郎さん」
「なんだー。アッチ!」
「昔って、どのくらい昔なんすかね」
「なんだそりゃ」
「十年ひと昔つーじゃないですか。十年が節目なんすかね」
翔太は焼き上がったピザにバジルの葉を載せていった。
「十年ならまだまだだろ。百年なら昔だな。何でだ」
「もっと最近なら?」
「昔々ある所に、ってのは何千年も昔だな」
「昔の事は許されるんすかね」
「法律的にって意味か?そだな。時効があるくらいだからな。罪状にもよるだろ」
「時効かあ」
「大学、法学部いくのか?」
「いや、そういうわけじゃ…」
親父の浮気は時効なんだろうかと翔太は考えていた。
「時効的な事がなきゃみんないつまでも罪を背負ってかなきゃなんないだろ。何だ。お前なんかやらかしたのか」
「やらかしませんよ」
「人が覚えてりゃ昔とは言わねえだろ。人の噂も75日つーだろ。噂話なんてのは適当なんだよ」
「なるほどー」
「何だよ翔太。変な宗教にはまるなよ?」
「そういうわけじゃないんですけどね」
「でもみんな昔を思い出す時があるんだよ」
「へ?」
「良い事も悪い事もな。そういうのがないとさ、人生つまんねーだろう」
「そういうもんすかね」
「そういうもんさ」
「なんか吾郎さん、カッコいいすね。何で彼女いないんすか?」
「ほっとけや。ほら、焦げちまった!アッチー!!」