翔太登場
桜西小正門前の交差点を白いポンコツのセドリックが猛スピードで右折して行った。
藤間翔太はもう少しで転びそうになった。
信号は赤になったのにわざわざ加速してさ。
おまけにあんなにタイヤを軋ませて。
ミニバイクに跨ったまま翔太は通り過ぎる運転席をチラ見した。
色黒の目つきの悪い男と派手な女の子が、古いアメリカ映画に出てくるギャングの恋人同士みたいにふざけ合っていた。
「危ないよなあ。まったく」
ゆっくりとアクセルを回して翔太は毒づいた。ゆとりをもっていなければこっちが事故に巻き込まれていた。
こんな所で死んでたまるかよ。つまんねえもんな。
五分ほど走って目的地に着いた。
ピンクとイエローを基調にしたプロヴァンス風の大きな建物。
駐車場のあちこちにパームヤシが植えてある。
通用口付近にバイクを停めているとモスグリーンのクライスラー300Sがそっと翔太に近づいてきて止まった。
後部座席から一人のブルーの背広を着た紳士が降りてきた。
「何だオヤジか」
「何だはないだろう。翔太、学校はどうした?」
「行ってない」
「何故だ。あんなに真面目だったじゃないか」
「今だって真面目さ」
「そんな風には思えんがな」
「休学届けを出したんだ」
「そんなもの受理されるわけなかろう」
「それなら退めるよ」
紳士は苛立ちを隠せない様子だった。
「翔太。どうしたんだ。お前らしくないぞ」
翔太は父親に向き直った。
「らしくない?父さんこそ、そんなダサいアメ車なんて乗ってさ」
「ダサくはない。高級車だ」
「高級車だからダサいんだよ。運転手は知ってるのかい?父さんの浮気の事?」
藤間俊一郎はギョッとした。一瞬たじろいだが、すぐに一人息子の眼差しから逃れる事は出来ないと悟った。
「翔太。どうして知ってる?」
「ネットで見たんだよ。まったく情けないよ」
「待て。翔太。何を見たのか知らないが、あれは昔の事だ。何十年も前の事だ」
「やっぱり本当なんだね」
「翔太、聞きなさい」
「何をさ。俺バイトあるから。もう時間だから行くよ」
「ゆっくり話しをしよう。いつがいい?」
「さあね」
「翔太、黙っていて悪かった。それは謝る。しかし…」
「いいよ。父さんも男だし。俺も男なんだ。だからほっといてよ」
「待て、そうはいかない。学校退める気なのか。本気じゃないんだろう。今の時代高校くらい出て…」
「そんなつもりないから。いいだろう、もう行くよ」
「わかった。お前を信じてるからな」
「じゃあね」
翔太は通用口の中に消えた。
駐車場にワンボックスカーが連なって入って来た。
俊一郎は大きなため息をついてクライスラーのそばに立っていた。
運転手が降りてきてそんな俊一郎に言葉を掛けた。
「賢い坊ちゃんですからきっと理解してくれますよ」
「ありがとう。飛鳥。まだ間に合うかな、空港?」
飛鳥と呼ばれた男は腕時計をチラリと見て答えた。
「飛ばしますよ」
「いや、安全運転で頼む」
「かしこまりました」